わたくし、実家に帰らせていただきます(結)



 その翌日のことでございました。

 夕刻、わたくしは豚の放牧から帰ってきました。今日はひとりです。魔王さまは、いったんお屋敷に戻られました。なにか忘れ物でもあったのかしら。もしかしたら、貴族としてのお仕事があるのかもしれませんね。


 朝にはいっしょに狼たちの小屋をつくりました。そこに昨夜の三匹の狼がつながれております。

 魔王さまが森を散策していらしたときに、母親もおらず三匹で寄り添っていたのだそうです。どうやら母親とは死に別れてしまったそうで、言葉の通じる魔王さまに懐いてついてきてしまったのです。

 しかし、お父さまたちの了解は頂きましたが、この子たちが豚たちを襲わなければいいのですけれど。まだ小さいようですし、これから躾ければいい番犬になってくれるのかしら。


 そんなことを考えていると、ふと森から魔王さまが戻ってきました。その手には、なにやら木の籠がぶら下がっております。小屋をつくるときに、余った木の板でなにかをつくっていると思いましたが、どうやらこれのようですね。


「魔王さま、お帰りなさ……」


 わあ。その手に持ったものを見て、わたくし目を輝かせました。

 籠の中に、美しい鳥がおりました。虹色の羽根を持っていて、夕日を浴びてきらきらと輝いております。どうやら脚を怪我しているようで、鳴きもせずにじっとこちらを見つめておりました。

 いったい、これはなんでしょうか。


「うむ。魔界からこちらに来る際に、怪我をしているのを見つけて拾ったのだ。いままで屋敷で騎士が世話をしていたのだが、せっかくだからこっちに連れてきた」


 なるほど。さすが魔王さまはお優しいです。

 すると、魔王さまはその鳥をわたくしに差し出しました。


「この美しい鳥は貴様に似合う」


 まあ。

 旦那さまからの初めての贈り物。とても嬉しいです。


「では、まずは血抜きから始めましょう」


「だから食べるためじゃない!」


 あら? そういう意味じゃなかったのかしら。いやだわ。これではまるで食い意地の張った女のようです。

 ひとはわかり合えると簡単に言いますが、その道のりは決して平たんなものではございませんねえ。でもだからこそ、わたくしたちはきっと誰かを深く愛することができるのだと思うのですけれど。

 あら。わたくしったら詩人の才能もあったのかしら。

 とりあえず、この鳥を食べるのは諦めて大切に育てることにいたしました。半年ほどあとに、この鳥を魔王さまの狼が食べてしまって、わたくしたち初めて夫婦喧嘩なるものを経験しますが、それはまた別のお話でございます。


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