わたくし、実家に帰らせていただきます(2)



「夫婦はわかりあう努力をするべきだと、執事が言っておった」


 あら。それはあの魔王城の老紳士のことでしょうか。とてもいいことを言うのですね。わたくし、同感でございます。

 もしかして、なにか事情がおありなのでしょうか。


「……実は、余は貴族の地位を得たといっても、この領地があるだけで他にはなにもない。使用人も、貴様を連れてきたひとりのみだ」


「つまり貧乏ということですか」


「ま、まあ、そういうことだ。だから、その、この屋敷を買うだけでも精一杯だったのだ」


「ちなみに、おいくらだったのですか?」


 その金額を聞いて、わたくし言葉を失ってしまいました。

 こんなただ同然のぼろ屋を買うのにも、ずいぶん吹っかけられたのですね。魔王といっても、それは向こうでの立場です。きっと、こちらの常識には疎いのだと思われます。これからは、わたくしがしっかりサポートして差し上げなければいけません。

 内助の功。うふふ。素敵な響き。


「では、わたくしの家にいらっしゃいますか」


 わたくしの提案に、魔王さまは控えめに答えました。


「い、いいのか?」


「もちろんですとも。お婿さんといっしょに住むのを嫌がる両親はおりません」


 すると、それまで弱気だった魔王さま。腰に手をあてて、ふんぞり返るようにおっしゃいました。


「では、そうしてやらんこともないぞ」


 あら。魔王さま。もしかして亭主関白を目指していらっしゃるのでしょうか。嫌いではありませんけど、いまさらという気もしますね。もう、可愛いひと。



 ―*―



 そうして、わたくしは魔王さまとともに村に戻ってまいりました。

 あの部下の騎士さま。彼は三つ目族という魔族の方だそうです。あの兜の下にもう一つの目がある以外、外見は人間と変わりません。そういうわけで、護衛としてついてきてしまったのだそうです。部下から慕われている夫とは、わたくしも鼻が高いです。

 ちなみに彼は、あのお屋敷で生活をなさるのだそうです。なんでも、一応は貴族の住居として登録しておりますので、王国からの使いなどはそちらに向かうのです。つまり、連絡役ですね。

 なかなか好き勝手にとはいきませんが、なにせ魔王ですので仕方がないことでしょう。いろいろと文化などの溝はあると思いますが、これから少しずつわかりあっていけたらと思います。だって、わたくしたちの前にはとてもたくさんの時間があるのですもの。


 そしていよいよ、我が家にやってまいりました。

 お母さま。どんなお顔をするのかしら。こんなに素敵な旦那さまを連れてきて、さぞ驚かれることと思われ――。


「あんた、子ども誘拐してきてどうするのよ!」


 あら?

 なんだか予想と違いました。お母さまは魔王さまを見た途端、わたくしを罵倒なさいます。


「あんたみたいな料理のひとつもできない行き遅れの女をもらいたいっていうから、てっきり死ぬ寸前の爺さんの道楽か、よほどの変態貴族のどっちかだと思ってたのに! まさかあんたが犯罪に手を染めてくるなんて思わなかったわよ! はやく返してらっしゃい。わたしはなにも知りませんからね!」


 この方、本当にわたくしの実親なのかしら。少しだけ泣きそうです。


「お母さま、落ち着いてください。この方は子どもに見えるかもしれませんが、本来は魔王さまなので大人です」


「余計に悪いわよぉーっ!」


 ですわよねえ。

 わたくしも失言でございました。確かにわたくしは実際に会ったことがあるからいいですけれど、魔王さまを知らないひとから見たら恐怖の象徴ですもの。そういえば幼いころ、言うことを聞かない子どもは「魔王に食べられちゃうわよ」と叱られていた記憶がございます。これからはうっかり外では呼ばないようにしないと。


「だいたい結婚相手が魔王ってなんなの! あんた、魔王が生きてるなら、なんのために旅してたのよ!」


 正論でございます。わたくし旅を始めたころ、行く街ごとに魔王さまを倒すと豪語していましたものね。若さというのは恐ろしいものでございます。

 しかし、どうしましょう。確かに魔族との戦争は100年以上も続いておりました。つまりお母さまがお生まれになったころには、すでに魔族とは喧嘩状態だったのです。お母さまたちにとって『魔王=敵』でございます。この溝だけは、そうそう簡単に埋めることはできないのではないでしょうか。

 いっそふたりで愛の逃避行でもしましょうか。それもやぶさかではございません。正直に言ってわたくし、出戻りの実家がこんなにも生きづらい場所だとは思ってもいませんでしたもの。でも、そうすると人間になってまでわたくしをもらいに来てくださった魔王さまに申し訳が立ちませんね。できれば周囲の理解を得たうえで、普通の家庭を築いていきたいものです。


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