わたくし、間男に求婚されます(8)
はて。
「なんですか。それ」
ずいぶんと物騒なお言葉ですね。そんなもの、わたくしが知っているはずがございません。
しかしわたくしの言葉を聞いて、梟さんはご機嫌斜めです。
「勇者どの。いまはその力を封じたとはいえ、その崇高な精神は健在なはずです。そのような醜い言い逃れをして恥ずかしくはないのですか?」
いえ。恥ずかしいもなにも、わたくしそんなものはまったく知らないのですけれど。
すると、梟さんが懐からなにか取り出しました。
「フフッ。これをご覧ください」
それを見て、わたくし驚きました。
「それ、わたくしの手紙ですか?」
それは確かに、わたくしが旅をしていたころに実家にあてた手紙だったのです。どこに行ってしまったのかと思っていましたが、どうしてこんなところにあるのでしょうか。
あ。そういえば、手紙を運ぶのが梟さんの表のお仕事でございますものね。でも、どうしてそんなものをお持ちなのでしょう。
「思い出しましたか?」
なにやら勝ち誇っておりますが、わたくしまったく意味がわかりません。
「……コホン。ならば、これを見ても同じことが言えますかな」
梟さんが手紙を開くと、その文面を見せてきました。
『 拝啓。
お父さま、お母さま。お元気でしょうか。
わたくしがお師匠さまのもとから旅に出て、早いもので半年が経とうとしております。
世界はやはり広いです。田舎で暮らしていたときには、こんなにも違いがあるとは思いませんでした。お師匠さまと生活しているときにも、いろいろな場所に行きました。しかし基本的に港町か戦場しか巡らなかったので、このように文明的に栄えた場所はやはり新鮮なものがあります。わたくしの知らないものばかりで、目が回ってしまいそうですわ。
いつか世界が平和になったら、お父さまたちにもわたくしの旅した風景を見せてあげたいと思っております。
この数日は大陸の北東に位置する小国、ムンドガルドに滞在しております。
まあ、国とは言っても、本当に小さいところです。前にお邪魔した北の大国に比べると、本当に猫の額ほどの広さで、国というよりは街と表現したほうがいいかもしれませんね。それでもとても美しい国で、わたくし、いろいろなものに目を奪われてばかりでした。住民もみないいひとたちばかりで、わたくしたちも歓迎していただきました。
ここでつくられる葡萄酒は大変おいしく、近隣の王国にも出荷されているようです。わたくし、農家の方に上質な葡萄を育てるコツをうかがいましたので、村に帰ったらぜひ挑戦したいですね。
しかし、美しい花には棘があるものでございます。
まさかあの美しい国に、あんなものが隠されていたなんて、わたくしびっくりしてしまいました。海賊団の方に話は聞いておりましたが、本当に存在するなんていまでも信じられません。
これが世界中に広がってしまったらと考えると、ぞっとしません。きっと世界は滅んでしまうのでしょう。これに比べたら、魔王の脅威などちっぽけなものだと思わされます。
しかし、この国の中に収まっている以上、下手につつくのはよろしくないのでしょう。わたくし、このことはそっと胸にしまっておこうと思います。お父さま、お母さま。おふたりがこれの被害に遭わなように、わたくし切に願っております。
あ。そういえば、わたくしが送りましたマンドラゴラの苗は育っておりますでしょうか。あれは育つと二日酔いや頭痛など、あらゆる病に効くそうでございます。しかしあれを抜くときにその叫びを聞くと、呪いによって声が出なくなるらしいのでどうかお気をつけくださいませ。
勇者 』
まあ、懐かしい。
まだわたくしが17かそこらのときの手紙ですね。初々しくて可愛らしいと思います。しかしこうして自分の手紙を読まされるなど、どうにも気恥ずかしいです。
「これでもまだ、在りかを吐く気にはなりませんか?」
「…………」
うーん。これは困りました。
本当に、わたくしなにも覚えておりません。
だってしょうがないではないですか。もう十年前のことですもの。そんなに大それたものがあるのなら、さすがに覚えているとは思います。でも、本当にそれらしいものに心当たりはないのです。
梟さんが焦れったそうにおっしゃいました。
「わたしの同胞が何度もムンドガルドに潜入しました。しかし、それらしいものは見つけられませんでした。地下への隠し通路もありましたが、あるのは闘技場と遊び場だけ……」
そのお言葉で、わたくし思い出しました。
「あぁ!」
その声に、梟さんたちが反応なさいました。
「やはり!」
「あ、あるのか!」
期待に満ちたまなざしを向けるおふたりに、わたくし首をかしげました。
「もしかして、違法カジノのことですか?」
「え?」
梟さんと大臣さまが、しーんと静まりました。
あら?
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