三魔公オルフェニカ
12.馬面執事、就職する
元マジリカ側近オーフェンがグレゴリアに来てから、たった一日で一悶着も二悶着もあった。その日は三人の風魔法使い達が匿ってその中の誰かの家に泊めたからいいものの、次の日にその三人の帰還と同時にオーフェンの存在がバレてしまい、俺の力でギルド職員を英雄の圧で押さえ込んだ。次に町長と話し合って町に留まることは許可されたが――現在は要らぬ波乱を呼ばないよう、住民の目に触れないようにオーフェンは家からろくに出られない状況になってしまっている。
とまあ、そんな感じでオーフェンが表を歩けるように根回しをして東奔西走している内、俺は魔王軍の情報もそれとなく手に入れることに成功していた。
「どうやらマジリカはあの襲撃で逃走した後、どこにも姿を現していないらしいが……」
衛兵から聞いた情報や旅の商人や情報屋などから掻き集めた様々なものを照合した結果、マジリカは魔王の下に帰っていないということが判明した。となると転移魔法を目的の地じゃない場所に設定してしまい、そこに飛んだ可能性が浮上してくる。あの方向音痴振りを知っていると、それもあながちありそうだと思ってしまう自分がいる。
もしかしたらマジリカは既に魔王へ俺の情報を渡しており、俺を油断させるためだけに表上ではそうしている可能性もなくはないが……。
それにしても気になるのは、魔王軍の体制が変化したことだ。それまではマジリカが四天王として君臨していたのだが彼の名前は除名となり、四天王制は消滅。代わりに三魔公という者共が現れた。
三魔公とは名ばかりで、実際は四天王のマジリカを抜いた三名がその座に居ることが分かっている。三魔公にいるのはオルフェニカ、ダフィーリカ、バルバニカの三名だ。本来はここにマジリカを合わせて四天王だった……ということを考えると、本当にマジリカは魔王軍へ帰っていないのかもしれない。
というのも、俺を騙すにしては些かやり過ぎている面があるからだ。除名といった形ではあるが、マジリカ率いる軍が壊滅したのは事実。魔王軍からすればなるべく戦力が減ったことは隠しておきたいはず。だから俺を油断させるためだけに体制まで変更した、とは考えることは難しい。
ここは本当にマジリカの行方不明が濃厚なところだろう。そうなってくれるのが俺としても好都合だった。俺のこの力が露見していない今が動き時、英雄チハルの功績がグレゴリアから流れていけばいずれ俺のことは知られてしまうが、そこまで掛かる時間差を利用するのは容易いことだ。
それまでにやるべきことは大きく三つに分けられる。
この町の魔族に対する恐怖を消し去ること。
オーフェンの家族を一早くこちらへ連れてくること。
魔族と人間で共存を唱える平和の集団を作ること。
以上の三つだ。俺から魔王軍を蹴散らしに行くのもいいとは思ったが、その場合オーフェンの力を借りるのが難しくなる。まあ問答無用で魔王を倒せば一時的にこの世界の平穏は得られるだろうが、どうせまた誰か別の人物が世界を壊そうとするかもしれないからな。
それなら、最初から平和を目指す方がよっぽどいい。というか俺自身が魔王という存在に勝てるかが微妙なところだし、勝ち方もその後に影響する。
平和をもたらすのも面倒なもんだ。神的には一年後の破壊魔法さえ防げればなんでもよさそうな雰囲気だったからわざわざ平和まで作ってやる必要はないのだが、既にここは俺の生きる世界だ。
なら、俺のやりたいようにやるのが筋ってもんだろう。
「お前らは気楽でいいよな、筋肉痛如きで休めるんだからなぁ」
俺はベッドで苦しんでいるレティシアとフェルナンデスを見下ろし、案の定の光景に溜め息を吐いていた。
「いたい……全身いたい……助けてぇ……動けないよう」
「ぐっ……地獄だ……一体いつまでこの苦しみに耐えねばならんのだ……」
俺の話なんざ聞いちゃいない。
魔法禁止生活、三日目。フェルナンデスは先日の肉体労働と森への遠征による筋肉痛が全身を覆い、動けなくなっていた。
レティシアはレティシアでメイドの仕事で働き過ぎによる筋肉痛を起こし、やはり筋肉痛が全身に広がってベッドで寝込んでいる。
そして、レティシアが行動不能になると現在の宿屋は老婆一人で回すことが厳しく……。
「俺が働くのか? 何言ってんだ? なあおばあちゃん、俺忙しいんだけど……」
「実はレティシアちゃんのお陰で昨日はお客さんが一杯入ってしもうてのう」
くそ、レティシアに騙された豚共が。レティシアの猫耳と口調に騙されやがって今すぐ宿から出て行けゴミクズ共、とは言えない。
奴らは立派な宿の収入源だ。オタク文化はすごいのだ、馬鹿にはならない。
「でも俺が入ってもレティシア目当てのお客は喜ばないですよ」
「ふむ。それは仕方なきことじゃな。今日一日だけ頼まれてくれんか」
俺ができることは精々裏方業務のみだ。レティシアの代わりに食事を運んだところであの男共は喜ぶはずもない。英雄だが良い噂も悪い噂も垂れ流しの俺が出て行ったところで豚(客)は怖がるに決まっている。
あいつらは猫耳に癒されたいだけだ。でも老婆の頼みを断るわけにもいかんだろう。
「分かりました、今日だけ手伝いましょう。明日になったらレティシアには血反吐を吐いてでも働かせます」
というわけで、俺は今日限り宿屋の従業員となった。流石にこれからレティシア目当てで新しい客が来ても困るので立て看板に『猫耳メイドは体調不良のためお休みにゃん』と書いておいた。
二時間後。
レティシアがいないことに気付いたお客が次々とチェックアウトしていくのを見て、俺の苛々は最高潮に達していた。
「豚共があああああああああああああああああああああああああああ!」
俺がそういう営業にしたのが悪いのか?
チェックアウトした豚がさっきまで入っていた豚小屋を掃除して綺麗にしつつ、俺はレティシアの重要度を改めて知った。
道理であの時俺達しか客がいなかったはずである。
でもこの惨状を許すわけにはいかない。俺が働いた日だけ客が逃げるように消えていくだなんて有り得ん、後でレティシアが帳簿を見て調子に乗り「チハル様の底は浅いですからねぇ仕方ないですねぇあはははは」と金をちらつかせながら高笑いしているのが頭に浮かぶ。
そんなこと現実でやられたら必ず殺す。
くそう、何とか打開しなければ……。
そんな時、俺は閃いた。
……そうか! 豚はレティシアの猫耳メイドが見たくてここに来ているんだ。別にレティシアが汗水流して働いている必要は全くない!
「よし」
俺の組み立てたプラン。
これならレティシアも働けて、しかも。俺の目標の一つ、魔族のイメージアップにも繋がるはずだ――。
思い立ったが即行動だ。俺は自分の部屋に戻り、二人が苦しんでいる中レティシアだけを担ぎ上げ、一階手前の部屋にまで連れていってそこのベッドに投げ込んだ。
うむ、中々広いな。ここが一番よさそうだ。
「な、なにするんですかチハル様……?」
「なあレティシアよ。お前は今日、本当は働く日だよな?」
「は、はい……そうです、けど……身体が」
「よし、なら今からメイド服に着替えろ」
「え、でも、私動けな……まさか、チハル様……そんな……動けない猫耳メイドの私を好きなように陵辱しようと」
「お前はどんな想像してやがる!」
俺は老婆を呼び、レティシアをいつもの服装に着替えさせて欲しいと頼んだ。何か俺に考えがあると踏んだのか、頷いた老婆は筋肉痛で痛がるレティシアを無理矢理着替えさせに掛かる。
俺はガッツポーズをしてこの場を老婆に任せることにし――制服に着替え直して執事服を手に、宿を飛び出した。
「え、俺の……イメージ払拭……が、思いついた、だって?」
相変わらず情けない馬面をしたオーフェンは、風魔法使いの家で体育座りをしてぼけーとしていた。
「ああ、そうだ。というかこい、とりあえずこれに着替えるんだオーフェン」
「これは……? でも俺は外には出られない、一体、何を……」
俺は先程まで着ていた執事服を投げ、オーフェンはひひんと鼻息を荒げた。
「いいから着替えろ、大丈夫、お前は執事だ。馬面執事だ、早く着替えろ」
こうして馬面執事となったオーフェンを担ぎ、俺は多少本気を出すことにした。問題を起こすことなくオーフェンを宿まで運ぶにはこれしかない……!
建物の屋根に上がった俺は、ぐん、と足に力を込める。そしてさながら怪盗の如く、建物の屋根をぴょんぴょん飛び越えていく――。
大丈夫、誰もこんな状況を見て魔族だ魔族だと騒ぐやつはいない、だって、執事服を着た二足歩行の馬が英雄の俺に担がれて空を飛んでいるんだぜ……ホラ、怖くないだろう?
かくして役者は揃った。俺は驚いている老婆に大方の説明をし、馬面執事を宿に入れる。
「作戦はこうだ――」
俺は、老婆を呼んできて思い描いた理想のプランを彼らに説明した。
「な、なんだ、と……そ、そんなことで魔族が認められる、そんな馬鹿な話が」
「ふむ。なるほど、それならレティシアちゃんも働けるしわしは文句ないのう。その馬の顔をした人はチハルちゃんの知り合いかい?」
「ええ。人畜無害で涎を垂らすことしか知らない馬です。こいつは魔族ですが俺の知り合いなので大丈夫です」
「ふうむ、それならチハルちゃんに任せようかの」
俺は老婆に頭を下げ、手始めに立て看板を張り替える。中には『今日は特別な日! 猫耳メイドの優雅な一日を刮目して見よ!』と書いて表に出した。体調不良の紙は見ていてむかついたので破り捨てた。
看板を出した途端、その場ですぐにお客が集まってくる。
「ほう……これは何かの企画かな?」
「レティシアちゃん、今日も可愛いんだろうなぁ、見に行きたいなぁ」
「ブヒィッブヒィッ! これはアツアツですなぁ我々猫耳親衛隊の皆に伝えなければいけませぬ!」
うんうん。これは中々よさげだ。俺は「一時間後に開始します」とだけ伝えて宿の中に戻り、馬面と共にレティシアが眠る一階手前の部屋に入る。
中には、ベッドの上でぐったりとしているレティシアの姿が目に入った。彼女は涙目で俺を睨むが、すぐ横に居た馬面執事と目が合った途端に「ひぃ」と上擦った声を上げた。
「ちょ、ちょっと、あんた何よ! こっち来ないで……ひぐっ……チハル様ぁ、何をさせる気なんですか……」
「よくぞ聞いてくれたレティシア。今からこの馬面執事はお前専用の下僕となってこの部屋でお前の世話をする。お前はいつもの猫耳メイドの性格でただベッドに座り、見物に入ってくる豚……おっと、お客さんに笑顔を振り撒いているだけでいい」
「え、それって……まさか、私を見世物に」
「断じて違うぞレティシア。お前は見世物ではない、だがお客さんは皆筋肉痛に苦しむお前が心配なんだ! だからせめて……こうしているお前の元気そうな顔を見せてやろうとな……決して見世物じゃないぞレティシア、やってくれるな?」
「う、うう……なんか釈然としない……けど。それでいいなら、やります」
「よく言ったぞ、それでこそメイドの鏡だ!」
今度は馬面執事を呼び、小さな声で耳打ちする。
「オーフェン、お前はこのレティシアの身辺警護をするボディーガードだ。万が一動けないレティシアにおいたをしようとしてきた奴にだけ威圧をくれてやるだけの簡単なお仕事だ。これでお前の魔族としてのイメージは払拭される、皆はお前なんかには興味がないからな、傍に居ても何もしてこないイメージを持たせるのが重要だ、分かったらはいと言え」
「……それは、それでいいのか……? はい」
「よしよくぞ言った。ではお前はレティシアの横で佇んでおけ。それだけでいい」
こうして全ての準備は整った。
俺は老婆と一緒に受付に立ち、迫り来るお客様に本日の特別企画の説明をする。
「いらっしゃいませー、本日は猫耳メイドレティシアの日常が見られる宿泊コースと普通のコースがありまして、どちらになさ」
「猫耳メイドレティシアの日常で!!!!!!!!!!!」
「はい、かしこまりました。部屋番号はこちらになりますね、それではレティシアが生活している部屋に案内致します――」
このようにして、お客様はレティシアの部屋に案内されていく。お客様は最初こそ馬面執事を見て驚くが、次第にそんな奴の存在など忘れてレティシアに魅入っていた。
こうしてお客様は増えていく。しかし何故か部屋を借りたお客様はレティシアの部屋から出て行かず、皆が皆筋肉痛に悶えるレティシアへ愛でるような熱い眼差しを送っていた――。
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