第3章.わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします

わたくし、昔のお友だちに旦那さまを紹介いたします(1)



 それは魔王さまがこの家に住むようになって、一か月ほど経ったころでした。

 そのころには魔王さまもすっかり村に馴染み、村人からは「先生」と呼ばれておりました。先日、村の鶏たちの病気を治したのをきっかけに、その治癒術がうわさに広まってしまったのです。

 いまでは豚のお世話の合い間、動物の病から人間のぎっくり腰まで治す奇跡の名医として崇められております。魔王としてはどうなのかとも思いますが、本人がやりがいを感じているようなのでよしとしましょう。

 しかし、いよいよもって貴族とは程遠い生活になってまいりましたね。まあ、名ばかりでどの王族にも属していない魔王さまにとっては些細な問題なのかしら。そもそも、この地方を治める王さまって誰なのでしょうね。わたくしもう10年以上もこの土地で暮らしておりますが、一度も聞いたことがございません。


 その日、わたくしが豚の放牧に出かけようとしているときのことです。赤いマントを羽織った男のひとがやってきました。


「梟でーす。手紙をお届けに上がりましたー」


 梟とは手紙を届けることを生業とした不思議なひとたちのことです。その仲間たちは世界中に散っていて、この鮮やかな赤いマントが梟であるという証明なのだそうです。わたくしも旅のときは、よくお世話になりました。

 うわさではどこかの王国の隠密部隊であるとも言われます。それが本当かどうかはわかりません。どちらにせよ、彼らのおかげで皆さまの手紙が届くのですもの。世間的にはとても大切な存在ですよね。

 しかし、必ず手紙を届けることを生きがいとする彼らも、なぜかわたくしの手紙は一通も届けられなかったようです。まあ、そういうこともございますよね。なにせ、こんな世界の端っこへ紙切れを持ってくるなど不毛ですもの。


「はーい。ありがとうございます」


 あら。珍しい。僧侶さまからですわ。わたくしさっそく読んでみました。

 それによれば本部勤めが肌に合わないらしく、外の教会に赴任することになさったようです。やはり権力を得ても、救いを求めるひとと触れ合うことが神官の責務だと書いておりました。少し遠くの地方に行くことになったということで、しばらく手紙は出せそうにないらしいです。またいつか会える日を楽しみにしていると締められておりました。少し寂しいですが、とても立派な志だと思います。

 まあ、きっと本部の目を逃れて歓楽街通いをしたいというのが本心なのでしょうけれど。

 と、お母さまが家から顔を出しました。


「あんた。ちょっといい?」


「なんですか?」


「ちょっと隣村に行ってほしいのよ」


 それはまた、どういうことでしょうか。


「隣村の教会に新しい神官さまが赴任なさったそうなの。あんた、魔王くんといっしょにうちの村の代表として挨拶に行って来てくれない?」


 はて。新しい神官さま?

 いえ、不思議なことではございません。この地方の神官さまは、もうずいぶんとお年を召していらっしゃいました。正直に言って、いつ女神さまのお迎えがあってもおかしくはありません。わたくしが旅に出るときからそんなお爺ちゃんだったので、むしろまだご健在だったのに驚いたものです。

 しかし、このタイミングで新しい神官さまですか。

 ……なんでしょう。とっても嫌な予感がするのですけれど。わたくし、思わず今しがた届いたばかりの手紙を握りつぶしておりました。


 まさか、ねえ。


 診療からお帰りになった魔王さまとともに、わたくし歩いて一時間ばかりのところにある隣村にやってまいりました。魔王さまが興味津々というご様子で見まわしております。


「ほう。ここが女神の加護があるという村か」


 この村はわたくしの村と比べると、少しばかり活気がございます。この周辺の集落の中心地で、教会もここにしかございません。近くに盗賊などが出ますと、ここで村長会議が開かれております。わたくしの村の娘たちも、だいたいはこの村の男の子に嫁ぎます。そのせいか、こちらのほうが若いひとが多いのです。

 とはいえ、寂れた辺境の村というのは変わりません。いつもはもっと穏やかな場所なのですが、今日はどうも様子が違いました。


 人々が我先にと教会のほうへと走っていきます。みな一様に、期待と羨望に満ちた表情になっております。わたくしたちを追い越していった娘たちが、熱に浮かされたように話しているのが聞こえました。


「ねえ、本部の大神官さまだって!」


「どうしてこんな場所に来たんだろうねえ」


 この土地の人間は、みな敬虔な女神の信徒です。女神さまを擁する人間軍が魔王軍との戦争に勝利したいま、特にその傾向は強いと言えます。本部の大神官といえば、みんなのカリスマ的存在なのですね。

 でも、これはいよいよ嫌な予感が確信的なものになってまいりました。


「勇者よ、どうした?」


「い、いえ。ちょっと……」


 教会の前に村人たちが集まっております。わいわいと賑わい、新しい神官さまの登場をいまかいまかと待ちわびておりました。どうやらわたくしたちと同じように、周辺の村からも人々がご挨拶に集まっているようです。

 わたくしたち、そのうしろから教会の様子をうかがっておりました。

 しかし、やはりいつ見ても古びていますねえ。王都の教会など、少し塗料が剥げただけで大改修をいたしますのに。まあ、こんな辺境の地ですので、しょうがないのですけれど。

 と、そうこうしているうちに、ひときわ高い歓声が起こりました。同時に、教会のドアが開きました。きれいな神官服に身を包んだ、黒髪の美女が現れました。


 やはり、嫌な予感というものは当たるものですねえ。


「ゆ、勇者よ。あれは……」


 魔王さまも絶句しております。それはそうでございます。ほんの一年前、自分の命を狙ってきたものの顔をお忘れになるはずはございませんわ。

 それはわたくしとともに旅をしていた僧侶さまだったのです。


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