クズ共と魔王軍

1.果たしてお前らが弱過ぎるのか俺が強過ぎるのか

 次に目を開けると、そこは大草原だった。

 大の字で寝ていた俺は身を起こす。


「くそう、雷魔法しか使えない雑魚の分際で私の獲物を取るんじゃないわよ!」

「てめぇこそ召喚術しか扱えない癖に何息巻いてやがる? 俺に任せて下がってろよ!」


 眼前で男と女が喧嘩していた。


 なんで起きて早々トラブルに巻き込まれてんだ、俺。

 っていうかオッサンの言う通りだなー。女の身体が細身なのは良いとしても、男はガリガリだな。ローブの上からでもその貧相な肉体が分かる。


 とりあえず仲裁にでも入るか。

 と、立ち上がると。


「――あっ! 獲物が起きてしまったわ! なんたる不幸、あんたのせいよ雑魚!」

「てめぇが譲らねぇからいけないんだろ!」


 ……あれ、俺が獲物なの?

 危惧を抱き、それから自分の身体を確認する。


 うむ、学生服だ。手足も付いていて肌もちゃんと肌色してる。立派な人間だ。よかった、てっきり獣か何かに転生しちゃったのかと思ったけどひとまず安心。

 じゃあ安心できないのはこいつらだ。


「あの、すいません。俺獲物じゃないです」

「獲物がなんか叫んでるわ!」

「言語を解するモンスターだと!? こんなものを見るのは初めてだ……」


 いや初めてじゃないだろ俺モンスターでもないよ。お前と同じ姿した人間じゃん、何言ってんのコイツら。

 殴るよ。


「俺モンスターじゃないです。人間です。とりあえずここがどこだか教えてくれませんかね」

「くっ……笑わせてくれやがるぜ。モンスターじゃないだなんて誰が信じるかボケ!」

「そうよそうよ、どこにそんな格好した人間がいるわけ? 人間に成り済ますにしてももう少し溶け込もうとしなさいよ! いいわ私が成敗してあげるわ!」


 あ、こいつら人の話聞かないタイプだ。

 言葉は通じてるみたいだけど。


「ノー、アイアムニンゲンー、ユードントアタックプリーズオーケー?」

「はっ、あんたは私がこいつを仕留めるのをただただ見ていなさい! 神よ、大地よ私に力を与え給え――」


 半ば諦めた口調で適当に喋ると、女は意気揚々と左に持った本を広げた。

 そこから眩い光が発生している。ほう、これが魔法か。

 じゃあこれが詠唱魔法なのだろう。


 なら詠唱させるわけにはいかないな。


 こんなのでも女だ。人の話聞かない腹立たしい奴だけど女だ。殴るのは忍びないが、しかたない。これも自衛の為だ。


「させるかよ」


 言って、俺はボクシングの構えを取る。左脚を前に出し、右を軸足に。


「――!? な、なんか構えを取ったわ! こいつ一体どんな魔法を放つ気なの、こんなの見たことないわ!」

「くっ……どんな魔法を撃ってくるか分からん、気を付けろ!」


 しかし女の詠唱は勝手に止まってしまった。

 俺は自分の構えを見て首を傾げ、状況を整理する。


 ああ。なるほど。つまり。

 ここは魔法オンリーの世界だ、つまり格闘技の構えはおろか、拳での戦いなんて存在しない。ならばこれが魔法を放つ構えだと勘違いしているのだろう。

 アホだ。


「……詠唱が始まらないわ」

「いや待て、これがこいつの詠唱なんじゃないのか……? しかし音声言語を用いない詠唱なんて聞いたことがないぞ。言語を発することができなければ魔力に性質も形状も持たせられない。仮に魔法陣を描く魔術師タイプだとしても肝心の魔法陣が見当たらない……」


 ……。


「ふ、ふん! でも魔力の反応が感じられない。きっと私を騙すためのはったりね、何も臆することはなかったのよ……はっ、そんな手に引っ掛からないんだから! 神よ、大地よ私に――」


 あ、また詠唱始めた。

 この世界は魔法しか戦う手段がない。であれば魔法自体は強力なはず。女を殴るのには抵抗はあるが、仕方ない。


 割と力を抜いて放ったジャブが女の鳩尾を叩く。

 それは怪我しないように軽めに叩いたはずだった。


「力を与えたまぐぼっ!」


 しかし俺の拳は女の詠唱を止めるどころか肉体をも弾き飛ばしてしまった。

 どん、と一メートルほど吹っ飛んだ女は草原に仰向けで倒れ、激しく咳き込み驚愕の面持ちで俺を睨み付ける。

 なんだこいつら――弱い、弱すぎる。いや弱いとかそういう次元じゃない、ジャブで一メートル飛ばされるとか人間としてありえんだろ。


「こ、こいつ……上位召喚術士である“暴虐のレティシア”をいとも容易く……っ? 何をしたか分からんが強い――? ここは俺の雷で」

「お前は男だし歯食い縛れ」


 右ストレートが男の顔面を抉った。やはりそれなりに手加減はしてやったのだが――。

 男は俺の拳に頭部を弾き飛ばされ、衝撃で十回転くらいしながら後方に吹き飛んでいった。


 え、なにこれ。手加減した右ストレートで十メートル以上吹っ飛ぶってこの世界の物理法則どうしたの。

 普通そんなに飛ばない。


「ハァ、なっ……あの……ハァ、強くて有名な“雷鳴のフェルナンデス”が一撃で――どんな魔法を使ったの……全然見えなかったわ……くそ、なんでよ、次元が違い過ぎるじゃない」


 俺が口をぽかんと開けていると、女は胸元を押さえて必死の形相で立ち上がった。お前らお互いに罵倒し合ってた癖になんでここで認め合ってんの。

 てか“暴虐のレティシア”とか“雷鳴のフェルナンデス”って何、ひょっとしてお前らこんな名前で呼ばれてんのか……嘘だろ……。頑張っても紙くず一号と二号だろ。


 まあいいや。この絶対的有利な状況を利用しない手はない。

 レティシアと呼ばれる女のローブのフードを掴まえ、空いた右手でパーの形を作った。それをレティシアに見せ付ける。


「……質問に答えて貰おうか。あのフェルナンデスとかいう雑魚みたいにくたばりたくなきゃあな」

「わ、私は絶対に屈しない――!」

「オラ」

「いだぁっ! ごめんなさいっ! いだだあぁ、いだい、ああああ、言います、答えます、なんでもしますからああああああ……うえっ……ひぐ……ひっ……」


 後頭部をぺしぺし叩くと、何故かレティシアがその衝撃で草原の地に顔を突っ込み、べちっと音がしては顔を上げるのでまた叩く。でもフードを掴んでるから俺の呪縛からは解放されない。

 反応が面白過ぎたのでやりすぎると、レティシアはとうとう泣き出してしまった。


「私は絶対に屈しないって言ってたよね?」

「……ひいっ……や、ぁ……たす、け」

「屈しないんだよね? 返事が無いならもう一回叩くよ」

「屈し……ます……答え……ます」

「聞こえないなぁ、もっとはっきり言われねぇとわかんないんだけど」

「ごめん、なさい、何でも、何でも言います、ひぐっ……だから、もう叩かないで下さい……」


 そこまで言われちゃしょうがない。


 俺はレティシアのフードから手を離してやる。するとぷるぷると身を震わせたレティシアは怯えきった瞳を俺に向ける。泣きすぎて腫らした目が、どこか哀愁を帯びていた。

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