4.今日から君達には筋トレをしてもらいます

 俺達は町の入り口にある草原までやってきていた。夕方から朝にかけてモンスターの活動が活発になって危ないらしく、衛兵に引き止められたがレティシアとフェルナンデスを見た途端に笑顔で送り出してくれた。

 なるほど、二人はこの町でそこまで認められているのか。きっとあの衛兵から見たら俺は無名の雑魚なんだろう。その通り、俺は魔法も使えない雑魚だ。お前らの基準じゃな。


 そんな俺は、悲しみに暮れるフェルナンデスを説得していた。


「まぁ、な? ホラ、あそこに入ってるのがお前の全財産だなんて知らなかったんだよ……元気だせって、謝るからさ」

「ああ……畜生……てめぇあんなただでさえ高い宿で四人部屋なんて借りやがって……なんで余分に広い部屋借りたのかさっぱり分からないんだけど、この先どうやって生きてけばいいんだ……野宿か、俺は毎日外で野宿して草ばっか食って生きてけばいいのか?」

「マジでその件に関してはすまんかった。でも安心しろ、魔王軍を俺達が撃退すりゃ晴れて町の英雄だ。そしたら金なんてがっぽがっぽ入ってくるさ、な?」


 いくらなだめてもフェルナンデスの青ざめた顔は一向によくならなかった。そりゃそうだろう、元々あった金がほとんど消滅したのだ。

 でも俺を止めなかったレティシアにも非があると思うよ? 俺この世界での金の価値知らないしぃ。


「くそ、お前と出会ったのが運の尽きらしい。いや、もういいよ……どうせ明日俺は戦死するんだ……魔王軍と戦って死ぬなんざ名誉なことじゃねぇか、いいさやってやるよ、俺の雷魔法が見たいんだろ……?」

「お、おう」


 なんか一歩回ってやる気を出してくれたみたいだ。

 戦死なんてさせるつもりはない、威力によっては明日の配置とか考えるし。しかし前衛がいない世界というのは非常に面倒だなぁ……。


「それなら丁度いいわ。フェルナンデス、この草原じゃどこに放っても威力が分からないでしょ? 私がゴーレムを召喚するから、そこに一発どでかいのぶち当ててみなさい」

「ほう、レティシア……お前そんなの召喚できたのか」


 確か召喚術士とかなんとかだっけ? あんまり覚えてないけど、なるほど。これは使えそうだ。


「あ、あんた……本当に私をなんだと……」

「よーしそれなら始めんぞ。レティシア、やれ」

「うううううう……」


 レティシアは恨みがましい目でこちらを睨みつつ、左手に本を構えた。今回は詠唱中断はないからな、存分にやるといい。


「神よ、大地よ私に力を与え給え――我らが守護神、この地で体現し鉄壁のしもべとなれ! クレイゴーレム!」


 レティシアの持つ本が輝きを放つ。そして、彼女の前の大地が異様に蠢いた。それが三メートルほど高くまで盛り上がり、頭部と手足が作られる。

 最後に元の大地からその肉体が切り離され――草の纏わり付いた土の巨人が、そこに突っ立っていた。


「お、おお……すげぇな」


 こいつがゴーレムか。見た目通りだな……しかしこんなのを出されていたらボコボコにされていたのは俺だったかもしれん、こんな巨人に拳が通用するのだろうか。

 試してみたいが、止めとこう。壊せなかったらレティシアの俺に対する態度が豹変しそうだ。そしたらまたフルボッコにすりゃいいだけだが、ここは絶対的に上の立場だと分からせてやらなきゃいけないからな。

 少なくとも試すのは今じゃない。


「へっへん、三メートル級のゴーレムを創造できる召喚術士なんてそうそういないんだから! それに私ほどになれば岩石地帯でストーンゴーレム、火山地帯でラーヴァゴーレム、水からはウォーターゴーレムまで作れるのよ! 私が凄いってわかったでしょう? ね、チハル様?」

「で、ゴーレム以外に何召喚できんの?」

「……いろいろ」

「色々じゃわかんねぇよ、例えば精霊とかドラゴンとかいっぱいあんだろ?」

「……はい、いっぱい、ありますね」


 おお、なるほど一口に召喚と言ってもいっぱいあるんだな。こりゃ使えそうだ。

 でもなんでこいつこんなにテンション落としてるんだろ、そんな多岐に渡る召喚持ってんなら誇ればいいのに。


 ……あれ?


「ま、まあいいわよ! 別にいいわよ! さぁフェルナンデス、このクレイゴーレムに好きなだけぶち込んでいいわよあははは」

「てめぇ……分かった。いいぜ、望み通りにしてやるよ」


 不自然に話を戻したレティシアがそう言った。それに対してフェルナンデスが微妙な表情をしたものの、すぐに詠唱の準備に入る。

 右手を前に突き出し、フェルナンデスは叫んだ。


「俺は今、虫の居所が非常に悪いんだ……神よ、雷よ俺に力を与え給え――天空貫く轟雷よ、その一撃俺に預けやがれぇぇ! ライトニング・ロア!」


 なんか乱暴な詠唱だな――と思った瞬間、フェルナンデスの右腕に青い雷が帯電していく。ばちりばちりとそれが迸る中、何故かレティシアが高笑いした。


「あはははは、アンタのださい雷が土に効くわけないじゃない! 無様に恥ずかしい火花でも散らしてなさ――」


 ――バチン、と、とてつもない轟音が響いた。

 強烈な雷の迸りと共に、クレイゴーレムが無様に弾け飛ぶ。木っ端微塵に爆発四散したゴーレムを見て、レティシアは高笑いしたままの顔で固まった。


「あ、え、なんで……え、雷は土に効かないん、じゃ」

「ハッハァ! だっせぇのはお前だったな! 召喚術しか使えねぇくせにそうやって大口叩いて慢心してっから無様に壊されるんだぜ、恥ずかしいのはどっちだ? ああ? なぁコラてめぇ喧嘩売ったのはてめぇからだったな?」

「う、うるさいわよ! 何かの手違いよ、い、今のはナシ! もっかいやらせて、今度は絶対やられないから! ね? ね? チハル様!」

「お前は一体何の勝負をしているんだよ」


 レティシアの戯言は置いといて、今のは凄かったな。ぶっちゃけ至近距離に雷が落ちたような衝撃だったからな……。フェルナンデスはかなり使える奴だ、というかあれが俺に当たってたらまず間違いなく一撃で死ぬだろ。


「ねぇお願い! お願いします! もう一度、もう一度やればこんなやつコテンパンに!」

「そうか、そんなにやりたいか? レティシア」


 フェルナンデスを馬鹿にするためだけにゴーレムを召喚して、挙句の果てにそのゴーレムが破砕するという始末。

 随分と面白いことをしてくれたもんだ。なあレティシアよ。


「じゃあゴーレム以外の奴を召喚してみてくれよ。そうだ、ドラゴンがいいな。出来るだろ?」

「え、うう……で、出来るわよ? そりゃ、私くらい上位の召喚術士になると、ドラゴンの十や二十……」

「そうか。時間はないんだ早くしろ」


 俺の意図を理解したのか、隣でフェルナンデスが笑いを必死に堪えている。こいつら仲いいな。


「くっ……み、見てなさいよ! あああああ神よ、大地よ私に力を与え給え――我らが守護神、この地で体現し鉄壁のしもべとなれ! く、くれい……どら、ごん」


 レティシアが自信なさげに詠唱を終える。

 本が光り、レティシアの前の土がぼこりと盛り上がる――そしてそこから形作られたのは――。

 今にも壊れそうな、歪な形をしたドラゴンだった。


「ぎゃははははは! これがドラゴン!? なんだこれ? え? 出来損ないの粘土細工かよ、本当に動くのか? なぁ動かしてみろよ?」

「……ひぐっ……うるさい……黙れ……殺す……」


 直後、レティシアの生み出したどう考えてもゴーレムの形を変えただけのくれいどらごんは自壊して土に還った。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、こんな女に召喚されてご苦労様、クレイゴーレム。






 こうして俺は一通りの魔法を見終えて宿に帰ってきた。途中レティシアとフェルナンデスが喧嘩する事態に陥ったが俺の鉄拳制裁で事なきを得たり、「もうむりしにたい」とすすり泣いていた煽り耐性ゼロのレティシアを「お前は元からそんなもんだろ?」と慰めてやったり。


 まあそんなことはどうでもいい。

 フェルナンデスの結晶とも言える四人部屋の扉を開き、中で疲弊している奴らに宣言した。


「お前ら今日から筋トレすんぞ」

「きんとれ……?」


 レティシアが奇妙な反応を見せたが無視。どうせ一から説明して分かるとは思えない。


「お前らに足りないのは何だか分かるか? そうだ、筋肉だ! お前らが圧倒的に足りないのは己の肉体だ! ということで今から俺がやることを実践しろ」


 まずは腕立て伏せからだ。俺は床に寝そべってから二人が俺のことを見ているかを確認し、両手を床に付けた。

 つま先で重心を支え、背筋をピンと伸ばす。両手を肩幅より少し広めに取り、俺は腕を折り曲げた。胸と顔が床ぎりぎりまで来たところで止め、最後に元の位置に戻す。

 これを十回。無言でやり続けた。

 本来ならこれをしっかり数セットやらねば効果がでないが今のは実演だ、俺はいい。俺よりも筋肉の恩恵を受けなければならん連中がここにいる。


「さあ、俺と同じ格好をしろ、そして見よう見まねでやってみるんだ」

「こ、こうか……?」

「な、なにこれ……きつい……!?」


 とりあえず十回を三セット。これでいこう、ここが基本だ。量を増やす必要はない、まずは少しずつ筋肉の元を作っていこうじゃないか。


「レティシアぁぁぁ! そのへっぴり腰を落とすなと何度も言っただろうが!」

「ひぃぃぃぃぃぃ」

「そうじゃねぇ、腰を上げてどうする!? さては楽しようとしたな? 違うこの腕立て伏せに求めるのは回数じゃないんだ! 如何に自分の筋肉を痛めつけるかだ!」

「うぅぅっ……辛い……辛いよぅ……助けて……」

「おいフェルナンデスお前もだ! 勢いの反動を使って腕立て伏せをするんじゃない! 腕の筋肉と大胸筋に疲労が溜まる感覚を意識しながらやるんだ!」

「ぐっ……なんだこの苦行は……こんなもの……こんなもの……!」

「ちがあああああう! 回数にこだわるなと口を酸っぱくして言っただろうが! しっかり身体を落として上げて一回、楽してやった分はカウントしないからな? 再開だ始めろ! 一、二、ちがああうノーカン! 三、四、五、おいその指摘はさっきしたばかりじゃねぇか! やり直しだ!」

「うぇぇ……だれかぁ……」

「なんだこの疲労……そうだ、魔法で肉体をコーティングすれば」

「フェルナンデス、お前は今何を考えた? そういったよこしまな気持ちは捨ててしまえ! まずは自分の肉体のみで十回だ! ほら頑張れ、やり切った後の達成感ほど素晴らしいものはないぞ! はい!」


 そんなことをしつつ、俺は明日の戦いについて考えていた。こいつらは軟弱でひ弱で雑魚だが、魔法は確かに使える。レティシアのクレイゴーレムを前衛に回し、フェルナンデスが敵軍に雷を連発して貰う形で――。


「はい止め! お疲れさん、二人ともよくやったぞ……これを毎日やるからな」

「これをまいにち……いやだぁぁ死んじゃうよう……」

「なん、だと……?」


 その場で力尽きた二人を眺め、これ以上は明日の戦に関わると判断した。さて、魔王軍とやらを拝むのは明日で初めてだ。

 俺の力がどこまで魔王軍に通用するのか――それは分からないが。やるしかない。


 俺はとある決意を固め、今日の自分の筋トレメニューをこなす。それを二人が絶句しながら見つめ、レティシアもフェルナンデスも発狂していた。

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