わたくし、間男に求婚されます(結)
「い、違法カジノ?」
「えぇ。それはきっとそのことですわ」
大臣さまのお言葉に、わたくしうなずきました。
そうです。あの小国、王国連合が禁止していたカジノ運営を行っていたのです。わたくし海賊団の方に前々から聞いていたカジノを初めて訪れ、その華やかさにまるで桃源郷のような心地がいたしました。
しかし美しい花には棘があります。さんざん稼いで帰ろうとしたとき、そのカジノに入り浸っているおじさまとお話をいたしました。かつてはちゃんと葡萄酒づくりで生計を立てていたそうなのですが、ほんの遊び心で賭け事に手を出して以来、すっかり抜け出せなくなってしまったのだそうです。いまでは奥さんや子どもにも見捨てられ、宿の皿洗いで稼いだお金をカジノにつぎ込んで借金を増やす日々でした。それ以外にも、本当に身ぐるみを剥されてしまった旅の商人さんや貴族の方など、いろいろなひとがそのカジノで人生を狂わされておりました。
カジノとは、こうもひとを堕落させてしまうのですね。
わたくしの故郷では基本的に「働かざる者、食うべからず」です。子どもも弟たちの世話や家事など、できることはいたします。もしあんなものが故郷にできたとしたら、と考えるとその夜は眠れませんでした。これは大変なものだ、お父さまたちにも注意しておかないと、と意気込んで筆をとったものが先ほどのお手紙なのです。
若かったのですねえ。わたくし、カジノが大国には当たり前にあるものだとは思ってもおりませんでした。
「ふ、梟よ。どういうことだ!」
「だ、大臣こそ、そのようなものを見過ごしていた責任が……」
わたくしが本気で言っていると悟ったのでしょう。さっそく仲間割れが始まりました。罪のなすりつけ合いは、見ていて本当に愉快です。
「貴様が古代兵器があると言ったからこそ、ルンバ王子を使い、魔王を捕らえるように仕向けたのだ! これが知られたら我らは王国連合から……」
「わたしも想定外です。仮にも勇者が、カジノごときをこのように書くなど思ってもおりませんでした。かくなる上は……」
梟さんが剣を手にしました。
「勇者を亡きものにし、魔王を殺す。我らの所業を英雄譚とするのです。そうすれば……」
まあ。これは大変。完全な八つ当たりです。勝手に勘違いなさったくせに、わたくしたちを口封じしようとするなんて!
「し、しかし魔王を殺し、魔族が再び襲ってきたらどうするつもりだ!」
「その点はご心配なく。魔族はこの魔王のカリスマで統率された軍です。魔王がいなくなれば、所詮は烏合の……」
梟さんが、ふと言葉を止めました。
わたくしもその気に、ハッと目を見張ります。いつの間にか、禍々しい魔力がテントの中に満ちていたのです。
この感覚、わたくし覚えがございます。忘れもしません。
あれは一年前の――。
『話は終わったか?』
梟さんの術によって気を失っていた魔王さまが立ち上がりました。しかしそのお姿は先ほどまでとは違っておりました。
巨大な体躯に、猛々しいツノ。いつもはお優しい金色に輝く瞳には、激しい怒りの感情が見えました。
「ま、魔王……」
「馬鹿な。わたしの封印術が……、いや、女神の封印すら解いたというのか」
梟さんが再び封印の術をかけようと構えました。しかしその身体が一瞬にして魔力の縄で拘束され、宙に浮いてしまいます。魔王さまが右手を握ると、その縄がぎりぎりと締まっていきました。
『人間とは浅はかなものだ。己の勝手で余の妻を陥れ、その命を奪わんとする貴様らの所業。断じて許すわけにはいかん』
そして左手を掲げました。そこに濃密な魔力が集中していき、光球と化しました。それはまさに一年前、彼がわたくしに放った魔法です。
『殺しはせん。しかし、少しばかり灸をすえてやる』
腕を振り下ろした瞬間、光球が飛びました。それは大臣のお顔すれすれをかすめ、テントの外へ飛び出しました。途端、強烈な爆発音が轟きました。テントが吹き飛んで、一気に視界が広がります。
森の木々が吹き飛んで、そこには小さなクレーターができておりました。テントの外で戦っておられた剣士さまや梟さんの部下たちが、唖然とした顔でそれを見つめております。
大臣はその衝撃に、気を失ってしまいました。なにやら鼻につく臭いが漂ってきます。まあ、人前で失禁するなんてはしたないですね。見れば梟さんも、口から泡を噴いて白目を剥いておられました。
しかし、なにか忘れているような……。
あ。そういえば!
「魔王さま!」
彼が振り返りました。優しい笑顔を浮かべ、その両腕を広げます。
『勇者よ。無事だっ……』
「あの場所には魔王さまを助けようとした豚之助たちがいたのですよ!」
魔王さまが固まりました。そのお身体がみるみるうちに萎んでいき、あの少年の姿へと戻ってしまったのです。
「ぶ、ぶ、ぶ……」
魔王さまは震えながら、その場所へと駆けて行きました。
「豚之助ええええええええええええ」
そのうしろ姿を見ながら、わたくしほっと息をつきました。
あら。まあ。
やはり魔王さまはこうでなくてはいけませんね。
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