第1章.わたくし、お婿さんをもらいます
わたくし、お婿さんをもらいます(1)
『この娘こそ、魔族との戦争に終止符を打つものなり……』
それは10年前。さる王族さまのお城で、神託を受けたときのことです。とても偉い神官さまがうっかり召喚してしまった女神さまが、わたくしにそう告げました。
そのうわさは瞬く間に広がり、やがて遠い国の英雄さまがやって来ました。いまのわたくしのお師匠さまですね。そして地獄のような修行の末、わたくしは勇者にふさわしい技を会得し、仲間たちと世界中を旅したのです。
その青春の日々を、すべて世界平和にささげたわたくしの人生。まさか、お終いはあんなに呆気ないものだとは思いもしませんでした。
……確かに女神さま、魔王を倒すなんて一言もおっしゃいませんでしたねえ。
魔王城の一件から、すでに半年ほどが経過しました。
世界は平和そのものです。
魔族が最果ての地『魔族領』へ引っ込んでしまってからというもの、わたくしたち人間の住まう土地には魔物が一匹も見当たりません。そのあたり、やはりあの魔王の統率力の高さは素晴らしいものですね。まだまだお偉いさまは国の利益のために手柄を奪い合っているようですが、少しずつ、かつての平和な世界に戻りつつあるようです。
しかし、えぇ。
……ハァ。退屈です。
いえ、別に争いを求めているわけではございません。ただわたくし、ずっと魔王を倒すことばかり考えて生きておりました。その目標があまりにも大きかったせいで、それを達成したあとのことなど、なにも考えておりませんでした。いっそ、魔王と刺し違えて死ぬのを望んでいたくらいです。だって、そんな勇者、格好いいですものね。
とりあえず世界の国々を巡って、魔王がいなくなったことを報告して回りました。みなさまなにを勘違いなさったのか、巷ではわたくしが魔王を倒したことになっております。
その英雄譚も多分に盛られたもので、わたくしが魔王の心臓をえぐって殺したとか、魔王の首を叩き落として血をすすったとか根も葉もないうわさを広めておりますが、それではまるでわたくしが魔王ではありませんか。
あら。もしかしてわたくし、ひとからそのような印象を持たれているのでしょうか。とても心外です。
そして一か月ほど前までは、旅の間とてもよくしてくれた王国にお世話になっておりました。しかし、どうも王宮暮らしというものは肌に合わないらしく、ほどなくして辞退させていただきました。引き留めてくださるのは嬉しかったのですが、こう毎日毎日、貴族や商人のご挨拶に対応しないといけないとなると、とても大変なものです。
お部屋でも常に扉の向こうに衛兵が構えており、朝から晩までお手伝いの侍女が侍っております。ひとりになる時間がないというのは、こうも息が詰まってしまうのですね。この暮らしをずっと続けている王さま方の精神力には目を見張るものがあります。
いまはこうして、故郷の村に戻ってお父さまの豚の世話などをする毎日です。
故郷に帰るのは旅の間にも何度か願っていましたが、実現すると、どうも予想と違いました。十年も離れれば村のひとはわたくしのことなど憶えていないし、こんな辺境では勇者の英雄譚など伝わっているはずもなく……。
その上、わたくしを出迎えたお母さまから開口一番。
「あんた、どうして帰ってきたの?」
などと真剣な顔で問われる始末。
わたくし、なんのために身を粉にして働いたのでしょうか。いまではわたくしに懐いてくれるのは、この豚たちだけです。いつか美味しくいただいてしまうのですけれどね。
でも、まあ。お母さまの言い分もよくわかります。
わたくし、もう25歳になります。この世界では17歳で結婚しなければ女として終わっていると言われます。
村の幼なじみたちも、いまでは村の男の子と結婚したり、近くの村に嫁いだりと、それぞれの家庭を持っておりました。もしこの歳で伴侶がいないとなると、一生を独り身で過ごすか、神職に入るかしかありません。そんなの、親としては願えませんものねえ。
神職もやぶさかではありませんが、やがて老いていくであろう両親のことを考えると、そうほいほいと家を捨てるわけにはいきません。だってわたくし一人っ子。それを任せられる兄弟などいませんもの。
わたくしの余生、いったいどうなるのかしら。
……あら。とんび。
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