6.どっちが悪者なんですか?(迫真)
……さて。非常にまずい状態になった。
俺はこの状況をとても冷静に分析していた。もう寒気がするぐらい俺の肌は冷や汗をかいてしまっているのだ。冷蔵庫顔負けだ。ふざけんなあいつら死ね。
地獄に堕ちるだけじゃ飽きたらずその罪が消えるまで赤くて禍々しい鬼共に拷問されて肉体を再生させられてまた拷問される無限地獄を味わって浄化されちまえ。
……なんか頭に二本角生やした赤い顔の男がこっち見てるよ……アレ、君はあの地獄に生息してるという鬼かな? じゃあ狙う相手は俺じゃないね、俺の後ろの町あるでしょ? あれを狙うんだよ。おすすめはレティシアとフェルナンデス、奴らなら粋がいいよ、しかも今なら筋肉痛で動けないからお買い得! とっても拷問しやすいよ!
……こっち見てねぇで早く行けや!
「マジリカ様……やたらと好戦的なお猿さんのようですが、こいつからは全く魔力反応が感知できません」
「おや、そうだな。我もこの虫けらからは全く魔力反応を見ることができないな」
「もしや……近年稀に見る雑魚では?」
「くっくっく……どうやらそのようだ」
なんかマジリカと馬面がひそひそと人様の陰口を叩いている。
へぇお猿さんなんて煽りがこの世界にもあるんだなぁ奇遇だなぁ実は俺の世界にも全く同じ言葉があるんだよなぁクソが全部聞こえてんだよ天然記念物共が! いいだろうそうやって舐めて掛かるといい……檻にぶち込んで見せ物小屋にでも入って貰おうか。
「っはぁ! 貴様なんぞこのワシで十分じゃなぁ、この最近覚えた暗黒魔術で潰してくれようぞ!」
予想通り、ふっさふさの毛を生やした半獣人みたいのがしゃしゃり出てきた。なんか身体にミスマッチな爬虫類の皮膚らしき尻尾がうねうねしてるしどうせ下っ端のゴミだろう。
こうやって直ぐ調子に乗って飛び出して来る奴は大抵口先だけのクズだ。体長も俺と同じくらいだな、さっさとこっち来い殴り殺してやる……。
「さぁてこのワシが魔術を使っちゃおうかなぁ? ん? 貴様からは魔力が感じられんなぁ? んん? どうした魔法を放つ準備をした方が身の為じゃぞ? んんん?」
うぜぇ。方向音痴と馬面が先に言ってたことをさも自分の言葉のようにべらべらべらべらと。これだからゴミクズの相手をするのは疲れるなぁイライラするぜ。
俺はす、とボクシングの構えを取った。それを見るなりゴミ獣人は高笑いをする。
「はーはっはっはっはっは、なんだその格好は、一体どんな魔法を放つつもりなのかなぁ虫けらがぁ!」
「ああ、とびっきりの魔法をお見舞いしてやるよ。詠唱はこうだ、『お前うざいから殴り殺す』」
俺は流れるような足捌きでぬるりと半獣人の懐へ潜り込む。ああそういや俺、この世界に来てから一度も本気で拳を握ったことがなかったな、じゃあお前で試してやるよ。
ちなみにグローブ付けないで人殴ったら自分の拳が痛いんだが……まあ、こいつら相手なら大丈夫だろ。
「――な、なんだこの動きは、まだ何の魔法も」
「それが遺言かオラァ!」
――未だかつてない本気のストレート。拳を本気で握り込み、指を手の平にめり込ませる。左足を地面に踏み込み、生じる力を腰に、捻りを加えて右肩に全てを集結させる。そこから腕をスクリューのように捻り、威力を更に付加し、その右拳をこいつの鳩尾に打ち込んだ。
「――が、は、アァッ!」
それはばきりと盛大な破砕音を生み出し、半獣人の鳩尾に一瞬だけ入り込み――掠れた叫び声を上げた雑魚が、後方に立つ魔族を巻き込みながらすっ飛んでいった。巻き込んだ奴らも含めて軽く五名は弾け飛んだだろうか、我ながらすげぇ威力だ。これは一種の魔法なんじゃなかろうか。
「……え?」
マジリカは信じられないものを見るような目で俺を見てきた。そして馬面と顔を見合わせ、なにやらこくこくと頷き合っている。
奴らは突然俺を指差した。
「全員で掛かれぇぇぇぇぇ! 絶対に生きて帰すなぁ!」
「はあ逃げるなりなんなり考えろよ! 相手は一人だぞ馬鹿共がぁぁ! ちょっとは可哀想だから今日のところは逃がしてやるよっていう優しい心を持てよ!」
「虫けらの言葉に耳を貸すんじゃない! こいつは奇妙な魔法を扱う、心して掛かれぇぇ!」
俺の返事は雄叫びをあげる魔族共に掻き消された。色んな詠唱が一斉に草原を埋め尽くし、様々な魔法が構築されていく。――いやいや最初から分かってたけど、お前ら揃いも揃って魔法しか打たねぇのな、なんでそこのグリフォンとかサイクロプスみたいなゴツイ奴も繊細な魔法の詠唱してんだよ! 後方支援を前線で使う馬鹿がどこに――ここにいたね! お前ら全員例外なく魔法使いだね! 頭悪すぎだろ!
「だがこんなもの――」
俺は彩り豊かな魔法攻撃の嵐を眺め、脱力状態にある筋肉を緊張に転ずる。フットワークを駆使して迫る火球を回避する……ってちょい待て、ここ草原だよ魔法の種類考えた方がいいんじゃないかな、と俺は助言をしておく。
ついでに回避した先に居たナメクジみたいな奴を地面に叩き落とし、燃え上がる草原から一早く退散。
「ばっ馬鹿か、誰だ火球をこんなところに落としたのはぁ! この勢力差で火計なんかしたらこちらが不利になるにきまっっげほっごほっがはっ!」
「なにいってんすかげほっこほっマジリカ様の火球がげはぁっこの煙誰かぁぁ止めてくれえぇぇ!」
……こいつらは阿呆だ。俺は心底溜め息を吐くと共に安堵した。
なんだこいつら欠点だらけかよ、中距離や遠距離魔法を至近距離相手に連発しまくるし、身体は脆いし、おまけに馬鹿だし。軍の統率力もなければ戦略も力押し物量押しの雑な戦い方だ。
「シャアオラァッ!」
「天地創造、開闢の――ぐ、ぐううっなんだこの力はぐばぁあっっ!」
「てめぇも飛んでけや」
「三千の
火計で燃え盛る炎に混乱する魔王軍、そいつらを片っ端から殴って戦闘不能にして回るだけで向こうはどんどん数を減らしていく。詠唱途中の
「待てよ。逃げるこたぁねえだろ、なぁ?」
ごうごうと燃え盛る炎の世界。ただ己の肉体のみを武器にした俺は、血塗れの拳をマジリカへ突き付ける。この騒ぎに逃げ出そうとしたのか、馬面を含めた十名程度の雑魚共がぎょっとして身を震わせ、固まった。
「魔力がねぇ好戦的なお猿さんってのは馬面ぁ……お前が言った言葉だぜ? その猿に戦場荒らされるのは一体どんな気持ちかなぁ? なぁ今どんな気持ちぃ? 特別に聞いてやるよ、そんで今すぐ死にやがれ!」
「ひっひいいいいいい悪魔だあああああああマジリカ様! マジリカ様だけは逃げぐぎゃあああああああああああ」
馬面の顔面を殴ると、白目を剥いた馬面は遙か彼方へぶっ飛んでいく。その瞬間、マジリカを除く数名の捨て駒が踊り出てきた。
「マジリカ様! こいつの件をなんとしても魔王様に報告するのです! ここはワイバーン三法師のギダと」
「ギガと」
「ギラに任せっぐぼあああああぁあああああああああああ!」
「邪魔だ時間稼ぎが!」
「ああっ炎、雷、氷の合わせ魔法を得意とするギダガラ三兄弟がいとも簡単にやられるなんてっ畜生ここは鉄壁のオーダンフェルの俺にお任せを」
ああめんどくせぇ! 俺は蛇頭のオーダンフェルとかいう奴を叩き潰そうと拳を振りかぶり――。
「絶対防御壁――アブソリュート・フィジックス!」
がいん、と拳が何かに防がれる音がした。実際、その拳はオーダンフェルには届いておらず、手前で展開されている半透明の空間に防がれている。
「小癪な真似を……雑魚が、今すぐにそこから引き擦り出してぶち殺してやるぜ、諦めて出て来い、マジリカァァァアアア!」
「今の内です……! 早く、早く転移魔法を、マジリカ様ぁ! な、長くは持ちません……だから、俺達のことは見捨てて構いません……!」
「し、しかし――」
ちっ、さほど詠唱時間を要しない鉄壁か、こいつは厄介……とでも言うと思ったかあぁ! こんなもんサンドバッグが目の前にあるだけに過ぎん、だったらラッシュをかけるまでだ。
――こんな風にな。
俺は構えを開いた形に変えた。そう、こいつは防御壁だ。反撃してもこないんじゃ、攻防一体の構えをする必要は全くないわけだ……その意味、言っても分からないだろうから身体に刻んでやる。
体重を前方に預ける形で防御壁に打ち込む。まずは右で一撃、次に左で一撃、それは数を打つごとに
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアアア!!!」
「もっ、もう持ちません……ご決断を……! 俺達の死を無駄にしないで下さい……! この規格外の奴の情報をなんとしてでも魔王様へ伝えて欲しいのです! それが、俺達に出来る……最後の、手向け――ぐ、ぐがあああああ!」
連続で何十発と拳を叩き込んだ結果か、堅牢そうに見える防御壁に決定的な亀裂を与える。流石は魔法で作られたもんだ、だがもう限界みたいだな。
オーダンフェルはちろちろと細長い舌を動かしている。どうやら焦っているみたいだな――じゃあ、お前に絶望を見せてやろうじゃねぇか。
「キックボクシングって……知らねぇよなぁ?」
俺はかつてはキックもかじっていた身だ……実戦には使えない使えないと嘆いていたが――。
「ゼイァアアアッ!」
左のつま先で大地をぐん、と押さえ付ける。例の如く防御は必要ない。力の限り右腕を内側に振り、全身に回転をかけて右足を蹴り込んだ。ばきゃんと防御壁が粉々に砕け散り、オーダンフェルの腹部を横から蹴り抜く。そのまま、叫びすらも上げずに視界の左へ消えて行った。
残るはマジリカ……お前だけだ、方向音痴野郎!
と意気揚々とマジリカへ拳を向けたところで――マジリカが、詠唱を完成させた。
「――繋ぎ止めるは地、行く先は底。我が身を映し、その地へ移せ! テレポーテーション!」
四対の翼が飛翔し、紫色の身体が妖しい光に包まれる。俺が待ちやがれと叫ぶのも束の間、マジリカは旋回する光に呑まれ――次の瞬間には、消滅していた。
「……逃げた、か」
俺は血にまみれる拳を眺める。ああ、この拳の痛みは、なんだ。まるで昔やった喧嘩みてぇだ。拳は返り血で滴り、噎せ返る血の臭いが辺りに充満している。
焦げ臭いと思って周りを見渡せば、天高く盛る炎に焼かれる魔族の死体がちらほらと。生き延びた奴らは命辛々ここから脱出し、遠くの方へ逃げているのが窺える。
そんな奴らを追うつもりはなかった。俺は拳を振って払えるだけの血を払い、町の方を見る。
そこにはがらんとした、人っ子一人居ない町が寂しげに存在していた。そう、がらんとである。衛兵や魔法使いどころか、レティシアやフェルナンデスの姿すらどこにもない。
「あいつらマジで殺す」
俺は、結局筋肉痛で来なかった臆病者二人の居る宿へと怨嗟を含んだ言葉を送り、町へと帰還するのであった――。
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