わたくし、お婿さんをもらいます(2)



「ただいまあ」


 今日ものんびりと豚の放牧を終え、家に帰ってきました。お母さまのシチューの香りがいたします。なんと嬉しい。わたくし大好物です。

 お父さまは趣味の狩りから帰っていらしてました。今日の獲物はないようですね。もしあったら、無言で鹿などを家の前に置いて自慢していますもの。

 このひと、とても寡黙な方です。わたくしが村に帰っても、「おう」とつぶやいたきり、まったく声を聞いておりません。まあ、そのぶんお母さまがおしゃべりな方ですので、家庭はいつも賑やかですけれども。

 ちなみに冒険の途中でしたためたお手紙は一切、届いておりませんでした。まあ、それは仕方がないです。所詮はひとの手で運ばれるものですもの。でも、あの大量のお手紙、いまはどこにあるのでしょうか。


 それにしても、お母さまのシチューは美味しいですねえ。とても懐かしく、身体に染み渡るようです。やはり幼いころの食事というのは、そのひとの根源となるのでしょう。

 しかし、ただ美味しく食事をさせてくれないのがこの一家です。


「あんた、これからどうするつもりなの?」


 うっ。

 きました。お母さまの日課です。出戻りであるわたくしをいじめて楽しんでいるのです。なにせこの村、日ごろの楽しみなどひとつもありませんもの。


「お母さま。もう何度も説明いたしました。わたくし、この村でお母さまたちのお世話をして暮らしていきたいです」


「そうは言ってもねえ。あんたが帰ってきてから、村のひとたちが聞いてくるのよねえ。どうして帰ってきたの、とか、実は盗賊団の引き込みなんじゃないの、とか。旅をしていたって言っても信じてくれないし、わたしも肩身が狭くてねえ」


 衝撃的な事実です。わたくしのことを忘れているだけならまだしも、まるで疫病神がやってきたかのような言い草です。ひどいです。わたくしが旅立たなければ、この村のひとたちもいまごろ生きているかわからなかったのに。

 でも、まあ、しょうがないですよね。みなさまにわたくしがどんな冒険をしてきたのか、知るすべなどございませんもの。わたくしが話して聞かせても、魔王討伐の旅に出ていたなど信じてもらえるわけありません。いつかお師匠さまがおっしゃっていた「英雄とは理解されないものだ」という言葉がよくわかります。

 お母さまとしては、さっさと嫁にでも行ってくれれば万事が解決でしょう。とはいえ、こればかりはどうしようもありませんもの。いくら結婚したいと思いましても、相手がいなければ無理なことです。

 そしてお母さまは、言ってはいけないことをおっしゃいました。


「あんた、仮にも世界を救った勇者なら貴族さまから求婚されるんじゃないの?」


 わたくし、その言葉に食事の手を止めました。

 スプーンをテーブルに置くと、お母さまの目をまっすぐ見つめてお答えします。


「お母さま。殿方は、名誉ある女よりも若い女ですわよ」


「な、なにかあったの?」


「いいえ。ただ、僧侶さまの報われない恋の数々を見ていましたら、自然とそう思いまして……」


 あの方、神職にありながらとても刹那的な快楽を求めるタイプでした。いえ、むしろ青春時代をすべて神さまにささげたがゆえに、外の世界の魅力というものに抗えなかったのでしょう。新しい国にたどり着くたびに新しい恋を見つけ、そして儚く散っていくさまは涙を禁じえませんでした。


 あぁ、そういえば。みなさま元気にしていらっしゃるのでしょうか。

 魔王が撤退してから、わたくしたちはそれぞれの人生を歩むことになりました。


 老師さまはその後、とある魔法国家に迎えられ大教授の地位に就いたそうです。

 いまではご自身の趣味である魔法の研究の傍ら、後継者を育てるべくアカデミーを立ち上げたと聞きました。あそこは腰に効く温泉も湧いていますし、さぞご満悦のことと思われます。


 僧侶さまはもとのギルドに戻られ、大神官に出世なされたそうです。実質的に、世界の僧侶たちのトップです。

 しかし、いまさらあの禁欲的な神職の世界に戻れるのでしょうか。そう危惧しておりましたが、案の定のようでした。

 たまに届く文によると、何度も歓楽街へ抜け出すものだから、とうとう懲罰房で生活することになってしまったそうです。やはり若いうちにそれなりに遊んでおかないと、大人になって加減がわからないものですね。


 しかし、いちばんの謎は剣士さまでした。

 彼は魔王城の一件から数日後、別れの挨拶もせずに消えてしまったのです。わたくしが気づいたときには、部屋に置き手紙だけが残されておりました。


『いつか、おまえにふさわしい男になる』


 驚きです。あの方、文字が書けたのですね。

 しかし、はて。わたくしにふさわしい男? どういう意味でしょうか。まさかあの方、勇者という肩書きに憧れていたのでしょうか。そうだとすると、悪いことをしました。

 あの方、剣の腕はわたくしを越えるのに、魔法のほうはからっきしなのです。それでは勇者にはなれません。それなのに、わたしが「勇者だ、勇者だ」とひけらかすものだから、きっと辛い思いをしていたことでしょう。

 思い返せば、結局、あの方とは本当にわかりあうことはできませんでしたねえ。すぐ怒るし、なにを考えているのかさっぱりでした。まあ。もう二度と会うこともないでしょうから、別にいいのですけれど。


 しかし、うーん。困りましたねえ。

 世間の言葉など無視してしまえばいいのですが、わたくしと違ってこの土地で長く暮らしてきたお母さまたちには酷なことでしょう。


 そのうち、理想の王子さまがやってきて、うっかりわたくしを妻に迎えてくれないかしら。

 まあ、そんなおとぎ話のようなこと、あるはずないのですけれどねえ。


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