嵐の前には日常がある

7.レティシア誘拐事件(上)

 あれから一週間が経過した。

 たった一人で魔族を壊滅させてしまった俺は瞬く間に英雄として祭り上げられ、一躍有名人となっていた。

 ちなみに俺が気にせずぶっ倒しまくっていた魔王軍。混在する魔族とモンスターの違いは明確に定められておらず、人間っぽいのは大体魔族と呼ばれており、モンスターはグリフォンみたいなのらしい。じゃあつくづくあの馬鹿二人の目は腐っているなと実感させられた。


 町自体は火球による被害があるが平和そのものだった。今は夜のため倒壊してしまった建物の修理は行われていないが、結構な早さで町は回復しているのが分かる。

 俺のいた世界じゃ考えられないほどの復旧ぶりだ。きっと魔法ってのが役立ってんだろう。修理風景を見たことはないが、あんな便利なもんがあるなら肉体労働をする必要もないからな。


 俺はそういうことろまで魔法に頼っていることが現在の魔法主体の世界を作ってしまっているのだと考えている。一概に否定は出来ないが、実に嘆かわしい。


 とまあ、英雄となったお陰で俺は何もしなくても金ががっぽがっぽ手に入り、レティシアが金魚のフンの如く俺に憑き纏うようになり、フェルナンデスが「宿代の借りを返せ」と俺が一人で借りているはずの四人部屋に居座ってくるので、結局は毎日毎日三人で過ごすことになっている。

 しかし宿の老婆が「今やそなたは町の英雄じゃ、無償で二人を泊めることについてわしから文句は一つもありゃせんよほっほっほ」と言っていた。そうじゃない、俺はこいつらを追い出して欲しいのじゃよって言って欲しかったんだよおばあちゃん。

 そんなところで無駄な包容力見せなくてもいいじゃん? レティシアの一匹や二匹蝿叩きで追い返してやるくらいの気概を持って欲しいんだよ。俺そういうの待ってたんだけどなぁ。


「むにゃむにゃ……もう食べられないよ……チハル様ぁ……なんでそんなに私に食べさせるの……むぐむぐ……おいしいけど、おいしいけど……え? 太らせてから食べる……そんな……」

「こいつはマジで何の夢を見てんだ」


 今の時刻を教えてやろうか?

 昼間だ。真っ昼間からベッドの中に潜り込んで幸せそうに眠るこいつを見て、俺は心の底から溜め息を吐いた。この世界の世間一般の人間の常識では昼間からむにゃむにゃと眠っていいか、と言われればそんなことはない。

 昼間は畑仕事や壊れた建築物の修理、ギルドに貼り出された依頼をこなしたり店経営や売り子をやったりと、町民は何らかの仕事をして生活している。勿論俺はこの町では英雄扱いだからしばらく適当に暮らしていても安泰だが、レティシアは違う。


 なぁレティシアよ。お前は一体魔王軍が襲い掛かってきた時何をしていた? お得意の召喚術でクレイゴーレムを出して応戦したか? いやいやそんなことはない。お前はただ部屋で筋肉痛の痛みに「いたいよいたいよ」と呻いていただけだ。

 それが。


「テメーはいい加減起きろやあああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺の怒号とほんのり軽く放ったチョップがレティシアの頭に直撃する。すると、勢いよくベッドにめり込んだレティシアは奇声を上げながら起き上がってきた。

 俺を見るなりベッドの上で正座をし、レティシアはまるで神でも崇めるように一礼する。


「おはようございます……チハル様。申し訳ございません……謝りますからぁ……許して下さい……」


 そして三種類の定型文を呟き、こてんとベッドに横たわった。完全に寝惚けている。この状態のレティシアは無駄だと判断した俺は、静かに立ち上がった。

 うむ、フェルナンデスはなんだかんだ宿に泊まっているが、仕事はこなしているからあまり文句は言えない。奴はギルドの再建に当たっているし、しっかり町の役に立っている。


 俺はレティシアの間抜け面を眺めた。

 そろそろ一週間。女だからと思って、俺はレティシアを必要以上に甘やかしてしまったのかもしれない……。

 ご飯をくれご飯をくれと連呼するレティシアに泣きの一回で餌を与えてしまったり、「宿に泊めてくれないと『私を捨てるなんて最低ですチハル様』と至近距離で連呼して永遠に纏わり憑いてやりますよ」と言われたから、ウザ過ぎて仕方なく宿に泊めてやったりしている内に……あれ、これ別に俺悪くなくね?

 レティシアを眺めた俺は一つ、覚悟を決めた。


 そうして再び眠りに就いたレティシアを眺め、一人頷く。

 俺はレティシアを担いで外に持ち出し、裏路地に放り投げた。


 その日、レティシアが何者かに誘拐された。

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