5.お前ら筋肉痛、あとビビり達、俺一人、イエァ
早朝。
酷い筋肉痛に襲われたレティシアとフェルナンデスの二人は、ベッドから動けずにいた。俺がフェルナンデスを引き摺り出そうと腕を引っ張った瞬間「いだいいだいいだい腕が弾け飛ぶやめでくれえええ」と言って再びベッドに潜り込んでしまい、レティシアに至っては絶望した顔で「いたいよ……いたいよ……」とうわ言のように呟いている。
「……お前らなんで十回もしてないのに筋肉痛になるんだよ」
筋肉痛に喘ぐこいつらを見下ろした俺は、静かに額に右手を当てて溜め息を吐いた。この分だと筋トレは昨日やるべきじゃなかったかもしれないな……まあ、今となっては遅い。
どのみちこの筋肉痛ではしばらく動けないだろう。魔王軍はまだ姿を現していないようだし、少しは休ませてやろうか。
「俺は出掛けてくる、お前らは今のうちにしっかり身体休めとけ」
その筋肉痛じゃ逃げようにも逃げられまい。
俺は衛兵達に作戦の話を伝えるため、部屋を後にした。
衛兵の詰め所に行くと、色んな色のローブを着た気持ち悪い連中がいた。イメージとしては某魔法使いがいっぱい出てくるあの作品の学校だろうか。非常に多種多様のローブを着た奴らが恥ずかしげもなくうようよしている。
きっと防具屋はローブしか置いていないのだろう、嘆かわしい。
「あのーすみません」
「む、お前はあの時の……」
中でも一番近い衛兵に話し掛けると、そいつは顔を強張らせて俺の方を見る。
あれ、俺なんかしたっけ? 何もしてないはずなんだが――。
「――あのレティシアとフェルナンデスをいいように使っていた奴ではないか! おお怖い本日は何用かな、我々は奴らのような有望魔法使いではない故に使い物にはなりませんぞ……おお怖い」
「殴られてぇのかお前ら……まあいいや、今日魔王軍が攻めて来るんだろ? だから俺達も防衛に参加しようと」
「なんですと! 今なんと仰られました!? 魔王軍とな、そんなの全く聞いていない! おお神よなんということだ。とうとう我らの町にも魔王軍の手が伸びて……おしまいだぁこの町も滅びるんだ……」
「えっ」
俺は一旦脳内を整理することに。
ん? つまりは魔王軍がこの町に攻めてくることすら知らされずに今日まで呑気に過ごしていたってことなの? どんだけ危機感とかないのお前ら冗談だろ。
「じゃあその魔王軍の中に四天王マジリカってのがいるのも知らないよな、勿論……」
「なんですとぉ! あの帝都グランシャライアをたった一撃の魔法で陥落させてしまったという恐怖の魔法使いと言われたか言われてなかったかというマジリカが、この地に! ……そ、そんなことが……そんな絶望があるというのか……我々じゃ太刀打ちできない……くっ、皆の者聞いたか! この町は今日で終わる――」
「待て待て待て待て、なんでアンタらそんな情報も手に入れてないんだよ、仮にも衛兵だろ? 敵の動きくらい把握しと……待った」
この情報はレティシアからのものだ。あいつはアホだ。だからこの情報が早とちりだった可能性さえある。衛兵が一人も知らなかったんだ、その確率は十分に有り得る。
「……衛兵の皆さん! 取り乱すのは早い、少しここで待っていてください。俺が真意を探ってきますから」
もし魔王軍の進軍自体が嘘だった場合、レティシアはお仕置きだ。
俺はそれだけ衛兵達に伝えると、直ぐに踵を返して宿へ帰った――。
部屋に戻ると、相変わらず死んでいる二人がいた。
しかしそんなものは関係ない。俺は真っ先にぐったりしているレティシアの両肩をむんずと掴み、揺さぶって起こす。
「あぁ……いだいですぅ……いだたた……ひゃうっそこはぁ……!」
「おいレティシア、魔王軍は今日本当に来るんだよな?」
「来るから逃げよう……あひゃあっ! はなして、ください! 痛い、ですよぅ……」
俺が手を離すと、レティシアは涙目で俺に睨みつけてきた。乱れた髪の毛が顔に張り付き、荒い息遣いで「ちょっと、痛いんだから触らないでよ!」とか叫んでる。
「もう一度聞くぞ、魔王軍は本当に来るのか? 衛兵が一人もこの情報を手に入れていなかったんだぞ、この情報は本当なのか?」
「ほ、本当に決まってるじゃない……え? 本当よね。うん本当よ」
「おいその自信のない台詞はなんだ、じゃあ聞くけどその情報はどっから手に入れたんだ? なんで魔王軍が来るって分かったんだよ」
「え、いや、だって帝都グランシャライアが落ちた後、魔王軍はこっち方面に向かってきてるって……」
「ほう、それで?」
俺は眉をひそめた。そうか、こっちに来ているのは分かった。で。
「じゃあ帝都グランシャライアとグレゴリアの間には何もないのか? 例えば大きい町があったりだよ」
「え、公都レーデルハイルがあって、その先には王都ヴェルダンが――」
俺はレティシアの両腕を思い切り揉んだ。
「間違いなくこんな寂れた町狙って来てねーだろうが! ドアホ!」
「あひゃぁっ! だって、だって、こっち向かって来てるのはほんと……んんっやめてぇ」
「あぁ、じゃあ何か? 速攻で公都がぶっ潰されてついでに王都もぶっ潰されて何の情報もないままこっちに魔王軍が向かってるから怖いです逃げるんですうって尻尾巻いて逃げようとしてたってことなのかお前らぁぁ!」
そこまで捲し立てて一旦言葉を止めると、レティシアは今にも泣き出しそうに小さく呟いた。
「だって……もしものことがあったら……怖いじゃない?」
「この臆病者が!」
「あ、あひぃ! そこはだめっだめだから、ああぁ……」
俺はぐったりしたレティシアをベッドに突き飛ばし、一人溜め息を吐いた。
なんだ。ってことは魔王軍が来てる云々はデマではないにしろまだ先の話だってことだ。ここに来る前になんかでかい都市が二つも構えている。
とりあえずの安全を衛兵に伝えようと、俺は筋肉痛で動かない生ゴミ共を放って宿を飛び出した。
しかしそのマジリカ率いる魔王軍が次々に都を襲っているのは事実だ。神の予言だと魔王が世界を滅ぼすのは一年後。
結構相手も本気を出しているのかもしれない。ならば都の方に俺も旅立った方が――。
その時だった。
巨大な火球が空から降ってきて、視界の奥にある冒険者ギルドが爆砕したのは。強烈な爆発音が周囲に響き渡り、ローブを着てロッドを構えた貧弱魔法使い共が慌てて飛び出してくる。彼らは次々に何だ何事だと口にしていて。
俺は火球が飛んできた方向を見て、まさかと目を見開いた。
まさかそんな、あの嘘吐きレティシアの言ったことが、本当に……?
視界の奥に微かに見えるのは、魔王軍らしき禍々しい軍勢。中央で一際でかい怪物が何度も何度も火球を飛ばし、こちらへ降ってくる。それらは民家を焼き、畑を焼き――。考えている場合じゃねぇ!
俺は大声を張り上げた。
「お前ら、おい魔法使いお前らだよ何真っ先に逃げてやがる! 町民をどこか安全な場所に避難させろ、手の空いた奴らは衛兵に伝えて援軍に寄越してくれ! 俺は先にあいつらを止めてくる!」
そうとだけ伝え、俺は魔王軍の方へ走り出した。
衛兵、ギルドの魔法使い、あと使えないけど筋肉痛の雑魚二人もこの騒ぎに気付くはずだ。ぱっと見魔王軍の数もそんなに多くない。
こっちの力を集結すれば魔王軍も追い返せるはずだ。俺は身に迫る危機に心臓をばくばくさせながら、恐怖を押さえ付けて地を駆け抜けた。
草原に出ると、もう魔王軍がそこまで来ていた。
魔王軍の連中は俺を見るなり動きを止め、その真ん中先頭にいるボスらしき奴が俺を見据える。
「ほう……我に立ち向かう者がいるとは、面白いやつぞ」
四対八枚の紫色の翼を広げたそいつ。それ以外は人間のような容姿をしているが、その肌も翼と同じ紫色をしていて非常に気持ち悪い。
「お前がマジリカか」
「如何にも……貴様らが誇る魔術の都、公都レーデルハイルはここで陥落する――泣き叫び、許しを請うても最早遅いぞ!」
マジリカはその四対の翼を大きく広げ、更に広げた両手の上に巨大な火球を作り出した。
「さあくたばれ虫けら共! 公都レーデルハイルは我が貰った!」
「ちょっと待て」
何かおかしいぞ。俺は頬を掻き、頭の中で整理をつける。そしてとある間違いに気付いた俺は、マジリカを指差した。
「今言った言葉、もう一回言ってくれない?」
「ほう、怖気づいて我の言葉も聞こえないか。いいだろうもう一度言ってやろうではないか……さあくたばれ虫けら共! 公都レーデルハイルは我が貰った!」
「ダウト」
俺は苦笑した。
「お前マジリカって言ったよな……ここ、公都レーデルハイルとかじゃなくて、グレゴリアっていう町なんだけど……気付いてる?」
ぴきり、と。
世界が凍りついた。マジリカはぽかんとして静止し、両手に掲げた灼熱の火球がふっと消滅する。
そして、おもむろに懐から地図を取り出して、隣にいた馬面のモンスターと会話を始めた。
「……あっれぇおかしくね? だって我、地図通りに来たじゃん、こここうして来たんだからここ公都でよくね?」
「だから言ったじゃないですかマジリカ様! ここでこの道行ったら間違いなく道外れるって、だから予定外のルートだったんですよ」
「えー本当、あっちゃあー道理でなんか景色違うなーとか思ってたんだけどさ、まじか……いやぁ予定外だわぁ、まあ仕方ないよね、うんうん」
そこまで会話して、マジリカは俺の方を向いた。
「さあくたばれ虫けら共! この町グレゴリアは我が貰ったぁぁぁあ!」
「待て待て待て待て何なかったことにしてんだお前ら! この方向音痴が!」
「黙れぇ虫けら! 覚悟しろ、このマジリカ様は最初からグレゴリアを占拠するつもりで動いていたのだ。マジリカ様、こんな虫けら町さっさと潰してしまいましょう!」
「ああ、こんな下らない町早々に潰してやろうぞ!」
……畜生! まさかマジリカが極度の方向音痴で公都と王都をすっ飛ばしてこんな寂れた町に来てしまうだなんて!
あのレティシアのもしもが本当になるとは……魔王軍ってのはこんな適当な奴らばっかなのか? しかし時間稼ぎも済んだ。火球も止んでいる今、あいつらも来てるはず――。
「はっ、マジリカ……だったらこっちも抵抗させて貰う、そろそろこの町の衛兵とかギルドの魔法使いも駆けつけてるはずだ! 行くぞお前……ら」
後ろを振り向くと、誰も来ていなかった。がらんと寂しげな背景バックに俺一人。びゅうと冷たい風が俺の髪を嘲笑うかのように撫でていく。
「はっはっは! 気付いていなかったのか! 貴様以外の虫けらは全員町の奥の方へ逃げていったぞ! はっはっは! 時間稼ぎでもして援軍でも待っていたのか! だが貴様一人だけだ! はっはっは!」
……え? マジで? だって俺言ったじゃん、衛兵とかに声掛けして連れて来いってさ。
なんなの? いやマジでなんなの? お前らマジで町守る気あんの? なんのために魔法使いになったのお前ら……。
「何笑ってんだてめぇ、いいだろう俺一人で相手してやるよ! クソが! かかってこいやああ!? シャアコラ! イエァ! オラどうしたこっちは一人だぞああ?」
もう知らない! 緊急事態に駆け付けてこない衛兵とか魔法使いとか知らない! 俺一人でやるもん! こいつら殺す! 絶対殺す! 殺す! 間違いなく殺す!
あとレティシアとフェルナンデスお前らも絶対殺す!
うわああああああああああああああああああああ!
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