終章.わたくし、いまとっても幸せです
わたくし、いまとっても幸せです
北の大国の面々を連行しにいらしたのは、なんと教皇さまが率いる神官軍でした。王国連合でも選りすぐりの兵士たちで結成された戦士団の行軍は壮観で、村では先日に引き続き、まるで天変地異が起こったかのような騒ぎっぷりです。
隣村の教会で、わたくしは教皇さまとお話しました。しかしまあ、どういうからくりなのか。このお方はまったくお姿が変わりませんねえ。うわさではすでに百歳を超えたと聞きますが、見た目は14、5の娘っ子ですもの。しかしながら、このお方こそ僧侶さまのお師匠さまで、現在の王国連合の総監督なのですからびっくりです。
わたくしは一連の事件についてお話したあと、魔王さまのお身体の変化についてたずねました。すると、意外な答えが返ってきました。
「ライフラインというものじゃよ。魔王の命に危機が訪れたとき、わずかな時間だけかつての力を取り戻すように仕組んでおった。いま魔王に死なれては、わしらも困るでな」
「どうして、そのようなことを?」
「魔王が死ねば、再び戦争が起こる。それに暴走する魔族への抑止力も必要だった。今回のように魔王を利用する輩もいるかもしれん。それらを一手に解決する策が、魔王への一時的な能力の回帰じゃった。賭けではあったが、貴様にぞっこん惚れておるようなので女神さまと相談して断行したというわけでな」
ちなみに教皇さまは、この世界で唯一、女神さまと気軽にお話ができる存在なのです。それと引き換えに男性運はとてつもなく悪いというお話ですが、その真偽は定かではございません。
あら。教皇さまの男性運といえば……。
「そういえば、老師さまが……」
「生きておるよ」
「え?」
教皇さま、面倒くさそうにため息をつかれます。
「梟たちに暗殺されそうになったのを、アカデミーの教師どもに助けられたらしい。あの馬鹿は、本当に悪運の強い男じゃ。さっさと死んでしまえばいいのに」
そうおっしゃいますが、本当はなにより老師さまのことを気にしておられるのをわたくし知っております。
と、こころを読まれたらしく、教皇さまから睨まれてしまいました。
「おい、余計なことを考えるでないぞ」
「うふふ。承知しております」
本当にわかっておるのか、と言いたげなお顔です。しかし彼女の視線は、部屋の隅でカチコチに固まっておられる僧侶さまへ向けられました。彼女はまるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまっております。
「それで、僧侶よ」
「は、はい!」
「なぜ教会に大量のワインがあるのじゃ?」
見ると、確かに部屋の隅に大量のワインが貯蔵しております。わざわざ遠国から取り寄せたものもあり、ずいぶんとお金がかかっているのがわかりますね。
僧侶さまのお顔に、冷や汗がだらだらと流れております。
「そ、それは浄化の儀のために……」
「ほう。これほど上質なものをこんなにも用意せんといかんとは、この地には熱心な信徒が多いのじゃな」
「は、はい。それはもう。ね、勇者どの。ね!」
僧侶さま、わたくしを仲間に引き込もうとお話を振ってまいります。いつもなら無視するところですけれど、魔王さまをお助けするために力を貸していただきましたものね。
「え、えぇ。村のみなさま、とても僧侶さまを慕っておりますわ」
「ほ、ほら。教皇さま。わたしはちゃんとしておりますよ」
「…………」
あら。教皇さまの目が笑っておりません。
「ちなみに、じゃがな。愛弟子の仕事ぶりを確認するため、ここに来る前に村人と少しばかり話をしてきたのじゃ。すると、どうじゃろうなあ。美男子ばかりが、どうも不可思議なことを言うのじゃよ。月に一度、この教会に『浄化の儀』を名目に呼び出され、酒の酌をさせられ、そして酔うと奥の部屋で……」
僧侶さまが助けを求めるようにこちらを見ました。
「…………」
わたくし、そっと目を逸らします。
まさかそんなことをなさっていたなんて……。いえ、予想はついていたのですが、面倒に巻き込まれたくないと思って見て見ぬふりをしておりました。
コホン、とわたくし咳をして立ち上がりました。
「それでは教皇さま。わたくし、村に戻りたいと思います」
「ゆ、勇者どの!?」
「うふふ。僧侶さま、ごきげんよう」
わたくし逃げました。降りかかる火の粉には触れないのがいちばんですからね。
部屋を出たとき、僧侶さまの悲鳴が聞こえてきました。うーん。教皇さまの
さてと。
わたくしも、愛する我が家に帰りましょうか。
村に戻ると、魔王さまがおひとりで豚の放牧をなさっておりました。大きな石に腰かけて、豚たちを眺めております。
「魔王さま。お身体のほうは大丈夫なのですか」
「うむ。少しは身体を動かさんとな。それに、豚之助たちの顔も見たかった」
あれ以来、魔王さまは膨大な魔力を急に使用した反動で寝込んでおりました。やはりただでお姿が戻るものではなかったようです。
わたくし、魔王さまのお隣に座りました。
「それで、教皇はなんと言っておった?」
「えぇ。今回は大臣さまや梟さんが洗いざらい白状なさったということで、わたくしたちにお咎めはありませんでした。わたくしも教皇さまから闇の封印を解いていただきましたわ」
よほど魔王さまのお力に恐怖なさったのでしょうね。わたくしとしましても、魔王さまの宗教裁判が取り消しになって一安心でございます。
「そうか。よかった」
「えぇ。本当に」
これからもこういう輩が現れるかもしれないということで王国連合から護衛を兼任した監視人が派遣されるそうですが、まあそれはしょうがないですよね。いまはこうして、わたくしたちの生活が守られたことを女神さまに感謝いたします。
さわさわと心地よい風が吹きました。魔王さまの肩にそっと頭をのせます。
「魔王さま。どうしてあのとき、ルンバ王子を殴ったりしたのですか?」
「貴様が嫌がっておった」
「それはそうなのですが、そのせいで大変なことになるとわかっていたのでしょう?」
「む。す、すまんと思っておる」
魔王さまがいじけたようにおっしゃいました。
「確かに、余は弱くなった。それでも、貴様を悲しませるものを放ってはおきたくない。これからも、こういうことがあるかもしれん。貴様には迷惑をかけることになるだろう。こんなわがままにつき合わせるのは忍びないのだが、えっと……」
ちらと、わたくしの顔をうかがいます。
「これからも、ずっといっしょにいてくれないか」
「…………」
もう。魔王さまったら、本当に意地悪なひとです。
わたくし、なにも言わずにそのほっぺたに口づけいたしました。彼は顔を真っ赤にすると、照れたように顔を背けます。
あらあら。うふふ。
そんなの、答えはわかり切っているではございませんか。どれだけの同じときを歩んでも、きっとこの方は変わることはないのでしょうね。そう思うと、わたくしなぜか笑みがこぼれてしまいます。
こんなひとに出会えたのだから、世界を救った甲斐もありましたねえ。
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