13.魔法解禁と筋トレの再開

 魔法禁止生活から一週間。

 レティシアとフェルナンデスは、魔法解禁の時間をただただ無言で待っていた――。


「……」

「……」


 今日はもう寝るだけだ。

 レティシアは新入りとして入ってきた馬面執事へ仕事を教え、へとへとになってベッドに。

 フェルナンデスはまた別の建造物を再建していた身体の疲れを取るため、ベッドに。



 二人はそれぞれ、この一週間を振り返っていた。ひょんなところから現れた筋肉の化身チハルによって魔法を封印させられたこの一週間。

 二人は己が肉体のみでこの日々を生き抜いてきた。時には血反吐を吐き、時には重い筋肉痛で一日中寝込んだり――だがそんな日々は、後少し。

 今日寝て朝起きれば、もう魔法が使えるのだ……!


「……」

「……」


 レティシアとフェルナンデスは無言で頷き、お互いの意見が一致しているのを確認した。

 そう。今もなお身体に走るこの筋肉痛――寝る前に、魔法が解禁したら、回復魔法で綺麗さっぱり治すのだ。そうして眠って次の日に備える。

 完璧なプランだった。


 ガチャリと扉が開かれ、あの男が来るまでは――。


「おう、いるかお前ら。そうそう先に釘を刺しておかなきゃいけねぇと思ってな。回復魔法で肉体を修復しても意味がないから、筋肉痛を魔法で治そうとか考えるなよ」

「い、いやああああああああああああああああああああああああああああああ」

「なぜだああああああ何故直前でそんな絶望を俺達にいいあああああああああ」



 ◇



 朝。俺は泥のように眠るこいつらを見て非常に満足していた。


「まさか本当に魔法を使わず、一週間を過ごすとはな……」


 絶対に一度は魔法を使用して俺が怒るんじゃないかと常々思っていた。常々だ。レティシア辺りは魔法を使うんじゃないかと思ってずっと睨みを利かせていたが、遂にここまで来たのだ。

 唯一の邪な考えといえば、魔法禁止期間が終了した途端に疲労を回復魔法で消してやろうとしていたみたいだが……魔法で肉体を回復しても超回復による筋肉の強化が行われないことは俺リサーチで発覚していたからな、間に合って良かったぜ。


 さて、今日からトレーニングは第一段階上へシフトすることになる。この一週間はあれだ、まともなトレーニングを始めるための基礎作りでしかなかったのだ。こいつら二人は「今日で終わったのよあははははうふふふふ」といった幸せそうな顔で寝ているが、そいつは違う。

 お前らはこれでようやくスタート地点に入ったのだ。


 これからだ。

 これから始まるんだぞ。肉体を苛めて苛め抜いて身体を鍛える、過酷だが楽しい、幸せの連続が始まるのは。


 といっても指導する時間はあまりないかもしれない。


 この数日間でオーフェンは宿屋の執事として上手くやり、魔族ながらに少しずつ町民からの信頼を勝ち得ている。つまり、オーフェンが町に住んでいるという情報が魔王軍に知れ渡るまでの時間も早くなるってことだ。そうなると、オーフェンだけでなく身内を人質に色々と攻撃を仕掛けにくる可能性が高まってくる。

 そうなる前に俺が家族を救出しに出向かなければならないし、やることは山積みだ。


「おはよう……あ、チハル様ぁ。もう、魔法使ってもいいんですよね? ね?」

「ああ、いいぞ」


 よっぽど魔法が使いたかったのか、レティシアは起床するなりそんなことを聞いてくる。そうかそうか。自由に魔法使え、今後は夜に筋トレをするからな。魔法を使いまくってだらけていると夜が辛いんだからな。気を付けろよレティシア。


「さて、一週間が過ぎたといっても特に何かが変わるわけでもない。お前はいつも通りメイドだ。まだ馬面に教えることは沢山あるだろう? ほら行って来い」

「はーい……なんで私があの馬野郎に仕事を教えなきゃいけないのよ……くそ、くそ、物覚え悪いし、目が変態だし……行ってきます……」


 レティシアはぶつぶつ悪口を吐きながら出ていく。なんだかんだ世話をする辺りが偉いな。俺もまさかオーフェンが宿屋で働けるとは思わなかったから、これは嬉しい誤算だ。

 何より俺の手元に奴を置いておけるのが一番いい。


 そろそろ出掛けるか。






 基本的な俺の仕事は情報収集だ。決してニートじゃない。

 そのため、一日に必ず回る場所が三つある。


 まずはその内の一つ、衛兵の詰め所へ行くと、衛兵達はのんべんだらりとそこらで佇んでいた。

 こんなんで金を貰うとは実に頂けないな。まるで警察のようだ、これだから魔王軍が攻めてきた時に使い物にならないんだよくたばれ。


「おいお前ら、魔王軍に動きはあるか?」

「特には来ていないねぇ、まあまた何かがあればその内回ってくるだろう。なんたってここは田舎だよ、情報の回りも遅いってもんさ」


 まあ最初から期待していなかったが。


 怠けた衛兵に背を向け、俺は次の場所を目指した。

 向かう先は冒険者ギルドだ。俺が現れるとギルドの連中は俺に挨拶を送り、魔法使いだらけの冒険者は俺に敬礼する。


「最近魔王軍の動きとかある?」

「いいえ、特にはありません。今のところチハル様にやって欲しい依頼もなく、町は平和です。これもチハル様が来て下さったお陰ですよ」

「そうか。じゃあ何かあったら連絡くれよ」

「はい」


 いつも見る受付嬢といつもの会話をして俺は早々にギルドから出る。平和なのはいいことなんだけどな、ちょっとこの町は平和ボケし過ぎかもしれない。まあそれだけに魔族との共存についてもやりやすいのだが……。


 最後に向かう場所は町長の家だ。町長という肩書きを持っているだけで別にただの町民なんだが、一応長だからという理由でこうして毎日足を運んでいる。

 町長は訪問した俺を見ると、少し不機嫌そうに眉をひそめた。


「あの魔族、宿屋で働かせるのはいいんだが……苦情がいっぱい来ている。どうにかならんのか?」

「魔族をどうにかするんじゃなく、苦情を出す町民をどうにかして欲しいもんですね。俺が目指すのは魔族と人間の共存です。今は魔王軍の存在があるお陰で種族間での全体的な仲は悪いですが、中には良い魔族もいます。逆に悪い人間もいます。そういったことを度外視し、魔族だからという理由で排斥しようとするのは少々違うかと。町長もオーフェンが何かをするとは思っていないでしょう?」


 町長とはこうした会話をしている。

 苦情も凄まじいものだ。オーフェンを町から追い出せという意見もかなりあるが、俺の庇護下にあるお陰で表に出てくるやつはいない。

 俺としては町長から魔族との共存を宣言してくれりゃ一番楽なんだが、上の人間は個人的な感情で動いちゃいけないからなぁ、難しいもんだ。


「まあ勝手に彼を使ったのは謝りますよ。しかしあそこで仕事をしているお陰か、ある程度オーフェンも親しまれていますからね。こうした行動をしなければいつまでたっても好転しません、まあ俺が何とかしますよ」

「……ううむ。まあやってしまったものは仕方がない。君に任せるしかないだろう。しかしこれだけは覚えておいて欲しいもんだ。人間もそんなに単純ではない、とな」

「勿論、分かってます。何か暴動が起きるかもしれませんし、常に俺の目は光らせておきましょう」

「頼んだぞ、英雄チハル」


 こうして今日の情報収集も終わり、後は適当にオーフェンが暮らしやすいよう根回しを行いつつ宿に帰る。収穫なしが当然だ、気を長くしてやっていこう。

 期限は一年だが、まだ一ヶ月も経っていないからな。






「さあお前ら、集まったな」


 夜になり、フェルナンデスが帰ってきてレティシアの仕事も終わった頃。俺は二人を部屋に集めて正座をさせた。今日は早めにレティシアの仕事を切り上げさせたため、掃除などの業務はオーフェンに任せている。


「一週間ご苦労だった。どうだ、魔法を使わない生活にも少しは慣れて来たんじゃないのか? 一週間ぶりに魔法も使えてご機嫌と見えるな」

「久々に魔法使えてストレス発散できたわ、やっぱり魔法があった方が仕事も進むし、疲れないっていいわぁー」


 レティシアがアホ面でそんなことを呟く中、フェルナンデスは神妙な顔で俺を見ていた。俺が何かをしようとしていることに気付いているのだろう。なんだ、馬鹿なのはレティシアだけか。


「そうだなレティシア。疲れないのはいいよな。じゃあ今日から筋トレをするぞ」

「え」

「だろうな……」


 レティシアはアホ面のまま固まり、フェルナンデスは溜め息を吐く。


「ええ、なんでっ、あんな地獄をまた……」

「疲れたくないんだろう? 毎日筋トレしていればその内慣れて疲れなくなるさ。第一魔法を禁止したのはあまりにもお前らに基礎的な筋肉が備わっていなかったからだ。では今日から毎日腕立て伏せと腹筋をして貰う」

「そ、そんな……腕立て伏せって、あの……? 鬼! 悪魔!」


 俺はレティシアのお子様な暴言をスルーし、一通りの説明をする。いや何簡単なことだ。腕立て十回を三セット。腹筋十回を三セット。本来ならばこれに背筋を加えてスクワットも加えてやりたいのだが、こいつらにそんな期待は出来ない。


「さぁ、今日からこのメニューを毎日こなすんだ」


 さあ筋トレだ。ひぃひぃ言いながら筋トレをこなす二人へ温かい視線を送りつつ、俺は腕組みしながら厳しい指摘をしていく。


「もうむり……助けて……」

「甘えるな! 今のお前ならこの程度できるはずだぞレティシア! 頑張れ! 頑張っただけの成果がお前を待ってる!」

「……ぐ、もう、腕が」

「後二回だ、踏ん張れフェルナンデス!」


 そうだ。お前らには頑張ってもらわなきゃいけないからな。

 俺が必要じゃなくなるまで、な。

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