3.ごめん、お前のお金使った

 宿屋はごくごく普通だった。

 ツッコミどころもなければ宿屋の受付も優しげなおばあちゃんがやっていて、俺達一行は気絶したフェルナンデスの金を使ってそこそこ広い四人部屋を貸して貰っていた。


「こいつ何時になったら目覚ますんだろ」


 担いだフェルナンデスをベッドに投げ飛ばし、ちょっと可哀想だったので毛布を掛けてやり一息。

 まぁ、金を勝手に使ったのは悪かったよ。起きたら謝ろうと思う。だってしょうがないじゃない? 俺金持ってないんだから。


「わ、わわわわたしを一体、どうする気なのでしょう……」

「とりあえずそこ座っていいんじゃね」


 俺はデスクチェアを指差した。まぁ、別に適当に寛げばいいだろう。何せ借りたのは四人部屋、ちゃんと四人が自由に過ごせる空間があるのだ。広い、まるで修学旅行に来た気分である。

 少々値は張るらしいが俺の金じゃないから知らない。この町最強の魔法使い様なら金くらい腐るほど持ってるに違いない。うん。


「レティシア、改めてお前に頼みたいことがある」

「はい……何でも言ってください……私にできることなら……クッ……なんでもします……」


 こいつなんでさっきからずっと涙目なんだろう。俺は別に殴ろうともしてないんだけどな。ただお願いをしようと思っただけなのに。


「あちぃな」


 学生服というのも中々暑いもんだ。転生してきた時からずっと着ていた学ランを脱ぎ捨て、扉の横にあるコートハンガーにかけた。汗まみれというほどでもないが多少汗でべとつくシャツを右手で引っ張り、風を送り込む。


 レティシアはというと、暑そうな白のローブを脱ぎもせずに着たまま、俺が差したデスクチェアに行儀良く座って身体をぶるぶると震わせていた。え、寒いの?

 俺は汗かくほど暑いんだけどな、そろそろ夜だし少しは涼しくなると思うんだけど。


「頼みっていうか、お前の魔法を見せて欲しいんだが」

「――へ?」


 俺がそう頼むと、レティシアは間抜けな声を上げて俺の方へ視線を投げた。


 ――そう、俺はこの世界に来てまだ一度も魔法を見たことがないのだ。魔法詠唱中のレティシアとフェルナンデスをたこ殴りにしたことはあるけれど、発動してしまったものを見たことはない。

 魔王軍と戦うにあたって、この世界の魔法を見たことがないんじゃ流石に危ないだろう。そういった意味では目の前のこいつと気絶中のフェルナンデスはいい判断材料になりそうだ。自称だがこの町最強の魔法使いらしいからな。


 という考えで提案したのだが――レティシアは、拍子抜けした様子で口をあんぐりと開けていた。その瞳は俺を見ているのだろうが、どこか力の抜けた様子だ。


「駄目か? 駄目ならまた別の頼みを――」

「――えっいやいやいやそんなことありません是非ともそれでお願いします! 私の魔法を見ていてください! よーしいっぱい魔法放ちますね! 神よ、大地よ私に――」

「いや待てここで魔法を使うんじゃねぇ! 部屋ごと吹っ飛んだらどうするんだ!」


 唐突に詠唱し始めたレティシアを必死に止める。レイプ目で一心不乱に詠唱しようとしていた彼女は、俺に肩を揺さぶられることでようやく正気を取り戻した。光を取り戻した瞳が俺をしかと見据え、彼女はぱちくりぱちくりと瞬きする。


「……私、私、犯されるんじゃないん……です、ね……!」

「あぁ? 俺がいつそんなこと言った」

「だって、だって、ぼこぼこにした女連れ回して町まで連行した挙句宿屋に連れていって唐突に服を脱ぎだして『お前に頼みたいことがある』なんて言われたら誰だって勘違いするじゃない!!!!」


 ……はぁ?

 改めて今までの自分がやってきた行動を省みてみることに。


 ……あぁ、確かに。そう言われてみると、そんな風に捉えられてもしょうがないかもしれない。


「違うから安心してくれ、お前に興味なんかねぇ」

「……なっ!?」


 よく見ればレティシアは可愛いとは思う。外国人のような整った顔立ち、真っ白な肌。艶やかな金髪が胸元までかかるその姿は綺麗だ。

 しかしお前の性格は残念だ!


「そういうこと言うって事はお前、自分の顔とかスタイルに自信があるんだろうな、いやあるに決まっている。でも自分のその性格をよく考えてみろ? 人の話を聞かない口が悪い圧倒的強者に媚を売る魔王軍の攻撃から一人だけ逃げようとする臆病者、以上の四点をもってお前はない」

「は、はぁ!? な、ななんでそんなことアンタに言われなきゃならないのよ!」

「おいどうした媚売り口調崩れてんぞレティシア」

「……はっ、いや、その、つい心の声が……申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 おどおどするレティシアの頭にポンと手を置き、俺は聖母スマイルで囁いた。


「そうか心の声か、お前は心の中でそんなこと思っていやがるんだな。まぁ? 素のままでも別にいいんだぜ? 別にな」

「ひ、ひいいいいごめんなさい! 謝ります! もう二度と言いません!」


 折角笑顔で許してやったのになんでこんなにビビられなきゃならないんだろう。まあ、いいか。


 一人勝手に震えるレティシアはさておき、俺はベッドの方へ目を向ける。フェルナンデスが丁度気絶から再復活し、半目で辺りを見回していたところだった。

 しかしまだ起きたばかりで意識も覚醒し切っていないのだろう、虚ろな瞳が俺を捉え、そのまま硬直する。

 それから十秒ほど時間を空けて、奴は奇声を発した。


「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 まあ、起きたら宿屋で目の前に俺が居たら、そうなるわな。






 俺はレティシアにしたように、錯乱するフェルナンデスに俺が人間だということを懇切丁寧に説明してやった。

 一時間以上掛かった上にようやく納得をした彼は、何故か正座で俺の話を静聴している。レティシアはこういう状況に少しずつ慣れてきたのか、いつの間にか木製カップに注がれた飲み物をずずずと飲んでいた。


「そ、そうか……記憶喪失で……でもその力、信じられん。一体どんな魔法を」

「これは魔法じゃねぇ、俺の力だ」

「力……? それを魔法というんじゃ」

「その内分かるさ、今は分からなくていいから黙って頷け」


 そうそう。俺の世界では魔法という存在が本やら宗教やらという媒体を介して伝わっているからなんとか理解できるものの、こいつら格闘技は疎か肉体とかも知らないからな。この概念を理解するには時間が必要だろう。


 ただの右ストレートで人間が十メートルも飛ぶなんてのは俺も知らなかったけど。もしかしたら神が俺の身体になんか仕掛けたのかもしれないしな。そうであると信じたい。そうでなきゃこいつら脆過ぎる。


「さて、明日魔王軍がこの町に到着する。お前らは敵前逃亡したゴミだが魔法使いだ、明日の戦いに俺と一緒に出て貰う」


 そう切り出すと、レティシアが飲んでいた飲み物をぶふぉと吐き出した。フェルナンデスが顔面からそれを被って「いてぇ! 目に入った!」とか叫んでいたが知るものか。話は進行させて頂こう。


「その前にお前らの実力を確かめるため……」

「待った! 魔王軍と戦うなんて自殺行為だぞ……相手にはあのマジリカがいるんだ!」

「あぁ? フェルナンデス、質問と感想と疑問は俺の話が終わってからにしてくれねぇかな、話が一生進まん」

「ぐ……分かった、聞こう」


 そうそうお前らの言い訳なんか一々聞いてられない。どうせ嫌だろうとなんだろうと戦には出させる。そのために色々考えてあるんだからな。


「で、俺はお前らの実力が知りたいわけだ。だから俺の目の前で魔法を放ってもらう。勿論ここは宿屋だからな、ここでぶっ放すんじゃないからな? お前はレティシアのようなアホとは一緒じゃないと信じている」

「ちっちが……さっきは、その……」

「誰が口を挟んでいいと言ったあああああああ!」

「はいいい申し訳ございません! ごめんなさい! 喋りません!」


 よし、静かになったな。

 涙目のレティシアを見てうんうんと頷き、フェルナンデスへ視線を戻した。


「思い立ったが行動だ。表に出るぞ“雷鳴のフェルナンデス”、あと“小物のレティシア”」

「ちょっと、私は暴虐の」

「表に出るぞ? レティシア」

「……はい……分かりました……」


 とりあえずこいつらの魔法がどんなもんか確かめてからだな。

 いやぁしかし、魔法を実際に見るのは当然ながら初めてだからな、ちょっと楽しみだ。


「あ、そうだフェルナンデス」


 言おう言おうと思って忘れてたことがあった。このまま忘却の彼方に置き忘れることになるところだったわ、てへ。


「流石に悪いと思ったから謝るけど……ごめんな、お前の金使って宿屋に泊まったわ」

「……え? はぁ? ……おい、マジかよ、マジだ……マジで? いや冗談……冗談じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 袋を開けて所持金を確認したフェルナンデス。

 彼の悲痛な叫び声が、宿屋に響き渡っていった――。

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