わたくし、お姑さまとたたかいます(3)



 どこか人気のない場所を探して町の外側に歩いていきました。その途中、魔王さまが困惑なさった様子でおたずねになります。


「ゆ、勇者よ。いまの金はいったい……?」


 そんなお顔をしないでください。うしろめたいお金ではございません。

 わたくし確かに貧乏暮らしですが、なにも本当に振る袖がないわけではございません。いざというときにお金がないという恐怖は、旅の途中、嫌というほどに経験いたしました。なので、遠出するときはいつもそれなりのお金を持ち歩いているのです。

 夫のピンチのためにへそくりを隠しておく。よき妻の基本ですわ。


「そ、そうか。いや、本当に助かった。いつかちゃんと返すから」


「いえ、それは結構ですわ」


「ど、どうしてだ。余に遠慮をしているというなら、それは心外だ。いくら夫婦といっても、すべてを貴様に頼るというのは……」


「いえ、そういうことではなくて……」


 わたくし、にこりと微笑みました。


「あのお金、魔王さまを討伐した報酬としていただいたものですので」


 あのときはとても驚きました。なにせ魔王軍の撤退を報告して回った先々で、王さま方がこぞって金銀を寄こしてくださるのです。どうやら金額の大小がその先の政争に影響していらっしゃったらしく、みなさま必死でございましたね。

 ちなみに、老師さまがアカデミーを立ち上げたり、僧侶さまが歓楽街で豪遊なさっていたのは、このお金がもとになっているそうでございます。

 そういうわけで、わたくしの部屋には、まだまだ大量の金銀がございます。目につく場所に置いてあると、お母さまが勝手に使ってしまうので隠してありますけれど。

 ある意味、これはふたりの共有財産ですわよね。


「…………」


 魔王さまは微妙なお顔をなさってもおります。まあ、確かに旦那さまを亡き者にしてお金を頂戴するなど、妻の風上にも置けませんからね。しかし、まあ、もらえるものはもらっておくというのも良妻の資質だと思います。


 と、いい感じに人気のない場所が見つかりました。その木陰に籠を降ろします。羽の生えた子豚は、なにか鋭い目つきでわたくしを睨みつけている様子でした。

 わたくし、この子になにかしたのかしら。


「ところで、この不細工な子豚がどうしたのですか?」


「ゆ、勇者よ。その言い方は……」


 その瞬間でございました。

 さっきまで籠の中で大人しくしていたその子豚が、わたくしに向かって叫んだのです。


『やいやい、くそ勇者! わたしが不細工とは言ってくれるじゃない!』


 びっくり。この子豚、しゃべりました。

 魔王さまが籠を開けると、その子豚が飛び出してきました。そしてわたくしの首めがけて鋭いかぎ爪を振るいます。

 まあ、あっさりと受け止めてしまうのですけれどね。平和ボケしたとはいえ、わたくし勇者ですので。


『ぎゃー! やめろ、くそ勇者。わたしを放せ!』


 先に喧嘩を売ってきたのはこの方のほうだと思うのですけれど。この自ら墓穴を掘っていくスタイル、どこか魔王さまに似ていらっしゃいますねえ。

 わたくしの腕の中でばたばたともがく子豚に、魔王さまが語りかけます。


「貴様。勝手に魔界を出るなと言い置いたはずだが」


『で、でも……』


 子豚がしゅんとなさいました。まあ、薄々わかっておりましたが、やはり普通の動物ではなく魔物だったようです。

 しかも、どうやら魔王さまのお知り合いのようですが……。

 すると魔王さまが、その子豚をわたくしに紹介しました。


「勇者よ。こやつは余の妹だ」


 あら?


 わたくしが目を丸くしていると、魔王さまが子豚を地に降ろしました。


「ほら。貴様も、いつまでも獣の姿でいるでない。目立ってしょうがないぞ」


『…………』


 その動物はしぶしぶとうなずくと、ぽんっと変化の魔法を解きました。するとそこには、赤髪の少女が立っていたのです。


 まあ、小さくて可愛らしい。

 旅の途中にも変化をする魔物は見ましたが、ここまで完璧に人間に化けられるのも珍しいものです。まあ、やはり魔族の象徴である黒いツノだけは消せずに、豊かな赤髪で隠してありましたが。

 彼女は涙ぐむと、魔王さまの頬に手のひらをあてました。


「あぁ、お兄さま。こんなお姿になって、お労しや……」


 そして、わたくしをキッと睨みつけます。


「勇者め。あんなにも格好いいお兄さまを、こんな子どもにするなど鬼畜か!」


 いえ、残念ながらそれはわたくしではなく女神さまのご趣味でございます。とはいえ、そんな言い訳を聞いてくれる雰囲気ではございませんね。魔族にとってわたくしは仇敵ですもの。

 魔王さまが、やれやれとため息をつかれました。


「それで、妹よ。どうして出てきたのだ」


「お兄さま。わたし、お兄さまを連れ戻しに来たのです!」


 なんということでしょう。わたくし、その言葉に思わず身構えてしまいました。右手に精霊の力を込めていると、魔王さまが慌てて仲介に入られました。


「勇者よ、やめるのだ! それに妹よ、貴様も勝手なことを言うではない!」


 妹さまは、フンッとそっぽを向きました。

 ……なんでしょうか。魔王さまの妹さまとはいえ、わたくしこのお方と仲よくできそうな気がしません。もしかして、これが宿敵との会合というものでしょうか。

 魔王さまが場を取り持つようにおっしゃいました。


「とりあえず、一度、宿に向かおう。貴様の話を聞くのはそれからだ」


 こうして、わたくしたちは予定している宿へ向かうのでした。



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