わたくし、実家に帰らせていただきます(4)



 すると、豚を小屋に戻したお父さまが帰ってきました。無言でじっと魔王さまを見つめております。両者の間に、妙な緊張感が漂います。どうしたのでしょうか。これがうわさに聞く「貴様の実力は理解した。しかし簡単に娘はやれんのう」でしょうか。わたくし、どきどきしてまいりました。大丈夫です。魔王さまなら、きっとどんな試練も打ち破り、わたくしを娶ってくださいますわ。

 と、その瞬間でございます。魔王さまが急に頬を緩ませたと思いますと、急に高笑いを上げられました。わたくし、困惑してしまいます。


「ど、どうしたのですか?」


「アッハッハ。勇者よ。さすが貴様を育て上げた御仁だ。こんなに愉快な冗談を言う男は魔族にもいなかったぞ」


 そう言って、お父さまと熱い握手を交わします。どうやら、娘をやるやらんを通り越して、すでに二人の男の間には強い友情が芽生えているようでございました。わたくし当事者なのに、まったくつけ入る隙がございません。

 期せずして、わたくしたちの望む結果となりました。ただし、その仲介を果たしたのはわたくしではなく豚でしたけれど。

 魔王さまに褒められて、お父さまも満更ではないようです。お顔をちょっと赤く染めていらっしゃいますね。こんなにうれしそうなお父さまの顔、わたくし見たことがございません。

 このもやもやとして気持ちは、いったいなんでしょう。わたくしがいまだにわかり合えないお父さまと、出会って5分で打ち解けました。魔王さまのカリスマの一端を垣間見た気がします。あとお父さまジョーク、すごく気になりますね。娘としては下ネタでなければいいのですけれど。


 しかしこうして、お父さま籠絡はあっさりと完了です。わが父ながら、とってもちょろいです。まあ、魔族との溝と言いましても、結局、戦争に行っていない村人からすれば遠い国の出来事ですものねえ。


 さて、次はお母さまです。この方は偏屈なので、きっと手こずることと思われ……。

 あら。

 ちょっと目を離した隙に、お母さまが魔王さまを連れて自室へと入っていきました。なにをする気なのでしょうか。こっそりと覗いてみると、お母さまがベッドにうつぶせになり、魔王さまがその腰に手をあてております。先ほどのように、手のひらが淡い光を放ちました。


「あぁ~~。効くぅ~~~~」


「母上どの。ずいぶんと凝っておりますな。気苦労が多いのですか」


「そうなのよう。村の農家の奥さまがねえ、ことあるごとに娘が村長の息子に嫁いだのを自慢してくるの。これでようやく、わたしも言い返してやれるわあ」


 お母さまったら、あまりの極楽ぶりに井戸端会議を始めました。すでに相手が魔王であることも忘れていらっしゃいます。

 どうやら、こっちもすでに魔王さまのことは受け入れてしまっているようですね。いえ、荒波が立たないのは嬉しいのですけれど、これほど娘の人生に興味のない親たちも珍しいと思います。青春真っただ中の娘たちのように、何日か家を飛び出したい衝動に駆られました。でもわたくし、この村に泊めてくれるお友だちがおりません。詰みました。


 しかし、ハア……。

 お婿に来た途端、お姑の腰を労わる旦那さま。とっても嫌ですねえ。もしかして、これからずっとこの光景を見せられるのでしょうか。

 ……わたくし、あっちの屋敷で暮らそうかしら。



 無事にご挨拶が終わりましたので、わたくしたち日課の豚の放牧にやってきました。この家で暮らす以上、貴族といえども家業を手伝っていただかなければなりません。

 魔王さま、てっきりインドアなのかと思っていましたが、意外にも野外の活動に積極的です。放牧というものが初めてなのか、興味津々でわたくしの様子を見ています。

 やがて先ほどの子豚を草原に放ちました。いまではすっかり元気になって、他の豚とともに草原を駆けまわっています。


「……人間は奇妙な動物を飼うのだな。戦いもできない、その上に弱い。観賞用にしては不細工だ。魔族のオークに似ているが、それよりも原始的だな」


 あら。魔族の文化に豚はいないのでしょうか。


「うむ。魔物は自衛のすべを持つように進化しておるからな。こんな弱い生物が混ざれば、すぐに淘汰されてしまうだろう。まあ、そういった種族に生きるすべを与えるのも、余の役目ではあった」


 あら。本当に素晴らしい指導者です。人間の王族も見習っていただきたいものですね。わたくし、魔王さまのことを知れば知るほど好きになってしまいそうです。


「あ、あまり茶化すでない」


 魔王さまは照れたのを誤魔化すように咳をなさいました。


「しかしこうして見ると、なかなか可愛いものだ。余もこちらに来て、いくつか動物を飼っておるが、今度、こいつらと遊ばせてやろうではないか」


 すっかり豚たちがお気に召したようです。魔王さまが我が家の家業に興味を持ってくれて、わたくしも安心しました。

 すると、先ほどの子豚が魔王さまの足にまとわりつきます。それを抱きかかえて、魔王さまは嬉しそうに言いました。


「もう元気になったようだな」


「あら。魔王さま、その子がお気に召しましたか」


「うむ。これはいい豚になるぞ」


 わたくしもそう思います。魔王さま、なかなかいい目をお持ちのようです。

 すると、ふいに魔王さまのお腹が鳴りました。

 そういえば、そろそろお夕飯の支度をしなければいけませんね。今日はわたくしどもの結婚記念日になりますので、お食事も豪勢にしちゃいましょう。わたくしも腕によりをかけたいと思います。


「ふむ。勇者のつくる手料理か。楽しみだな」


 あまり期待をされると困るのですが、もちろん悪い気はしません。わたくしどもは豚を小屋に戻すと、手をつないで家に帰りました。



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