36.魔王城での死闘

 目を開けると、そこは祭壇ではなかった。景色は自然から変わり、薄暗い世界が広がっている。


「ここは、地下か何かか?」


 下を向けば、祭壇にもあったような転移魔法陣がある。徐々に地下の薄暗さに慣れて来た目が真っ先に捉えたのは、聳(そび)え立つ魔王城。地形はそこからドーム状に広がっていて、その終わりは全て、物々しい土の壁で覆われている。

 そして城の周りには、ところ狭しと建ち並ぶ建造物、民家。さしずめ城下町と言ったところか。


 ここが魔王軍の拠点……地下帝国って感じだな。


「……ったく、マジリカの野郎。無茶しやがって」


 それを言ってしまうと、今単身で敵の根城に侵入している俺にも返ってきてもおかしくないが……マジリカの野郎は一人でどう切り抜けようってんだろうな。


 俺は溜め息を吐いてから魔法陣から出る。向こうには祭壇のようなものを作っておいてこっちの魔法陣は嫌に無骨だなと思いながら、城下町にまで侵入しようと歩を進めると。


「まぁ、待ってるよな。そりゃ」


 ぞろぞろと俺を取り囲むように現れた、魔族。多種多様でおまけに大量の雑兵が俺の周りに姿を現し、それぞれが一斉に魔法の詠唱を開始した。俺はにやりと笑って突っ込む体勢を取り、その全員に宣戦布告をかました。


「お前らぶん殴っても再生しねぇだろ? 掛かってこいよ」


 ――そう。詠唱する隙がある分、敵の動きが分かりやすい。それに殴れば数が減るってのは超大事だ。それならあの触手の方がよっぽど強敵だったと言えるほど、お前らは弱いんだよ。

 俺を殺したいなら数万の軍勢でも用意するんだな。尤も、魔法使いだけじゃ数を増やしたところで邪魔になるだけだろうが。


 俺は前方の奴らに突貫を仕掛け、まず三名を殴り飛ばす。それぞれが壁にぶつかって血塗れで倒れると、残った魔族達が目を見開いて俺を凝視してくるのが分かる。

 まあ、知らねぇだろうな。マジリカでさえも魔王の戦った姿を見たことがないというのだから、お前らが肉弾戦を知っているはずがない。――そろそろか、とそこから飛び退けば大量の魔法が降ってきて建造物を破壊し、仲間を巻き添えにして大被害を与えていく。


 ああ、そうかそうか。別にマジリカの軍が統率できてないってわけじゃなかったんだな。ただ俺の戦い方の対処を知らなかっただけなのだろう。それでこの有様か……ま、俺と会ったが運の尽きだと思っておけ。


 こんなところまで来て容赦はしない、俺にも守りたいものがあるんでな。


 俺は建造物に隠れながら、一人二人と潰して敵の数を減らしていく。兵の数が少なく増援も来ないってことは、やはりレーデルハイルの戦争で消耗が激しかったのだろう。たった数十分ほど暴れた程度で詠唱の声が止み、飛び交う魔法も消滅した。


 全滅させたというか、戦意を失って逃げた奴もいそうだが……そんな奴らにまで構っている暇はない。俺は拳を服で拭って血を拭き取ると、魔王城に向けて歩を――。


 その足場が、ぼこりと盛り上がった。危険を感じて横へ退避すると、盛り上がった地面が何かの形を成していく。それは、どこからどう見ても――。


「おいおい……マジかよ」


 三メートルはあろうかという岩の巨人。そいつは俺へ首を向けると、左腕を振りかぶって殴り掛かってきた。動きは遅く重心移動させて避けるものの、こいつは岩から生まれたゴーレムだ。俺の攻撃が効くとは思えない。

 って、こんなものを作ってくるような奴を、俺は一人しか知らないんだが……。


「レティシアァァア!」


 俺がそう叫ぶと、遠くから姿を現したその人物。真っ白のローブを羽織り、本を手にしているそいつは――無表情のまま俺を見据えて詠唱を始めた。本が光り、新たなゴーレムが数十体と召喚される。


 俺の言葉が耳に入っているのか、それとも聞こえてなんていないのか。それは分からないが、オーフェンの言う通りになったのだけは理解した。

 レティシアと戦う、ね。冗談じゃねぇな。


 俺は舌打ちをして、建造物に隠れてレティシアへと猛ダッシュで近付いていく。ゴーレムは遅い、それが弱点だ。だが……どうする? どうやってレティシアを止める? 殴るのか、それで止まるのか? 刺さっているっていう針を抜くのは駄目だし、この場にダフィーリカの姿は見え――。


「――ガッ!?」


 左半身に衝撃が走った。強烈な衝撃が身体を襲い、為す術もないまま壁に激突する。ごぽりと吐いた血が服を濡らし、地面に飛び散った。

 この世界で、初めて受けた、致命傷ってやつかね……。


 俺は静かに笑い、ゆっくりと顔を上げる。そこには無表情のレティシアが立っていた。その身に掛けられているのは強化魔法、か。


「お前、強く、なったな」


 こんなところでそれを実感したくはなかったが……畜生め。

 

 レティシアは答えない。その表情には少しの変化も感じられず、俺は心の中で悪態を吐く。


「止めようぜって言っても、お前、止められねぇよな。操られてるもんな」


 無言。レティシアは拳を固め、同時にどすんと地響きが鳴ってゴーレム達が俺を殺そうと近寄ってくる。

 俺はレティシアをずっと見ていた。正確には彼女の衣服から少しばかり覗かせる肌、そこに這っている奇妙な灰色の痣を。

 アレか。アレが原因なんだな。


「仕方ねぇな。なら、俺が止めてやるよ。まあ安心しろって、全部俺に任せて、お前はただぶつかってこい」


 満身創痍の身体を奮い起こし、俺はゆっくりと立ち上がる。いつも通りオーソドックスの構えを取り、レティシアの瞳に目を合わせた。


 正直オルフェニカとの戦いで負った傷は治り切っちゃいないが。マジリカのアホに焼かれた傷も地味にいてぇし、ここまで来た疲労も間違いなく蓄積されてはいるが……そんなんでへこたれるほど、俺の根性は腐ってねぇぜ。

 何より、俺よりお前の方が苦労してきただろうからな。弱音なんか吐く場面でも、場合でもねぇしな。やってやるよ。


「本気でぶつかってこいよ。全部、受け止めてやるからさ」


 返事はない。

 ただ、レティシアの目から、つう、と。一筋の涙が流れた。

 返事など、それで十分だった。


 レティシアとゴーレムが、俺へと襲い掛かってくる。俺は深呼吸を一回して、覚悟を決めた。

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