わたくし、勇者を引退します(2)



「そもそも、この城門をどうするか……」


 剣士さまがその城門に触れながらつぶやきます。

 確かにその通りです。この城門。魔力などは感じませんが、単純にとても分厚くて硬い一枚の岩でできています。飛び越えることもできないでしょう。向こうから開けてもらわなければ入れません。

 しかしこの城門、とても汚いです。ほこりもかぶっているし、変なこけも生えています。まるで何十年も手入れがされていないご様子です。玄関はお家の顔と言いますが、こんな見た目では魔族の部下たちへの威厳も損なってしまうでしょう。


「で、おまえはなんで城門をぴかぴかに磨いてるんだよ……」


 あら。

 手土産も持たずにお邪魔するのですから、せめてなにかお役に立たなくては、と思ったのですが。礼節とは難しいものですね。確かにわたくしが家庭を持ったとして、客人が勝手にお掃除を始めたらむっとしてしまうかもしれません。

 そういえば、いつか路銀が尽きたときに旅籠でお手伝いをしたことがありました。そのときのことも、あとでお手紙に書かなければ。

 しかし、本格的に困ってしまいました。わたくしや剣士さまのような学のない人間ならともかく、僧侶さまと老師さまも城門を開ける方法は思いつかないようなのです。


「叩いたら開くようなものでもないですからね」


「ふうむ。わしの文献にも、このような門を開ける方法はないからのう」


 あぁ、僧侶さま。それですよ。部屋に入るとき、まずはノックをするではありませんか。

 魔族といっても、知性があるのは人間といっしょです。中には、わたくしなんかよりもずっと頭のよい方もいらっしゃいます。ましてやここは魔王城。魔族文化の中心地です。ならば、常識を持っている方も多いはずですよね。

 しかし、城門はこの大きさです。普段通りのノックでは気づかれないかもしれません。ここは少しだけ、精霊の力をお借りして叩いてみましょう。

 わたくしは城門の前に立って、右腕を振り上げました。大地の精霊の力を宿した腕が、淡い輝きを放ちます。これで準備はオッケーです。


「え。ちょっと、勇者どの?」


「えーいっ」


 城門を叩いてみました。すると、どうでしょう。城門がべこっと凹んだと思うと、そのままドカーンと砕けてしまいました。

 ガラガラと破片が落ちていき、魔王城の入口がむき出しになってしまいました。


「あらあら。立てつけが古くなっていたのでしょうか」


 これは想定外です。もしかしたら、あとで修理代を弁償しろと言われてしまうかもしれませんね。わたくし貧乏暮らしなので、そんなお金、ご用意できるかどうか……。魔王が謝って許してくれる方ならいいのですが。

 でも、とりあえず話は魔王に会ってからですね。わたくしたちは魔王城に入るべく歩を進めました。


 あら。門の破片の下で、魔族の方たちがお昼寝をしていらっしゃいます。きっと、わたくしたちを警戒して、寝ずの番でもしていたのでしょう。種族は違えど、お仕事の大変さは変わりませんね。ご挨拶もなしに入るのは失礼だとわかっているのですが、起こしてしまうのは可哀想なので勝手にお邪魔させていただきましょう。

 すると、うしろで剣士さまたちが言いました。


「……この女、やっぱり勇者だわ」


「わたしは、魔王よりこのひとが恐ろしいよ」


 あら?



 ―*―



 そして数々の過酷な罠を潜り抜け、わたくしたちは魔王のお部屋の前にやってきました。


「とうとう来ちまったな……」


 剣士さまがごくりと唾を飲み込みます。それを見ていると、わたくしも少しだけ緊張してきました。


 はて。魔王。いったいどのような御仁なのでしょうか。うわさでは強大な魔法を扱う魔術師と言われておりますが、そのお姿やお年などはいっさいが謎に包まれております。


「じゃあ、行くぞ」


 剣士さまがその扉を開けました。

 わあ。すごい。このお部屋、とっても広いです。世界でいちばん大きな王国にも行ったことがありますが、それよりも二回りは大きいですね。さすがは魔王のお部屋です。

 その玉座に、真っ黒なローブを着た魔族の方がいらっしゃいます。

 まあ、立派なツノ。

 わたくし、これでも勇者の端くれ。その魔力でわかります。きっと、この方が魔王なのでしょう。その脇に、執事らしき老紳士が控えております。蝙蝠のような翼が生えているので、きっとデーモン族でしょうね。


「わたくしは人間の里から来ました、勇者というものです。世界の平和のため、あなたを倒したいと思っております。大変、不躾ながら、わたくしと闘っていただけませんでしょうか」


 わたくし、昨日、寝ずに考えていた挨拶を述べます。きちんと噛まずに言えたでしょうか。心配です。しかし、お返事はありませんでした。魔王は無言でこちらを見つめています。


 ……もしかして、聞こえていらっしゃらないのでしょうか。


「わたくしは人間の里から来ました、勇者というもので――」


「そういうことじゃねえよ!」


 剣士さまに止められてしまいます。

 むう。城主の前で恥をかかせるなんて、やはり剣士さまは意地悪ですね。


『ふふ。おもしろいやつだ』


 あら。とうとう魔王のひとがしゃべりました。

 しかし、あの魔王のひと。どうして真っ白な仮面をつけているのでしょうか。いえ、わたくしも女神さまから頂いた兜をかぶっておりますが。


「あのう、ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


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