7.それでは皆々様、非日常へ(終)
「……ねぇ。もうちょっとお話しなくてよかったの?」
「それもそうだ。チハルさん、もう少しゆっくりしても良かったんじゃ?」
「あのくらいでいいんだよ。俺の話が出来た……こっちの事情も判明した、考え無しにしちゃ上々だろ」
帰りのことだ。二回目に乗るときにはすっかり耐性を覚えてしまったこいつらは電車を難なく乗り継ぎ、新幹線を目の前にしても奇妙な叫びを上げるでもなく席に着いていた。
現在レティシアは窓の外を眺めつつ離れゆく景色を見つめていて、フェルナンデスは椅子に深く座り込んで身体を休めている。
俺はといえば、脱力して何もない天井を眺めているばかりだ。
「それに、どうして俺達三人のことを知ってたのかは一応聞いた方が良かったのでは?」
「いや、あんま意味ねぇと思ってよ。どうせ神かなんかの介入だろ、だったらウチのお袋に聞いたって俺らが知ってること以上の何かなんか出てこねぇだろうよ」
第一俺だって神のことはよく知らないしな。やたら親切で気前がよかったりサービス精神旺盛なおっさんではあったが……神がどういう存在かだなんて、きっと聞いても教えてくれないだろうよ。
「ま、死んだら終わりだと思ってたら『神』なんてモンがいて、死後も世界は続いていく……それ分かっただけでも、安心するだろ」
「チハルがいいならそれでいいわよ。いいお母さんだったね、優しかった。あとどことなくチハルに似てた気がする」
どこがどう似ていたんだか。
高速で移り変わってゆく景色へ俺も目を向けると、背もたれから軽く背を起こした。
差し当たっての問題について、話をしなければな。
「――ちなみにまだ帰れそうにないな。なんとなく、目的は達成したと思ったんだが」
「うーん、まだ何かあるとか?」
「流石に未練は残ってねぇな。まぁ俺の未練が云々っても、想定なだけだからな」
「その言い方だと……チハルさんがやりたいことはあるのか?」
「そうだなぁ。別に大したことじゃねぇんだが、さっきふと思ってよ」
俺はお守りを二人に見えるようにかざす。
「俺からもお前らになんか贈ってやるよ。一応考えてはいたんだ」
「……チハル様が、私に? 嘘……筋トレ以外でお願いします」
「その通りにしてやろうか?」
「ひぃごめんなさい気の迷いですので、あ、いやもう全部嘘です時間を巻き戻させてください」
そこまで嫌がるかコイツ。
というか筋トレがプレゼントなわけないだろ、俺だってせめて形になるものくらい渡すつもりだ。
俺は時計を見る。時刻は……午後七時か。駅に到着となると、大体午後十時を回るだろう。となると空いてる店はそう多くないが……まぁ、思い立ったが吉日ってやつだな。
その後はとりとめのない会話を続けていた。相変わらず今後の原因究明については捗ってはいないらしいが、その辺については二人ともこれといった心配はしていないらしい。
かくいう俺も似たようなものだった。
今回の転移が何に起因するものなのか――今更考える必要もあるまい。
俺を含めた全員は何を察知してか、眠ることをしなかったのだから。恐らく、直感で分かってはいたのだろう。
俺達は眠りを通してこちらへ来た――ならば帰る方法は自ずと導き出され、納得も行く。
最寄り駅に到着した俺達一行はまず大型ショッピングモールへと向かった。昨日ここを立ち寄っていた俺達、しかも長い間の物色を経たおかげで二人とも道に迷って居なくなるだなんてことはなさそうだった。
「俺がする必要もねぇだろ? 各自行きたいとこはあるだろうし、適当に見回っていいぞ。ただし外には出ないようにな、集合時間はあそこの時計台が11を指す頃合いだ。この広場に集合ってことで」
「はーい! でもいいの? こんなことしちゃって」
「おお……マップは確かあの壁に貼り付けられていたな……11を指す頃にここでいいんだな? チハルさん」
「おーう。お前らの世界戻っても、少なくともお前らの世代じゃこんな光景一生お目にかかれない場所だからな。それだけ発展してる文化だ、楽しんでこい。あ、ちょくちょく時計見ろよ」
残念なことに二人に小遣いをやるだけの金銭は余っていないが、二人ならば見て回るだけでも十分楽しめるだろう。それに金なんか渡したら買う物悩みすぎて閉店してもなお張り付いてそうだしな。
「さて……」
それぞれ違う方へ足を進めるレティシアとフェルナンデスを見送りがてら、俺は財布を取り出す。それと昨日の内にこっそり取っておいたメモを開いた。
一つは装飾品店。
もう一つはグッズ店。
それぞれ閉店時間に近いが、まだ営業しているみたいだ。
「金は足りそうだな」
さっさと用事を済ませるとしよう。
「あー楽しかったわ! でも流石に疲れたかも」
「右に同じだ……流石に眠気が限界だ」
「最後の晩餐支度だー、キッチンにこい」
「嫌な表現ねぇ……」
十二時が回り、俺達は俺の家へと帰宅していた。
買い物袋の中身をキッチンに広げる俺の両隣に集まって、二人はごろごろと転がっている材料を目に首を傾げている。
少量の豚肉に野菜など、一度に使い切る分だけの量を帰りに業務用スーパーで買ってきたものだ。
「へぇー、美味しそうね。宿屋で扱う食材ぐらいに上等かも。で、これで何を作るの?」
「カレーだ」
「かれー……? 珍妙な臭いがする……ピザや寿司のような特殊な料理だったりするのか」
「ああ、珍妙ではあるかもな。まあ誰でも作れる、指示するからそう深く考えなくていい」
米食も向こうではメインじゃないし、カレーは聞いたこともないな。というか俺も固形ルーは買ってきたが、これがないとカレーなんて作れないしな。ま、いいか。
「――とまあ、そんな感じで頼む」
「ふぅん、ざっくり纏めると一口大くらいに切って煮込むだけなのね。簡単じゃない」
「流石メイドだ、料理は任せるぞ」
「ちなみに俺は料理できないが……?」
「あぁ? 気合で手伝え」
「……が、頑張ろう」
「米は炊いとく、炊飯器は使い方分からんだろうしな。まぁ食材切ったら置いといてくれ、火もつけかた分からんだろうしな」
機械系統は流石に任せられないからな。包丁は形が違う程度だが、こいつらにガスコンロの使い方を教えたら次の日には家が全焼してもおかしくはない。
「チハルはどうするの?」
「ん? ああ俺か――ちょっと、親父に遺書でもな」
米を洗いながら俺は答える。
書くことはそう大したことではないが、まぁ折角なので一応――見つけるなら見つけるで読んでおけ、程度の内容だ。
特筆することもなかった。
さて。
その後の話はほぼほぼ割愛でいいだろう。
遺書を書き終えて適当な引き出しの奥に入れた俺は、その後の料理を手伝い、仕上がったカレーで晩餐を共にし、二人の食レポと驚きを生暖かい目で見守ってから食後の後片付けを全員で行った。
その次は掃除だ。なるべく元の状態に戻すように家中を綺麗に整えて、ゴミは纏めて外に出す。ゴミ出しの時間じゃないが――そこはもう、しょうがないとしか言えないだろう。
ただし母親の日記帳だけは敢えて俺の部屋の机に置きっぱなしにしておくことにした。まぁなんてことはない。これといった意味もないが、ただなんとなくだ。
「さ、寝るぞ」
大分時間も経ってしまって、もう深夜の二時になってしまった。徹夜をした挙句にまる一日動き続けてこの時間じゃ流石に俺も眠い。それは当然二人も同じで、寝室に選んだ俺の部屋で目をうとうとさせていた。
「――と言いたいが、その前にお前らに渡したいものがある。」
「……ぇ?」
ベッドの上、目をごしごしと擦って俺へ首を傾けるレティシア。
「ふぁあ……渡したい、物?」
盛大な欠伸から一転、眠そうに聞き返すフェルナンデス。
いつ渡そうとか思っていたらもうこんな時間だ。タイミングもへったくれもないが、そこは許してくれ。俺にムードとかはないんでな。
「――この二日、ご苦労だった」
言って、プレゼントを各々に渡す。
レティシアには青い包装紙とリボンに包まれた小さな箱を、フェルナンデスには白い箱を。あ、悪いフェルナンデス、お前の方は品物の関係上プレゼント用包装とかなかったわ。
「開けてみろよ」
何故から驚いた様子で俺を数十秒見つめると、レティシアはすごいそわそわしながら包装を開けていく。
フェルナンデスは普通に開けた。
「こ、これ――」
「これは――」
そうして取り出したのは、白い翼をイメージした髪飾りだ。
もう一つはとあるアニメのキャラクターが持っていた剣をイメージしたアクセサリー。どちらにどちらを渡したかなんて、説明するまでもないだろう?
「……その、なんだ。お前、派手に動くと髪ちょっと邪魔だろ?」
「え……私に、くれるの? ほんとに?」
「見せびらかすつもりなら渡さねぇって」
「あ、ありがとう、大切にするわね……? えへ、えへへへ――やったぁ」
……お前はそうやって素直に喜んでると可愛いんだけどなぁ。ま、嬉しいなら良かったよ。
「こ、こいつは……実在したのか! 魔を打ち払う聖剣が!」
「――を模したレプリカな。割合ハマってたみたいだし、これぐらいしか思いつかなくてな」
「あ、ああ……ありがとうチハルさん! 早い内にこいつを使いこなさなければな……しかしどうやって元のサイズに戻すんだ?」
「いやレプリカだっつってんだろ。まいいや。雰囲気ぶち壊しで悪いが、持って帰れるかは分かんねぇぞ? 多分大丈夫だと思うが……」
向こうからこっちにやってきた時に身に付けていた衣服があるから、恐らくは持ち帰ることはできると思うが。
そのため俺らは元の服装に着替えを済ませていた。購入した服も綺麗に畳んで二人に持たせているが――これ持ち帰れなかったら、折角綺麗に掃除したのに俺に部屋にプレゼントと服だけ置きっぱなしになるんだよな。
……なんとかなるだろう。
「――レティシア、フェルナンデス。改めて言う。心のどっかでお前ら二人には、一度こっちを案内してやろうとか思ってたんだ。叶わないとは知りつつ、な」
「……そう、だったのか」
「だからな、お前らの結論は正しかったと思うよ。これで心残りはねぇし――多分眠ったら、元の世界に戻る。そんな気がしてる」
「……そうしたら、また別れになるのね」
「別にいつでも会えるさ。今度は向こうでしっかり再会しようぜ――って格好付けてはみたが。朝になっても俺の部屋だったら、その時また考えりゃいいだろ。俺はなんとか神様を呼び出してボコる方策を考える」
「それはちょっと……」
「じゃ、寝るか」
俺は返事を待たずに部屋の照明を落とす。窓から差し込む月光だけが、部屋を照らしている。
ほんのり涼し気な、夏の夜。今日は寝心地が良さそうだ――。
「……ったく。柄にもなく楽しかったぜ、お前ら」
そんな、捨て台詞を残して目を閉じる。
俺が眠りに落ちたのは、きっとすぐのことだろう。
◇
全てが寝静まった頃。暗がりの部屋を、もぞもぞと動く影があった。それはのそりとベッドから這い出てくると、布団を剥いで床へ手を伸ばす。
「もう……寝ちゃったわね? 寝たわね……? う、うん、寝てるわ、間違いない」
小さな声でそう言ったのは、それまで目を閉じていたレティシアだった。どことなく息を荒げた様子の彼女は挙動不審がちに辺りを何度も見回すと。
「……間抜け面」
仰向けで眠るチハルを起こさないように、その上を陣取った。すぅー、と小さな寝息が聞こえてくるような至近距離。そこで数秒睨むように見つめて。
深呼吸一つ、彼女は目を閉じる。
「全然気付いてくれないチハルが、悪いんだからね――」
そのまま、唇を近づけて――ゆっくりと、頭を下げて。
「……っ」
――ごつん。
何やら硬い衝撃が、額に当たった。
何かがおかしい。この軌道だったら少し動いただけでくっつくはずだったのに――まさか、気付かれたのでは。と。
こっそりと、ゆっくりと、レティシアは恐る恐る目を開ける。
「……あれ?」
そこには何もいなかった。チハルの姿はどこにもなく、恥ずかしい姿で床とキスをしているレティシアだけが残されていた。
隣で寝ているフェルナンデスの姿も既になかった。
「……へ? ……なぁっ……なああああああんでよおおおおおおおおおおおおおお!」
◇
目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
古ぼけた木の匂い。冷たい空気を肺にたっぷりと吸い込んで、俺は起き上がる。
「……戻ってきたか」
なんてことはない。ただの一夜の夢だったらしい。
俺は大きな欠伸を一つして、背筋と腕を伸ばす。いい朝だ。ついでに寝覚めもいい。
まだ日も昇りきっていないが、雲ひとつない晴天である。今日は天気がいいな。こんな日にはひとっ走りランニングでもすると程よく気持ちがよさそうだ
「しかし、夢にしては現実味が凄かったが……」
まさかあいつら二人と俺の昔生きてた世界で生活するなんてな。夢ってのはすぐ忘れるようなもんだが、どうにも今回はやけに記憶がはっきりとしている。
ふと、そこで俺は何気なく懐に手を突っ込んだ。
「――おいおい、マジかよ」
そこには何やら固い感触があって、掴み取って目の前に出してみれば、『交通安全』と書かれた刺繍が陽光に照らされて輝いている。それは間違いなく、夢の中で母親に握らされた物だ。というか何をどう間違ったところでこの世界でお守りなんざ手に入らない。
「つうことはあれか。あいつらも、俺のプレゼント――持ってんのか……ったく」
粋な計らいしやがって。だったら顔見せろってんだよ。
どうせお前以外にそんなことできるやついないだろ?
なぁ、おっさん。
――確かにアレは、夢ではなかったのだ。
それは夢のような時間をもたらした、神が気を利かせた小粋な悪戯に贈り物。
俺はベッドを抜け出る。
そうして軽く吹き出すように笑って、お守りを懐へ入れ直すのだった。
「さてと――おいマジリカ、起きろ。出掛けんぞ」
ボクシング部員が異世界転生 後日談
~現代世界へ迷い込んだバカ二人~
おしまい。
ボクシング部員が異世界転生 〜なんだコイツら鍛え足りないんじゃないか? 俺が鍛え直してやる〜 くるい @kry
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