2.チハル様どこまでも付いていきます! と言ったレティシアの言葉を俺は決して忘れない
俺は今、レティシアの案内で近くの町までの道を案内されていた。人間だと誤解を解いた後に名前を聞かれたので教えてやったら「チハル様と言うのですね! チハル様どこまでも付いていきます! チハル様!」とか言ってたけど何その豹変振り。最初のキャラと全然違うんだけど、気にしない方がいいのかな。
ちなみにフェルナンデスの野郎は気絶したままだったから俺が担いでいる。ひょろいし軽いので全く苦にならないが、邪魔だから早く起きて欲しいな。
「なあ」
「……ひゃっひゃい! なんでしょう!?」
俺の一歩前を歩いていた彼女は両肩をびくりと震わせてからこちらを向いた。
お前ちょっとビビり過ぎだよ。
「この世界のことは大方聞いた。記憶がない俺にもよぉく理解出来たよ」
必要以上にボコボコにしてしまったのが原因か、レティシアは俺が何を質問しても真摯に答えてくれた。
勿論記憶喪失なわけがないが、その方が都合が良いからそうした。もしかしたら打ち明ける日も来るかもしれないが、わざわざ本当のことばかり言う必要はない。
分かったのはこいつらが今から向かう町で最強クラスの魔法使いだということや、魔王率いるモンスターと戦争をしていることや、その魔王が無敵で有名なこととかだ。
んで、明日にはこの町に魔王軍が襲いに来るらしい。ぶっちゃけ絶望的だ。なんでこいつらが外でほっつき歩いていたのか分からないくらい絶望に満ちている。
「んでさ、お前本当に強いの?」
「滅相も無い! 確かに町では最強の私ですけど、チハル様には到底敵いません! 私などゴミ以下の存在です!」
「そうか」
残念ながら嘘は吐いていないみたいだった。
そして物凄い高飛車だったはずのレティシアは、今や自分を卑下しまくるマシーンと化している。俺が頭殴り過ぎておかしくなったんじゃないだろうな。
うーん、どうしようか……魔王軍は返り討ちにしてぇけど、こいつら使えなさそうだからなぁ……。
「で、魔王軍には勝つ見込みあんの?」
「い、いいえ……今回ばかりは相手が悪いです。何故なら進軍してくる魔王軍に四天王の一人、マジリカがいるのです」
「マジリカ?」
「マジリカは魔王軍きっての魔法使いです。先月は帝都グランシャライアがマジリカ一人の手で落とされてしまいましたから……」
「マジか」
帝都グランなんとかがどれほどの規模かは知らんけど、たった一人で帝都を落とす実力を有しているそうだ。どこぞの馬の骨しか生息していないド田舎の町なんかひとたまりもないのは明白だった。
「それで私達逃げようと思って」
「お前最低だな!?」
こいつらがあんな草原に居たのは町から逃走するためってか。ゴミだ。仮にも最強の魔法使いがこの体たらくとは。
この世界は肉体だけじゃなく精神も軟弱なのか?
「大丈夫です、ちゃんとチハル様を町までお送りしてから逃げますから」
「そういう問題じゃねぇ!」
こいつ駄目だ。
そう思った時、フェルナンデスが気絶から回復した。
「……はっ、ここはどこだ! 俺は一体……」
「やっと起きたか、さっさと自分の足で歩け」
「……へ?」
「何寝惚けてんだ、手離してやったんだから早く俺の肩から降りて自分の足で地面に立て、そんで歩け」
「……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ悪魔だ助けてくれ、誰かっ誰かぁぁああああああ」
発狂したフェルナンデスが俺の肩から滑り落ちて地面に激突した。
会心の一撃! フェルナンデスはせんとうふのうになった!
……。
「え、マジで気絶してんじゃん」
雑魚の顔をこっちに向けると、フェルナンデスは白目を剥いて泡をぶくぶく吹かせていた。
「あはははは“雷鳴のフェルナンデス”ともあろう者が自滅……ダサいっ! ダサすぎるわ! あんたにはモンスターの餌がお似合いね、そこで一生くたばってなさ……あ、いえ、違うんですチハル様……今のはなんでもありません……いえ……ご無礼をお許し下さい……」
口調が元通りになったレティシアを凝視すると、彼女は顔を青ざめて必死に言葉を取り繕った。
なんだこいつら、面白れぇ。
そんなこんなで、町に辿り着いた。
町の名はグレゴリアという。RPGで言えばはじまりの町の次の町くらい何もないところで、のどかなところだった。
俺は道ですれ違う町人を観察しつつ、魔法の存在が如何に害悪かを深く脳味噌に焼き付けていった。
「なんでデブかガリしかいねぇんだよおぉぉぉ!!!!!!!!」
何故頼りになりそうな奴が一人もいないんだ! 町の衛兵も皆ローブばっか着て汚い杖とか手に持ってやがるし、冒険者ギルドとかいうところに行っても誰一人として剣を持ってる奴がいないし、武器屋に行ったらよく分からん杖ばっか売ってるし。
「何が武器だ、ステッキ専門店に名前変更しやがれ! 紛らわしいんだよ!!!」
俺の激昂は留まるところを知らなかった。道行く先でツッコミを連発し、その度にレティシアが「申し訳ございませんチハル様! 全ては私の至らぬせい! お許し下さい!」と自分を卑下し、フェルナンデスは相変わらず俺に担がれ、町人は邪神を目にしたかのような顔で俺を見てくる。
ああ。
俺は聖母のような眼差しでレティシアを見据え、彼女の肩にぽん、と手を置いた。
「こりゃ逃げたくなったお前の気持ちも分かるよ……」
「今ので一体何を判断したというの!? あっ……ご判断なされたというのでしょうか?」
一々言い直さんでいいわボケ!
ツッコミ過ぎて疲れた俺は、一旦深呼吸をした。そうだ。最初に神様は言っていたじゃないか……こいつらは魔法しか使えないと。そう、そうなんだ。これが当たり前なんだ。俺が異質なんだよ……。
「レティシア」
「はっ、はいなんで……しょうか……」
「とりあえず今日の疲れを癒したいからさ、宿屋連れてってくれよ」
聖母スマイルでそう言った。
「や、宿……屋ですか」
「ああ。お前に頼みたいことがあるんだ」
「え、えう……ひっひいぃ……神様、お助け下さい……分かりました、ご案内致しますぅぅ……ううっ」
なんでコイツ泣いてるんだろう。
そんなに明日の魔王軍戦から逃げたかったのか?
頬をぽりぽりと掻き、とぼとぼ歩くレティシアの後ろをついていく。
とりあえず明日に襲い来る魔王軍をどうにかするため、なんとか策を立てないとな……。
俺は色々と思案しながら、気絶したフェルナンデスを担ぎ直すのだった。
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