わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます(結)



 光が晴れて、視界が戻りました。

 剣士さまがぐったりと横たわっておりました。わたくしもさすがに立っていられずに、その場に膝をついてしまいます。フォークも粉々になっておりました。

 どうしましょう。お父さまに叱られてしまいますわ。でもまあ、娘の危機なのできっと許してくださいますわよね。

 と、それどころではございません。剣士さまの安否を確認しなければ。

 そう思っていると、すでに僧侶さまが駆け寄って呼吸を計っておりました。


「け、剣士さまは……?」


 彼女は苦笑いたしました。


「まあ、こいつは身体の頑丈さだけが取り柄でしたからね」


 ホッと息をつきます。よかった。さすがのわたくしも加減ができませんでしたもの。それほどに剣士さまの気迫は凄まじいものでございました。

 と、そこへ魔王さまが走ってきました。


「ゆ、勇者よ。無事か?」


「はい。魔王さまもご無事のようで……」


「い、いや。余は大丈夫なのだが、その……」


 どうしたのかしら。

 魔王さまの視線を追って、わたくし言葉を失ってしまいました。


 わたくしの攻撃の巻き添えをくらい、森のどんぐりの樹がごっそりと吹き飛んでおりました。これでは秋口の豚たちの大好物がなくなってしまいます。こころなしか、周囲を囲んでいた豚たちが非難するような視線を向けているように思えます。


 あら。これはまずいですわ。


 慌てて逃げようとしたとき、いつの間にか背後にお父さまが立っておられました。


「…………」


 その手には、ぴかぴかに磨かれた猟銃を構えております。


 うふふ。

 笑って誤魔化されては……くれないですよねえ。



 ―*―



 数日後のことでございます。我が家のベッドで眠り続けていた剣士さまが目を覚まされました。


「……おれは、生きてるのか?」


「はい。僧侶さまの治癒術のおかげですわ」


「…………」


 彼はしばらく無言でございました。やがて、ぎゅっと唇を噛みます。


「殺せ。もうおれには生きる意味がねえ」


「なにをおっしゃるのですか。そんなこと、わたくしが許しません」


「じゃあ、どうしろってんだよ!」


 折れていないほうの腕で、ベッドの縁を叩きました。


「これ以上、生き恥を晒せってのか。てめえ、よくそんなことが言えるな!」


「…………」


 その声を聞いて、リビングでお茶を飲んでいた僧侶さまがやってまいりました。彼女の視線に、剣士さまは気まずそうに顔を逸らします。

 わたくし、その手を取りました。


「生きる意味がないなんて、おっしゃらないでください」


 大きな手でした。わたくし、ずっとこのひとを未熟な弟のように思っていましたが、いつの間にか立派な大人になっていたのですね。そのことに気づけなかったわたくしは、確かにこのひとに責められても仕方がないのかもしれません。


「わたくし、修業時代から剣士さまとともにおりました。そりゃあ、確かに剣士さまは口が悪いし乱暴者で、見ていてはらはらいたしましたわ。でもいつだって、剣士さまは困っているひとのために一生懸命、戦ってくれたではございませんか」


「…………」


「あなたさまに感謝している方は、世界中にいらっしゃいます。そのひとたちのこころまで否定しないでください」


 剣士さまはわたくしの手を乱暴に払いました。


「……くそ」


 そう言って、彼はこちらに背を向けてベッドに横になりました。その肩は小さく震えております。

 思い出しますねえ。この方、戦いで負けたときはいつもひとりで泣いておりました。どんなにお強くなっても、やはり剣士さまは剣士さまです。

 そう思うと、わたくしなぜか胸が懐かしい温かさでいっぱいになるような気がいたしました。


 あら。そういえば。


「それで、剣士さまがこころを寄せる相手とは誰なのですか?」


「は?」


 彼が驚いたようにこちらを見ました。

 またまた。いまさら、そんなとぼけたお顔をしても無駄でございます。まったく、剣士さまも肝心なときに小心者で困ったものですね。


「あのとき、好きな女を守るために強くなったとおっしゃったではありませんか。わたくし恋愛の駆け引きは苦手ですけど、剣士さまの恋が実るように微力ながらお手伝いさせていただきますわ」


 剣士さま、なぜか口をぱくぱくとさせております。まるで陸に打ち捨てられた魚のようですね。

 もしかして気が引けているのかしら。

 いいえ。そんな気を遣わないでほしいものですね。いまはもう別々の人生を歩んでいるとはいえ、わたくしと剣士さまは命を預け合ったお友だちですもの。恋愛ごとなど些細なことでも、ちゃんと協力し合うべきですわ。だってわたくし、こうして剣士さまの本心が聞けて、やっとわかり合えたような気がしました。その幸せをこころから願うのは当然でしょう?


「あ。もしかして旅のときに命を助けてくださったレジスタンスの女リーダーの方ですか? それとも守護騎士を目指すということは砂漠の国の王女さまとか? 身分違いなんて気にしてはいけません。恋というのはとにかく押したほうが勝つのだとお師匠さまもおっしゃっておりまして……」


 あら。

 なぜだか場の空気がひんやりと冷えているように思えます。僧侶さまが、とても気の毒そうなお顔をしていらっしゃるではございませんか。

 どうしたのかしら。


「ちくしょおおおおおおおおおおおお」


 剣士さまが雄叫びを上げて、部屋を出ていってしまわれました。


 ……うーん。なにか間違ったことを言ってしまったのかしら。

 やっぱりあのお方とは、一生かけてもわかりあえる気がしませんねえ。


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