5.別れの言葉(中)

「す、すすすす……すごいわね、この世界って」

「ああ、凄すぎる……馬の比では無い。こんなものが隅々まで、しかも一日中も走り続けているとは……世界は広いな、チハルさん」

「いや俺に言われても」


 世界は広いっていうかそもそも世界が違うわけだからな。

 大丈夫、お前らの世界にもちゃんと利点はあるさ。例えば……例えばそう、自然が綺麗だ。

 こっちは機械とかだらけで自然を破壊しちまってる分、別の問題もあるしな。何から何まで便利にした分、そのツケは別の形になって回ってきている。


「しかし、この風景はなんだか安心する。今までの柱みたいな建物は正直、慣れなかったんだ」

「こっちは一面緑色ね! 山も見えるし、見晴らしもいいわ」


 駅を出るなり、レティシアは手でひさしを作って遠くの景色を眺め出した。フェルナンデスは慣れない電車で若干酔ってしまったために気分悪そうにしていたが、澄み渡る空気と大自然のお陰で少しずつ調子が戻ってきたようだ。


 その反応も当然と言えば当然か。

 最初に繰り出した街程度ならともかく、駅周辺まで来ると別次元に栄えているからなぁ。流石に天をも覆いかねない高さの建物が並んでいれば恐ろしくもなる。

 この風景どちらかといえば、グレゴリアのような雰囲気をもう少しばかり田舎にすればこんなところになる気がしなくもない。


「そんじゃ、まぁ向かうぞ」

「もう“のりもの”は使わないのか?」

「使わねぇよ、お前ら乗ってるだけで反応うるせぇし」

「ほっ……了解した」


 帰りは嫌でも使わせるが。


「つっても明確な当てがあるわけでもねぇしな。お袋が実家にいるかわかんねぇし、外出歩いてるかもしれねぇし、何にせよどう出会うかが重要だ」

「お母さん以外には会うつもりはないんでしょ?」

「そりゃそうだ。大勢に俺の姿目撃されたら流石にやべぇ」

「それもそうね……でも家に居られたらどうやって接触しましょうか」

「――ま、なんとかなるだろ」

「ええっ!?」


 ノープランに決まってるだろ。

 ただ接触するにしても、あまり残る方法は取りたくないな……だから携帯は封印だ。電話やメールなら応じるかもしれんが、他の人に見られる可能性がある。

 俺が生存していると勘違いはされたくない。

 公衆電話ならギリギリ……別の意味で怪過ぎる、家族に止められそうだ。


「とりあえず――見張る。眠気は大丈夫か?」










 お袋の実家までの道程は辛うじて覚えていた。

 多少怪しい雰囲気もあったが問題なく目的地に到着した俺とレティシアとフェルナンデスは、横一列に並んで遥か遠くの高台からある一点――実家を眺めている。


「……チハルさん、いつまで続けるんで?」

「暑いな……日差しが暑い、こりゃ暑くて死ねる」

「いや、あの……何か行動した方が」

「ぶっちゃけ勢いで来た感は否めねぇからな。お袋が出掛けんのを待ってみようとか思ったんだが」

「家から出なかったら、どうするの?」

「――詰まったな」


 買い物でも行ってくれればな、と思ったがこの付近は超絶田舎で何もないところだ。駅近のコンビニが徒歩四十分、自然と畑と少数の民家がところどころにあるような典型的な田舎である。それこそ買い物となれば車で出掛けてしまうだろう。


「そういや聞き忘れてたんだが、お前ら魔法は使えるのか?」

「既に試した。が、どうも駄目だ。空気中に魔力が見られないし、本来身体の内に保有してあるはずの魔力も微量しか感知できない」

「簡単な魔法も無理ね。今の私達は何の力もないと思ってくれていいわ」

「ふむ、そりゃそうだよな」


 魔法が使えるなら、ちょっとした細工で誘き出せないかとも思ったが、やっぱ駄目か。


「ちなみに使えていたらチハルはどうしようと思ってたの?」

「お袋にだけ聞こえる思念かなんか飛ばせば来んだろって思ってな」

「う、そこはかとなく犯罪臭がするのは気のせいかな……」


 今こうして遠くからじっと見つめてるだけで犯罪臭漂っているからもう遅い。


「ね、ねぇ……チハルがいいんなら、私にいい考えがあるんだけど……ね?」

「そうか。それ以外に案はあるか?」

「何でよ! 聞くだけ聞いてくれたって良いじゃない!」


 そんな振りされた提案が身を結ぶとは思えないんだが。

 じゃあ聞くだけ聞いてやるか……。


「とりあえず言ってみろよ。お前下らないギャグだったら逆立ちで町内一周な」

「しない! 私はそこまでおふざけキャラじゃないわよ!」


 そうかぁ?

 ――とまあ茶番は置いておいて。俺は缶コーヒーを飲み干すと、レティシアと顔を合わせる。妙に顔を紅潮させたレティシアは、何故かもじもじしながらこんなことを言ってきた。


「……あ、あの、あのね。私がチハルの彼女だってことにして……それでね」

「はぁ? なんで前提がそうなる」

「そ、それは――うう……あうう……わ、わ、私が彼女ってことにして、私が呼び出すの! チハルから託された物がありますって!」

「あぁ、それで彼女ねぇ」


 俺は顎に手を当てる。

 なるほど、その考えは無かったな。俺が呼び出すのは駄目でも、レティシアなら顔バレしてないんだ。

 ただ問題があるな。


「どうして今更なんだって言われね?」

「……う。それも、そうなんだけど」

「しかも立場が逆だな。お袋からお前に託すなら分かるんだが」

「そう、よね。呼び出すにしても、何でお母さんの家を知っているのかってことだものね……今のは無かったことにしましょう」


 でもまあ、そうだな。


「いやそれで行くか」

「――え?」

「このまま立ち止まってても仕方ないしな、これといった案もねぇし。案外上手くいくかもしんないだろ」

「え、え、ええ、えっ? あ、いや、あの、その、私、心の準備が」

「となると……お前はこれから俺の彼女になるんだから、軽く設定くらいは立てねぇとな」

「ひゃっひゃい!?」

「何ビックリしてんだよさっさと設定決めんぞ」

「――ぷっ、く、くく……」

「何笑ってんだフェルナンデスお前も考えんだよ」


 ――で。

 決まった設定はこうなった。


 外国からの留学生、レティシア。

 二年ほど前に交換留学生として俺が通う高校の近隣(名門校)に通っており、ひょんなとこからばったり出会って交流が始まった。


「それで約一年の月日を掛けて交際にまで発展し、」

「で、で、でも、それは皆に内緒にしてて……!」

「交際中に俺が死んだショックで今まで塞ぎ込んでたが、やっと区切りが付けたから以前教えてもらっていた連絡先に電話を掛けた」

「う……うん」

「『死んだチハルから渡したいものが』って言って呼び出す。だな」

「うえぇ……ちょっと、胸が痛くなってきたわ……私、これからそんな嘘を伝えなくちゃならないの……?」

「仕方ない、お袋の性格なら多分激昂することはねぇからよ」


 むしろ喜ぶんじゃねぇか? そればっかりは嘘なのが胸に突き刺さるが、死ぬまで彼女なんかいなかったからなぁ……。

 生前に紹介していたいら、母親は小躍りでもしていたかもしれんな。いや……ちょっと見たくはないけど。


 ちなみにこの案の半分はフェルナンデス発である。俺は詳しく知らなかったが、向こうの学校などにも留学生っていう制度みたいなのはあるそうだ。遠くからやってきた人間なら可能性はあるだろう――とはフェルナンデスの談だが、正直よくやった。


 流石だぞ。お前は日に日に知将になってるな。若干ふわふわしている設定も多いが、まぁそこはアドリブでなんとかすればいいだろう。


「というわけで俺の携帯貸してやるからこれで電話な。一応非通知にしといた」

「ひつうちってのはよく分からないけど……え、これ、耳に当てればいいのね? 本当に喋れるのね? 電撃走ったりしない?」

「するわけねぇだろ」


 そんなビックリドッキリ宴会アイテムじゃねぇよ。


 携帯は既にボタンを押せば通話ができるようになっている。後は触れるだけのところを遠慮なく押して、俺はレティシアの耳に押し当てた。


「ほらよ」

「な、なになんか変な音が――あひゃっん……ん!」

「変な声出すなボケ、少し待ってたら繋がるから、冷静に頼むぞ」

「え、えええちょっとくらい予行練習させてくれたっ……あ…………――はい」


 途中まであたふたしていたレティシアが、突然改まった。

 ――通話が無事に繋がったのだろう。さて、頼むぞレティシア。正直ここでお前に頼るのはちょっとアレな気がしたが、頼れるのはお前しかいないんだからな。

 まぁよっぽどポカやらかさなければ大丈夫なはずだ。


「えー……私、チハル――チハルさんと、お付き合いをさせて頂いていました、レティシアと申します」


 俺フェルナンデスは息を飲んでそれを見守っている。声が小さいのか、通話相手――恐らく出たのが母親であろう声は、俺にまで届いていない。


「突然で申し訳なく思っています。でも、その、チハルさんのことでお話が……えっ?」


 しかし、彼女は途中で言葉を止めてしまった。ここから繋げるはずだった台詞など全て頭から抜け落ちたとでも言わんばかりに冷や汗を掻き、その瞳が俺を見据える。


「……チハル、さ」


 そして。

 一拍置いた後に、とんでもないことを宣った。


「――チハルのお母さん……私のこと、知ってるみたいなんだけど」

「えっ」


 えっ?

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