14.ひとりぼっちの戦い(再)

「ここがマジリカの消えたという地か……こんなところに何があるというのだ。貴様のような虫けらしかいないこの町で、一体」

「お前らは人を虫けら呼ばわりするのが大好きなんだな。こんなところに何の用だ? 虫けらしかいない町にわざわざ足運んじゃった気分はどう? 顔真っ赤だぜ」


 焼け野原と化した草原にて。

 全身が原色の赤で塗り潰された魔人のような奴と相対した俺は、舌打ちを鳴らして構えを取った。

 こいつは三魔公の一人、オルフェニカだ。


「顔が真っ赤なのではない……この肌は元からだ」

「そうか。でも顔真っ赤だぜ虫けら」

「……殺す」


 体長二メートル半ほどもある巨躯から黄金色のオーラが肉体を這うように流れる。

 案の定俺の後ろには誰もいない――俺はこのパターンに思わず苦笑いをして、拳を強く握った。


 ――話は少し前に遡る。


 それは、俺が朝起床してのんびりと腕を伸ばし、筋肉痛に悶えているレティシアとフェルナンデスを笑顔で見ている時だった。


 やや乱暴に扉が開かれ、焦った様子で衛兵の一人が転がり込んできたのである。こりゃ珍しい、と同時に俺は衛兵を外に追い出す。


「馬鹿野郎お前ここは俺だけの部屋じゃないんだからノックくらいしろ、万が一レティシアが生着替えでもしていたらどうなると思ってんだ。ゴーレムに叩き潰されるだけならまだいい、その後猫耳メイドのファン達に嬲り殺しにされるぞ」

「うっ……それは、イヤですね……」

「だろう? で用件は何だ。そんなに急ぎの用でも発生したのか? このクソ田舎の町で? 冗談言うなよクソ衛兵、お前は詰め所で酒ばっか飲んでる飲んだくれだろ? 俺は忙しいんだ、後で行ってやるからお前はクソ詰め所で酒飲んでゆっくりしていろよ」


 お前ら衛兵は俺が毎日毎日通っても何一つとして有益な情報を寄越さないからな、朝っぱらから酒まみれの奴と会話をするつもりはない、ちょっとは休ませろ。


「これが英雄……ひど、あ、いや、なんでもないなんでもないです――そう、英雄チハル様! 魔王軍の三魔公オルフェニカがこの町に、この町を襲いに出現したのです、是非救援に!」

「平然と悪口言った後に救援求めるってどんな神経してんだお前ら……て、え? あの元四天王の奴?」

「そうです! あの元四天王の奴です、我々では刃が立たず、こうして救援に!」

「マジかよ」


 とうとう来たか。

 マジリカ失踪からもう数十日、本当にマジリカの行方が分からない以上、捜索しに奴らがここ付近を彷徨く可能性はあるの……か? 魔王軍がこの地で蹂躙されたくらいの情報は伝わっているはずだしな。

 まあいい。


「今の状況は?」

「相手はオルフェニカ一人ですが、防衛に参加した衛兵達が悉くやられてしまって……」

「一人? 場所はどこだ」

「例の草原です、今はなんとか町に入れずに耐えていますが、いつまで持つかは!」

「分かった、後は俺に任せろ」


 折角平和なのに、このタイミングで魔王軍の襲来か――めんどくせぇ。相手がマジリカクラスの間抜けであれば嬉しいんだけど。


 俺は部屋で悶える二人に声を掛けようとして、止めた。こいつらは駄目だ。そっと休ませておこう。何より相手が一人なら、俺だけでも問題ないはずだ。


 かくして俺は、衛兵を置いてけぼりにして宿を飛び出し、草原へ向かったのである――。


「ふむ。我に楯突こうとする人間など、珍しい。我に殺されることを誇りに思え――」

「あ、ちょっと待って」


 その前に聞きたいことがある。ぼっこぼこにしてからでもいいんだが、先に聞けるならそっちの方が気が楽だ。


「お前ここに何しに来たの? こんな田舎の町に一人で現れるなんてな、今すぐここを潰そうってわけじゃないんだろ?」

「その口調、気に入らぬな……。その通り、この地に脅威がないか偵察にしに来ただけ、こんな小さな町など消すつもりなどはなかったが……気が変わった。貴様のような愚者を生かしておくわけにもいかん、ここで死ね」


 ドヤ顔で宣言し、オルフェニカは全身に黄金のオーラを展開していく。ああ、このでかい態度は魔王軍共通か。

 マジリカといいお前といい、最初はどいつもこいつも元気なんだよな。


 俺は一応確認のために後ろへ視線をやるが、やはり誰も助けになど来ていない。筋肉痛の二人を放置したのは俺だが、他の奴らはこの襲撃を知っているはずだ。

 どうして誰も助けにこねぇ。俺一人に任せやがって、お前らは酒飲みながらつまみポリポリかじって静観か? ……まあ、予想通りだから今更驚かんよ。

 喉につまみ詰まらせて窒息しろ。


「何をよそ見をしている! この神速のオルフェニカを愚弄するなよ――」

「……おおっ?」


 視線を前方に戻せば、戦闘準備万全といった全身真っ赤の巨人が俺に肉薄してきた。黄金のオーラを弾けさせ、オルフェニカは雄叫びを上げながら俺に向かってくる。


 え、こいつ近接戦闘できんの?


「煉獄、灼熱の息吹を咎人へ。紅蓮にその身を灼かれ、泣き叫び、瞑府へ堕ちるがいい――デス・フレイム!」


 ですよね……。

 接近しながら魔法の詠唱を始めたオルフェニカへ苦笑いをし、俺は横に飛び退く。先ほどまで俺の立っていた地面が真っ赤な灼熱の閃光に包まれて消滅するのを一瞥して、流石の威力に寒気が走った。

 うわ、あんなの当たったら一たまりもないよなぁ。当たんないけど。


「……貴様、魔力も無しにどうやって我の魔法」

「聞き飽きたんだよ雑魚がぁあ!」


 右足に力を込めて方向転換をし、ぐっと引き締めた拳をオルフェニカの脇腹に突き出す。が、奴は間一髪で俺の右ストレートを回避することに成功した。

 なるほど、あのオーラでスピードが上がってんのか……なんという魔力の無駄遣いだ、それ活かして身体で戦えよ。


「ほう。貴様、もしやマジリカを倒したのは……」

「だったらどうする?」


 にぃ、と憎たらしく口端を歪ませ、俺は初めて避けられたあの感覚を思い返していた。なに、ボクシングの世界で攻撃が避けられるなんてことは当然のようにあることだ。ただこっちの世界で俺の拳が避けられたことはたったの一度もなかったもんでな。


「魔力を感じさせぬ不思議な力……貴様が物怖じしないのもそのためと見た。いいだろう、その自惚れ、後悔させてくれる!」


 オルフェニカを包む黄金がより強烈に光り輝く。まさか本気出すってか……? こりゃあマジリカよりも、間違いなく厄介だ。


「はあああぁっ!」


 オルフェニカの姿がそこから消え去る。高速移動か何かか、目で追いつけない――。


「こっちだ間抜け!」

「っ!?」


 赤い残像が視界の端をよぎる。とっさに腕を交差させて防御の体勢を取るが、そこに紅蓮の槍が突き刺さった。

 すぐにに払い退け、防御した腕へ意識をやれば……そこが火傷しているのが窺える。

 たったの一秒も火に触れていないというのに、なんつう……ってか。


 今も高速で動き続けるオルフェニカを捉えることができない。


「後ろだぁ!」


 首筋に雷が直撃し、俺は痛みに歯を食い縛って耐える。

 こいつ――。


 すとん、と。

 俺の眼前で静止したオルフェニカは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「我は神速のオルフェニカ……ただ速さを求めし者。その境地は、魔法の詠唱破棄をも可能とする。貴様が下したマジリカとは格が違うと思え、虫けら」


 な、なんだって?

 じゃあ、さっきから声も無しに放っていたあの火と雷は、やはり魔法か。

 ――こ、こいつ強い……!? 少なくともマジリカとかいう方向音痴の害悪よりは百倍強いぞ……どうする、俺。詠唱破棄なんかして高速移動しながら戦うなんて卑怯だぞ!

 なんて卑怯な魔法を使いやがるんだ! 男なら肉体で戦いやがれクソが!


 一瞬の静寂。

 首筋から冷や汗が流れる。心臓がばくばくと脈動しているのが分かる。


 ……これ、ちょっとやばくね?

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