15.そうか、俺は
「クソが……」
俺にしては苦戦を強いられていた。手も足も出ないというほどでもないが、この俺が防戦をしているのは事実。防御に回す腕や脚に蓄積されていくダメージは確かにあり、この調子で行けばいずれ立てなくなるのは俺だ。
「逃げ足と勘だけは鋭い、これではマジリカが勝てないわけだ。だが……貴様ではこの我を倒すことはできない、諦めて地獄に行けぇ!」
放たれる魔法どれも威力の低いものばかりだ。しかしそんなものでも障壁一つ張れない身体には危険な攻撃、一つ一つフットワークで回避する。なんのことはない、あれだけ大勢の魔王軍の猛攻を避け切ったんだ、こんなもの。
「……って、そうじゃねぇよな」
判断を見誤ってはならない。この前は統率の執れていない雑な攻撃だったからこそ、だ。目の前の敵は確実に俺の動きを予測し、正確に狙って魔法を放ってきている。舐めていると痛い目に遭うのはこちらだ。
しかし勝機はあった。
奴は先程から威力の低い魔法ばかりを連射してきている。その理由はなんだ? 俺を始末したいのなら最初の一撃を無詠唱で放てばいい。それをしないということは、あの規模の魔法になると詠唱が必要になるってことだ。
加えてあんな魔法を連発すれば魔力の消費とやらも激しいのだろう。詠唱すれば俺にも避けられる。であれば放たない……それは簡単に結論付ければ、奴の魔法の一部を使えなくさせている、そういうことだ。
なら、やることは決まった。
戦法を変えよう。
「行くぞ、オルフェニカ」
「……ほう?」
俺はステップを刻み、構えを逆にした。普段は左足を前に出すオーソドックススタイルだが、今の俺はサウスポースタイルだ。
俺は右利きだがそれでいい。相手と同じく決定打を放てないのならあの構えは時間の無駄だ、ジャブを得点稼ぎでなく殺しに使うのも一つの手。
ジャブは速ければ速いほどいい、だったら利き手を前にすればいいだけだ。散々練習はしてきた、普段しない構えに変えたからといって基本的な動きに遅れはないし、何より。
放たれた水弾を右手の甲で打ち払い、その際の反動を使って斜め下に滑り込むように入る。左足を軸に――今度は俺から攻め入る番だ。ここからなら左のフックが妥当か、
「くっ……甘い!」
オーラを俺へ放出し牽制しつつ後ろへ飛び退き、オルフェニカは右側頭部ぎりぎりまで迫る左フックを回避した。俺は空振りで乱れる体勢を右足の踏み込みでもって反動を押さえ、左で地を蹴りオルフェニカと距離を詰める。
一度戦いを仕掛けたからには永久にプレッシャーを掛け続ける、相手には最後まで自由な行動をさせない。それが先程俺がやられたような戦法だ。
魔法で動きを速くするなら俺も合わせて速さに特化し、攻めを中心に相手を疲弊させていけばいいのだ。
どう足掻いたところで生物の基本は自分の肉体、如何に魔法で強化しようと疲れは必ず発生する。そうなった時、使用する魔法が乱れてくるまで俺は地道に奴へプレッシャーを与え続けるのみだ。
少なくとも俺は、相手がボクサーでも十二ラウンドは余裕で持たせられる自信はあるぜ。このラウンド数は世界タイトルマッチのラウンド数だ。
なぁオルフェニカ――お前がボクサーと同じように俺にプレッシャーを掛けられるのか、見物だなぁ!
実際はインターバルなどないので俺はそこまで持たない。だが、それは相手も同じだ。休憩など存在しない。終わる時は相手が倒れるか、自分が倒れるかの二つのみ。ノックアウトはそのまま死と同じ。
――出し惜しみとか、スタミナ配分とか、そんなこと考える俺を捨てろ。この一ラウンドで相手を倒すことだけ考えてりゃいい。負けたらそれまで――じゃあ俺は負けねぇ。
「貴様……その力、どこで」
「オラオラオラオラァ! なんだ、魔力がねぇと動きが把握し辛いか?」
俺はその逆だ。お前の身体の動きは実に分かりやすい、だからスピードで付いていけなくともある程度は予測でカバーが可能だ。相手が逃走を考えていた場合には使えない技法だが、オルフェニカが俺を打ち負かそうと対峙してくる間は有効技術。
お前の敗因はただ一つ、自分の肉体を疎かにして魔法ばかりにかまけていたことだ。
「チィッ!」
風で俺の動きを見出し、火槍で俺を引き剥がし、雷で行動を阻害し、水で足場を悪くする。いい対処だ、だけど慣れて来た。そしてお前は追い込まれた。
代わって防戦に追い込まれたオルフェニカは焦っていて気付いていない、右横に回避しようとするその足、そこはお前が撒き散らした水でぬかるんでいて、それだと本来の動きから鈍るんだぜ――?
「……なっ足場が」
「さあて仕舞いだ、素直にぶっ飛べ!」
俺はとびきり速いジャブを、オルフェニカの腹部に叩き付けた。利き腕から放たれるジャブはとてもではないが、重い。そしてそんなものをまともに喰らってしまえばここの住人が耐えられないことは――既に知っている。
「ぐ、が、があはあああああっ!」
腹部にめり込んだ拳はオルフェニカの内臓を引っ掻き回し、くの字に折れ曲がった胴体は斜め下の地面へと激突してその衝撃で身体はがりがりと削られていく。草原を破壊しながらオルフェニカの身体は、ゆっくりと止まった。
明らかな致命傷。俺は勝ちを確信し、血塗れのオルフェニカを見下ろす。
「三魔公オルフェニカ。ああ、お前は強かったよ、少なくとも今まで会った中で、俺に傷を付けた奴は初めてだぜ」
「ぐ、ぐぎぎ……これほどまで、とはな……」
立ち上がろうとするものの、よっぽど拳の威力が効いたのだろう。口から血を吐き、オルフェニカは荒い息を吐く。これではあの高速移動もできないな。
俺の完全勝利だ。
「魔王様と似たような、技……貴様、何者だ」
「何?」
俺の技……即ち“ボクシング”が、魔王と似たような技、だと。そんな馬鹿な。
「ふん、まあ、貴様が何者であろうといい……我は貴様には勝てん、だが、覚えておけ……! 貴様では魔王様には勝てん、この我が直に戦って、そう判断、した……」
「何だと、俺が勝てねぇとは……やりもしないで判断するとは、馬鹿が」
「ふん、いや貴様じゃ勝てないな……終焉なる地、終着すべきはこの時、我の身体を礎とし、破滅をかの者に――」
「おい、待て!」
何らかの詠唱を開始したオルフェニカは、にぃと悪辣な笑みを浮かべて嗤った。俺はその詠唱に危険を感じ、中断させようと固めた拳を解除し急いでオルフェニカから離れようと後方に――。
「――オーバー・エクスプロージョン!」
オルフェニカがそう放った瞬間だった。俺にも視認できるほどの赤黒い魔力が彼を包み、完全な球状へ変化する。
やべぇ、こいつは。
「間にあ――」
視界が漆黒に染まり、轟音が耳を
目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。誰かが俺の手を握っていて、ふとそちらの方へ視線をやれば、そいつは目を固く閉じて涙を流していた。
「おい、心配すんなよ。俺は死んでねぇ」
「え……っ……チ、チハル様ぁ……!」
俺の手を握ってくれていたのはレティシアだ。痛みに悲鳴を上げた身体に鞭を打って上半身を起き上がらせ、レティシアの頭を撫でてやる。
……で、何で俺は宿屋で寝てんだっけ。
「なぁ、俺。なんでベッドに寝てんだ。俺は一体どうなった」
「チハル様は三魔公の一人と戦って……それで……」
「っと、思い出したわ。ありがとう、レティシア」
一度欠伸をし、安堵の息を洩らす。そうか、あの魔法で俺ごと奴は自爆したのだ――。エクスプロージョン、だっけか。もう少し逃げるのが遅けりゃ、今頃生きちゃいないかもしれなかったな。
全く危ねぇ奴だ。殺すつもりはなかったんだがな、ああ自爆されちゃ仕方ない。
見れば俺の身体は包帯だらけだ。全身があの魔法で傷を負ったのだろう、頭から爪先までもれなく痛い。常に熱湯風呂に頭から突っ込んでるみたいな痛みだ。実際に熱湯に浸かってるわけじゃないから、耐えられなくはないが。
「フェルナンデスがいないみたいだが、アイツは?」
「チハル様の代わりに色々動いてくれているわ。私はチハル様の看病だから、仕事はオーフェンに任せてる……良かった、一生このままだったらどうしようかと」
「それは考えたくないな。もう平気だ、手、離してくれ」
「……もう、平気? 馬鹿じゃないの? ふざけないでよ! チハル様は自分がどれだけ大変な目に遭ったか知らないからそんなこと言えるんだろうけど、もう一週間も目覚ましてなかったんだからね!」
俺がそう言うと、レティシアはいつになく物凄い剣幕で顔を近づけてきた。思えば普段の敬語でもなく、完全に素のレティシアの瞳が俺を見据えている。心配そうに涙ぐむ目を直視して、俺ははてと首を傾げ……事の重大さに気が付いた。
は、一週間? いやいやちょっと待て。え?
「寝込んでたの一日とかじゃなくて?」
「一週間! それまでずっと生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから……それが、チハル様……生きてて、良かった」
「お、おい、レティシア……?」
とうとう彼女は俺の胸に顔を埋めて泣き始めてしまった。そうやって乱暴に抱き付かれると痛いんだけど、流石に「いてぇから離せ」とか言える状況でもないし、今茶化したら本気で怒られそうだ。止めとこう、女に怒られて喜ぶ趣味はない。
なるほど……一週間、ああ。そんなに寝込んでたのか。
俺はレティシアが離れるのを諦め、彼女の後頭部を優しく撫でてやる。そうしながらも、俺はオルフェニカとの戦いを振り返っていた。
奴は死んだのか。あんな自爆技で生存されても困るが……。
正直奴の生死にそこまで興味はなかった。
そうじゃなく、俺は、オルフェニカが死に際に放った台詞が強く頭に残っていた。
「……魔王様と似たような技、ね」
もしもそれが本当なら、魔王は魔法だけではなく、俺と同じように戦うこともできるわけだ。格闘技の心得があるのか、魔王が独自に編み出した武術か――いずれにせよ、“魔法だけではない者”であることに変わりはない。
「チハルさま、チハルさまぁ……!」
「ちょ、マジでいてぇから! 分かった、分かった、お前が俺を心配してくれてたのは分かった、ちょっとだけ力緩めてくれ!」
「……ぐす、うう……はい」
レティシアの抱き付いてくる力が弱まり、俺は引く痛みに心を落ち着かせた。
しかし、俺はちょっと魔王軍ってのを舐めていた節があったな。正直オルフェニカってのも精々マジリカよりちょい強くらいの気持ちだったんだが――最後の魔法は想定外だった。
残る魔公は二人。
しかし魔王軍にもいい加減この情報は行き渡っているはずだ。マジリカとオルフェニカがこの地で消え、英雄と呼ばれる俺がここに居る。どれだけ情報が少なくともこれだけあれば判断には困らないはずだ。英雄チハルが魔王軍の脅威なのは明白で、いつ魔王軍が総力を上げてグレゴリアに襲い来るか分かったもんじゃない。
しかしながら、俺はこの通り大怪我だ。多分しばらくはまともに動けんだろう。やべぇな、どうするか……。
俺はレティシアの頭を撫でながら、当面のプランを考えるべく頭を張り巡らせる。
「てかあれだな。レティシア、お前俺が眠ってた一週間、筋トレ続けてたの?」
「え、あれ、何で見てないのに知ってるの?」
「こんだけ密着されると分かるが……あれだな。レティシア、お前ちょっと筋肉付いてきたな」
なんていうか、その、あれだ。いい身体になってきた。正直こう抱き付かれると……胸が柔らか、ああクソ、なんでレティシアに俺が情欲を。有り得ん。ないない、それは本当に有り得ない。非常に嘆かわしい。
「えっ……でしょ? でしょ? えへへ、最近実感してきたんだけどね、ねぇ褒めて! 私頑張ったよチハル様!」
「お、おう」
なんか調子狂うな……。
何故かやたらと身体を押し付けてくるレティシアに戸惑いつつ、俺は何気に素直なレティシアを心の中で褒めるのであった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます