第5章.わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます
わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます(1)
眩しい朝陽が、窓に掛けたカーテンの隙間から射し込んでおりました。
わたくしは温かい珈琲を用意して、魔王さまの寝室に入りました。音を立てないようにベッドに近づき、その枕元に腰かけます。
魔王さま、気持ちよさそうに眠っております。昨日は脱走した豚を探したりと大変な一日でしたものね。まあ、実際のところは捜索を妨害しようとした魔王さまをなだめるのに苦労したというだけですけれど。
目にかかった前髪を払いながら、その寝顔を見つめました。
するとこう、なんでしょうね。お腹のあたりがむずむずするというか、ぽかぽかするというか。具体的に言うと頬のにやけが止まりません。
あぁ、いけません!
殿方の寝込みを襲うなど、淑女にあるまじき行いです。そんなことをしてしまっては、わたくしあの色ボケ神官と同じ存在になってしまうではございませんか。
「…………」
でも、ちょっとだけなら女神さまも許してくれるのではないでしょうか。どうせ誰も見ていませんものね。それに魔王さま、起きていらっしゃるときは恥ずかしがってなかなかスキンシップを取らせてくれませんもの。その考え方は勇者としてふさわしくありませんが、勇者である前にわたくしひとりの女ですので仕方がないと思います。
その可愛らしい額に口づけしようと顔を近づけました。
あら。魔王さま、こんなに身体が大きかったかしら。どうもシーツの盛り上がりが大きすぎるような気がいたします。
と、ふと第三者の声が魔王さまの寝室に響きました。
「おい、勇者」
ぎくり。
そのふくらみがもぞもぞと動きました。そして魔王さまの脇から、ぴょこんと可愛らしいお顔を覗かせます。
妹さまです。彼女はじとっとした視線でわたくしを睨んでおりました。
わたくし慌てて魔王さまから飛び退きました。
き、気まずいです。蜜月のあれこれを身内に見られるなど、なんという羞恥でしょうか。わたくし魔王さまとの愛の深さを他人に隠すつもりはございませんが、それでもあえて見られたいなどという変質的な欲求は持ち合わせておりません。
コホンと咳をして誤魔化します。
「い、妹さま。どうしてそんなところにいらっしゃるのですか」
「あんたがお兄さまに変なことしないように見張ってたのよ」
「またおひとりで寝るのが怖くて魔王さまに泣きついたのですか?」
「ち、違わい!」
必死に否定なさるのがまた怪しいですねえ。
そもそも夫婦がなにをしようと勝手ではないですか。もう、妹さまが居ついてしまってからというもの、どこに行くにも監視の目があります。ろくに魔王さまといちゃいちゃできません。これではフラストレーションが溜まりっぱなしですわ。
「もう。これでは部屋を用意した意味がないではないですか」
「部屋って豚小屋に仕切りをつくっただけじゃないの!」
あら。妹さまの本来のお姿はあの子豚なのだと聞いたのですけれど、ご満足いただけなかったのかしら。それに我が家もそうたくさんの部屋が余っているわけではございませんし、しょうがないですよね。ちゃんと藁のベッドも用意しましたのに残念です。
そんな穏やかな朝のことでした。
キャンキャン吠えつく妹さまをあしらっていると、ふと家の戸が叩かれました。
「勇者どの! 開けてください!」
あら。このお声は僧侶さま。こんな朝早くから、いかがしたのでしょうか。
わたくし、慌てて玄関へ向かいました。戸を開けると、ひどく慌てたご様子の僧侶さまが息を切らせていらっしゃいます。
「ど、どうなさったのですか?」
「き、緊急事態です。魔王はいま、どこに……」
「魔王さまですか? まだ眠っていらっしゃいますけれど」
「いますぐ魔王を隠してください!」
魔王さまを? いったい、どういうことかしら。
わたくしが不思議に思っていますと、ふと向こうからどこか聞き覚えのあるお声がいたしました。
「……ったく、いきなり置いていきやがって。どうしたってんだよ」
「げっ」
僧侶さまが顔を強張らせました。この僧侶さまがここまで狼狽える相手とはいったい誰なのでしょうか。わたくし、その方向を見ました。
そこには大きな剣を背負った、薄汚れた服装の青年が立っていたのです。
「つーか、おまえもこの村に来てたなんて驚いたぜ。相変わらず男を漁って……」
その青年はわたくしと目が合うと、パッとお顔を輝かせました。
「勇者!」
わたくし、そのお姿にびっくりいたしました。
「け、剣士さま!?」
記憶よりもずいぶんとたくましくなっておられますが、それは間違いなく旅の仲間であった剣士さまだったのです。
あら。まあ。
これは大変なことになってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます