わたくし、お姑さまとたたかいます(2)



 競りの会場は、商業ギルドの建物から少し中心街へ歩いたところにございました。もとは地方貴族の記念公園として整備された場所を商業ギルドが買い取り、いまでは商人たちの憩いの場となっているのだそうです。

 わたくしたちは商人さんからいただいた割符を提示し、その会場へと入りました。たとえば同金額で競り落とそうとした場合など、この割符を持つ商業ギルドの加盟者が優先されるのですね。


 ちょうど競りの始まった時間らしく、むんむんとした熱気が立ち込めておりました。

 さっそく競りは白熱しておりました。会場の中心にある壇上に、地方から集められた家畜や作物が次々に登場します。出品者――主に家畜の養育者や彼らに委託された商業ギルドの係員が、大きな声でその商品を自慢するのです。そして、気に入った参加者は、手を上げて金額を提示する仕組みになっております。先ほどわたくしが卸した豚も、明日の午前にはここで売りさばかれることになるでしょう。

 ついでになにか買っていこうかしら。でも、こんなに大量の作物を競り落としても、なかなか食べきれるものではございませんし。


「勇者よ。ひとが多くて気分が悪い……」


 魔王さま。いつもはこれ以上の豚に囲まれても平気なくせに、こんなときはすぐ音を上げられます。こんなことでやっていけるのかしら。

 と、向こうで歓声が起こりました。例の珍しいもの、のお目見えのようです。でも、こんなに青ざめた魔王さまを無視して競りに興ずるなどできません。名残惜しいですが、ここで退出させていただきましょうか。

 すると、壇上で男性が声を張り上げます。服装からして、狩人さんでしょう。大きな籠を置くと、自分の獲物を声高らかに告げました。


「こいつはおれが今朝、森で樹からぶら下がってるのを捕まえたんだ。見てくれよ、この鋭い爪に醜い翼! なかなかいるもんじゃねえぜ。こいつはきっと悪魔の使いだ。さあみんな、この珍しい動物を欲しいやつはいないかい!」


 あら。あれは蝙蝠かしら。

 しかし、それにしては大きいですねえ。形もへんてこだし、胴体がずんぐりしています。まるで黒い子豚に蝙蝠の翼がついたような形です。とはいえ、あの鋭いかぎ爪は動物というよりも魔物に近いようですね。確かにこの一帯で、あんな動物を見たことはありません。悪魔の使いというのも、あながち的外れではないのではないでしょうか。


 その蝙蝠は、なぜか泣いているように見えました。いえ、気のせいだと思うのですけれど。でもなぜか、その金色の瞳から目が離せませんでした。

 この感覚、どこかで……。


「ゆ、勇者よ……」


 魔王さまが弱々しく言葉を漏らします。はやく魔王さまを人混みから出してさしあげなければいけません。そう思っていると、魔王さまは奇妙なことを聞いてきたのでした。


「……この競りとやらは、いくらまで出せるのだ?」


「え?」


 いえ、特に上限は決まっておりません。その競り落とした品物をどのように使うか、それは個人の自由ですもの。出資と見返りの損得を予測して、そのぎりぎりの金額で競うのが基本です。

 わたくし、金額を叫ぶ男たちを見ました。どうやら、見世物小屋の主人と、街の動物愛好家が競っていらっしゃるご様子です。


「十五万!」


「十六!」


「おれは十八だ!」


「二十五万、出そう!」


 最後の一言で、会場が静まり返りました。

 どうやらこれが頭打ちのようです。それにしても、こんな食べられるかもわからない、芸もできるかわからないという動物に二十五万とは。それだけで家族が一年は暮らしていけるような金額です。やはりどこにでも数寄ものはいるのですね。

 狩人さんもその金額に満足していらっしゃるご様子でした。その愛好家の方を指名しようと、壇上で手を上げた瞬間です。


「――百万!」


 会場がざわめきました。わたくしもさすがに驚きました。こんな得体のしれない動物に百万? 旅のときに招待された、貴族たちの秘密の遊び場で提示されるような金額でした。とてもではございませんが、こんな片田舎の商業の競りで提示されるものではありません。


 そしてなによりも、その金額を宣言した御仁に、わたくし目を丸くしてしまいました。それは隣でダウンしていらっしゃったはずの魔王さまだったのです。


「ま、魔王さま!?」


「勇者よ、許せ。余はあれを手に入れねばならないのだ」


「は、はあ。お気に召したのなら結構ですけれど、お金はお持ちなのですか?」


「……あっ」


 あっ、ではありません。まさか魔王さま、ご自分がまともな屋敷すら買えない貧乏貴族だと忘れていらっしゃるのではないでしょうか。

 魔王さま、一転してお顔を真っ青になさいます。


「ど、どうしよう。余は金を持っていない」


「どうしてそんな金額を提示したのですか!」


「だ、だって無我夢中で……」


 いったい、あの子豚がどうしたというのでしょうか。魔王さま、もしかして変な放蕩癖でもあるのではないでしょうね。


「で、でも、余はあれを手に入れなければならないのだ」


 必死に懇願する魔王さまに、わたくしはじりじりと押されていきます。もう、そんなお顔で見ないでください。わたくし、思わず抱きしめたくなってしまうではありませんか!

 壇上から、狩人さんが頬を紅潮させながら指をさしてきました。


「お、おい。あんた、本当に百万と言ったのか? もし茶化してるのなら、ただじゃおかねえぞ」


 会場中の視線がわたくしたちに集まっております。もうあとには引けない状態です。下手をしたら、競りの妨害罪でお父さまの家業に支障をきたしてしまうかもしれません。


 ……ハァ。


 わたくし、観念いたしました。鞄に手を入れると、中のものを取り出します。壇上に上がると、それをテーブルに積みました。


 金の延べ棒、しめて五本です。


 ひとつが二十万とか聞いたので、おそらく支払いとしては十分でしょう。

 あら。でもそれは王国での価値でしたので、こっちでは違うかもしれませんね。でもまあ、足りないということはないでしょう。

 わたくし、目を丸くなさっている狩人さんの手から子豚の籠を受け取りました。壇上から降りると、呆然としている魔王さまの手を引きます。


「それでは、みなさま。ごきげんよう」


 そうして、わたくしたちは揚々と会場をあとにするのでした。



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