ボクシング部員が異世界転生 〜なんだコイツら鍛え足りないんじゃないか? 俺が鍛え直してやる〜

くるい

はじまりのボクシング

プロローグ

俺はこうして転生した

 勉強というものにはついぞ興味がなかった。

 中学の頃に友達からボクシングに誘われ、そこからはジムで身体を苛め抜く毎日。それまでゲームばかりしていて外で遊ぶのが嫌いだった俺は、自分の身体が筋肉に包まれてゆく日々が楽しくて楽しくて仕方なかった。


 最初の頃はシャドーが酷かった。フォームが出来ておらず、先輩方に教わりながらひたすらジャブを練習していた。

 何となく楽しくなってきた頃にようやくフットワークが出来るようになってきて、その内ジャブからストレートなどのワンツーが自然と打てるようになり、新しくフックやアッパーなどの打ち方を教わった。


 中学の時はそうしたトレーニングばかりをやっていたが高校に入ってからはボクシング部に経験者として入部し、先輩部員とのマスから始まりスパーリングをよくやるようになって、気が付けば試合に出ていた。


 その頃の俺といったら、部活のことしか考えていなかった。いや、別にボクシングに命懸けてたわけじゃない。ただ、そうだ。強いて言えば、それが生きているって実感できたことだったから。


「まぁ。俺もう死んでんだろ? 実感ねーけどさ」


 俺の視界に映るのは、光輝く天上の背景だ。神々しい景色をバックに、雲の上に変なオッサンが座っている。

 俺も座ってるんだけどな。


「変なオッサン……わたくし神様なんだけど。そう、君は死んだんだよ、死亡直前の記憶がなくなる可能性もあるから仕方ないけれど」

「知ってる。さっき言ってたじゃん、それ二回目じゃね? 俺は部活の帰り道にトラックに轢かれて死んだんだろ」


 全く身に覚えねーけど。死んだんなら死んだんだろ。

 あー……負けちまった対戦相手とのリベンジマッチ、来月にあって楽しみにしてたんだけどなぁ。


「けどあれだな? 死ぬとどうでもよくなるよな、案外」

「そういう風に出来てるからね。生きてる時は活力に満ち溢れるように出来てるんだけど、死ねば生き甲斐などなくなるからね。死んでるから」

「じゃあ自殺する奴はどうなってんの? 生きてるのに活力ないじゃん」

「生きる希望を失う生者も往々にしてあるものだよ」


 自分から聞いておいてなんだけど、そんなものはどうでもよかった。


「で。俺今でこそ筋肉質なスポーツマンなんだけど、昔はよくゲームやってたからこの状況がよく分かるんだ。つまり、俺はどんな理由でここに呼ばれたわけ?」


 死んだ人間がその後にどうなるのか生者は知らない。しかしこうして神と名乗る者と単なる死者がタイマンで話すのだとすれば、それはないだろう。

 んなことやってたら神が何万居ても足りない。仮に出来るとしても、わざわざやらない。


「察しがいいね。そういうの、悪くないよ」

「このまま死後の世界に行くのか? それとも死後なんてなく、このまま魂を転生させる、とか……ま、そんな理由じゃないわな」


 自分の身体を見る。ボクシングで鍛えた肉体はそのままで、しかも高校の制服だ。多分死ぬ直前と同じなんだろう。血とか怪我とかは治してくれたみたいだが。


「勿体振るのはよくないね。そう、君は死んだ。でもチャンスがあるんだ」

「チャンスってのは?」

「状況がよく分かるって言ってたね。君はこの世界では死んだ。しかし、わたくしはこれから君を異世界に転生させようと思っている」


 なるほど、よくありそうだ。あるある。この前少し読んだ本であったな。似たような話が。

 その話では事故死じゃなくて病死だったかな。

 それが俺か……実感とかわかねーな。


「……断ったら?」

「君の答えがどうであろうとわたくしは君を転生させるよ。しかし知っているのと知らないままではまた話が違うからね」

「強制ってオチかよ。オッサン自分勝手だなぁ」

「オッサンじゃなくて神様なんだけどなぁ……オッサンに見えちゃう?」

「ああ、見える。年齢的には三十代中盤」

「残念、わたくしの年齢は君達換算で八億って感じかな」

「半ば予想済みだったから驚きもしねぇなあ」


 まあ。

 俺が何言っても何も変わらない。それなら、ただ受け入れるしかないのだろう。


「ひょっとして転生とかしたらこの薄弱な意識は元通りとか?」

「それは君次第かな」


 そのままだったら生きる理由が無くて死んでしまうかもね、と黒い台詞を吐いて、神と名乗るオッサンは法衣から手帳を取り出した。何やら中身を確認している。


 随分原始的だね。頭の中にでも記憶しとけよ。


「君はこれから異世界に転生するんだけどね。実はそこ、あと一年で滅びる予定なんだ」

「なんでそんなことになってんのその世界? じゃあ俺あと一年で死ぬじゃねーか、生きる希望も何もねぇな」

「まあ待とう早とちりはいけないよ、君がその崩壊を止めるんだから。一年で死ぬかも君次第だから」

「は?」


 なにその救世主みたいな転生。流石に俺が世界を救えるとは思えないんだけど。


「そこは科学じゃなく魔法が発展している世界でね。人間と魔族が戦争しているんだ。それで今から一年後に魔族の王……魔王が破壊魔法で世界を滅ぼしちゃうんだけど、わたくしの管轄内でそんなのやられても困るんだよね、だから止めて欲しくて君にお願いするんだよ」

「それ俺である意味なくね?」


 百歩譲ってお願いされるのは良しとしよう。もっと良い人材は他にいなかったのだろうか。


「いや君が適任だよ。実はその世界の住人は皆――魔法に頼りすぎて、ひ弱でね。肉弾戦とか出来ないんだよ。剣と魔法の世界じゃなくて魔法オンリーの世界だからさ」

「――ほう、その話詳しく聞かせて貰おうか」


 俺は、その言葉が気に掛かってしまった。


 ああ、魔法を使うのは確かにロマンだ。

 だから魔法ばかりに意識を傾け過ぎてしまう住人の気持ちは凄い分かる……だがしかぁあああし! それは肉体を疎かにしていい理由にはならない!


 かつては俺もそうだった。ゲームという魔法に取り憑かれ、肉体を犠牲にする毎日……楽しかったさ。それでも当時の俺は満足だった。だが、それじゃ駄目だ。人生の半分は損している!


「おや食い付いてきたね。そう、君はよくゲームするんだろう? RPGとかもやっていると思う。つまりそのようなゲームは通常、戦士、魔法使い、格闘家、弓使いなどで構成するはずのパーティなのに、この世界の住人は魔法使い魔法使い魔法使い魔法使いでパーティを組むんだ」

「なんてバランスの悪い!」

「――そこで。君のその肉体を、この世界に貸してくれないだろうか?」


 既に俺の中で答えは決まっていた。


「ああ、死んでんのに生きる希望が見えてきたぜ。俺、魔法オンリーの世界を剣と魔法の世界にするよ!」

「あ、そうじゃない、いやいやなんでそこで方向性違えちゃうのかなぁ? 違うよ、そうじゃない。魔王を倒してくれないだろうか?」


 ああ、なんだそんなことか。

 俺は神と名乗るオッサンへ笑い掛け、宣言した。


「オッサンが魔王ぶっ倒してこの世界に格闘技を普及させたいって言うなら――俺はやるぜ!」

「あー、うん、そうだね。魔王倒してくれるなら何でもいいかな」


 オッサン神は半ば諦めたように頷いた。


「そのオッサン神ってのは心外だから止めて欲しい」

「オッサン」

「……うん。じゃあ転生させるから、目を瞑って」


 俺は言われた通りに目蓋を閉じた。暗く閉じられたその世界――暗闇の中心部が、一瞬光る。


「じゃあ最後に神らしいことを言って送り出すよ。松山千春、死する君に二度(ふたたび)命を与えよう。さあ移ろえ魂よ、異の世界で生を全うするのだ――」


 目を閉じたはずなのに、視界が光に包まれてゆく。意識が遠退いてゆく中、俺は強く拳を握り締めていた――。

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