11.共存を説く者
「いやぁね? 案外話してみたらオーちゃんいい奴でさぁ!」
「そうそう、まあ英雄さんも一杯飲んでけってーオーちゃんの苦労話聞いてけってー? 魔王軍とか戦争とかさ、考え改めるぜ?」
最初は静観するつもりだったのだが、迂闊にも叫んでしまって気付かれ、結局こうして酒の席に同席する羽目に遭ってしまった。ちなみにフェルナンデスは隣でぐったりしている。
おい俺に酒注ぐな、どうせ飲まんぞ。
てかお前らそれでいいのか。人間と魔王軍って戦争してんじゃないの? お前ら残党狩りしに来たんじゃないの? それがさ、一体どんなことがあったら魔王軍と酒飲む事態に陥るわけ? あたし意味わかんないぃ教えて馬鹿のレティシアお前なら分かるだろ。
このよく分からん雰囲気の中、オーちゃんと親しげに呼ばれる馬面は俺を見て怯えた表情のまま固まっている。まぁそりゃそうだ。お前本気でぶん殴ったらどっか飛んでったからな。寧ろよく生きていたなと言わざるを得ないくらいだ、怪我も治ってるみたいだし。
「まあいいよ、分かった。俺も散々レティシアに振り回された身だからな、このくらいのイレギュラーには目を瞑ってお前らの話を聞いてやるよ。だから言ってみ? どうしてこうなったか。おい馬面殴らねぇから距離置くな、怯えんな。今殺す気はねぇ」
「あ……その、虫けら呼ばわりして……その……なんだろ、あ、あの、そう、ご、ごめん。マジリカ様に踊らされて……調子乗って……乗ってました」
「コミュ障かよ」
やたらと人間臭い馬面はさておき、この魔法使い三名に事情を伺うことに。すると代表してか、酒を一気飲みした奴が話を始めた。
「あれよ、依頼でここに来たんだけどさ――」
「気を付けろよ、相手は魔族だ。決して油断ならねぇ」
「ああ――全く、俺ら外れクジ引いたな……今日が命日か」
「おい止めろよマジでそういうのさ、俺らじゃ敵わないとか、いやマジ止めろよ……希望持てよ」
矢面に立たされた風魔法使いの三人は、絶望的な表情で鬱蒼とした森を探索していた。魔族の駆逐を命じられて来たはいいものの、相手は魔王軍の精鋭。田舎の小さい町でただ魔法を練習してきた三人がそんな得体の知れない奴らに勝てるというのか――いやあり得ない、そんなのあり得ない風魔法が得意といっても正直あんまり戦うの得意じゃないしぃ? どちらかと言えば物作りとか大好きだしぃ? なんでこんな仕事してるのか分からないけど確か金が無くて依頼受けたような……あれこれ自ら矢面に立った形じゃねぇぇぇ? と、三人が考えていたところ。
「まあ希望は持つべきだよ……俺に希望はないけど。なぁ……ちょっと孤独で辛くてさ……誰でもいいから話相手が欲しくてさ……悲しきかな」
「ああ……ん? お前誰……え?」
その時三人が見たのは馬面の怪物ッッ! 二本足で立って人間みたいな身体をしている癖に頭部だけが馬面をしている可笑しきかなッッ!
「お、おおおお前は……魔族!? イメージと違う!」
「マジリカ様の側近オーフェンとは俺のこと。だけど……ほら。結果的に皆離れ離れになってさ、俺一人ぼっちだし……寂しいし……戦う気力とかないし……でもお前ら三人みたいな討伐隊が組まれてほら、こうして倒しにくるわけじゃん? 慈悲もないじゃん? 俺に勝ち目ないじゃん? だからさ、死ぬ前に話し相手になってよ……もう言語通じれば敵でもいいよ……」
オーフェンは絶望していた。もはや魔王軍とか戦争とか種族間の関係を考える余裕すらもなく、一歩先の自分すらも見えない。上司のマジリカは間違いなく自分を死んでいると思っているに違いないし、万が一生き残っていることが分かっていてもそのまま魔王軍に戻れるとは限らない。
マジリカクラスの強者なら、一度の失敗くらいは――内容にも依るが失脚することはないのだが……。しかしそれは四天王だからだ。簡単に替えが利かないクラスだからそうなのであって、その部下は違う。いかに側近のオーフェンであろうと、こうして敗北した場合は“死んだことになった”方が都合がよいのだ。魔王軍も一枚岩ではない。いくら上司のマジリカが許してものこのこ魔王軍に戻ってきたオーフェンをその他の四天王が許すかどうか。
それには様々な思惑が絡んでいるが、結局オーフェンが魔王軍へ戻れる確率はゼロに近く、こうして森の生物として一生を過ごすことになる。
こうしてオーフェンは魔王軍という地位から簡単に失脚し、ただの一魔族として、底辺の生活を送らなければいけない羽目になった。これでは一歩先の未来も見えない、明日の生活もままならない。どん底だ。
どうしてこんな状態で生を望めようか――。
そんな時だ。風魔法使いが討伐隊として現れ、オーフェンを駆逐しにやってきたのは。もうすがる相手もいなかったオーフェンは何をとち狂ったか、敵である風魔法使い三人に自ら接触しに行った。
すると、奴らはそんなオーフェンを見てこう言ったのである――。
「まあ、飲もうぜ?」
「というわけだ……どうだ。泣ける話だろ?」
「いや倒せよ」
俺は訳の分からんことをほざく三名へ辛辣な言葉を放ち、オーフェンを指差す。
「こいつは魔王軍として町を奪いにやって来た。もしも仮に俺がいなくてそのまま襲われたとしよう。お前らはこの馬面に同じような態度を取れんのか? いいや、この馬面はお前らに優しくすると思っているのか? そんなことはないな、今頃お前らは魔王軍に蹂躙されて死んでいただろうな」
何も冗談ではない。予定通りに町を落とした場合、その町人は死ぬか奴隷になるかだ。たまたま俺がいて勝ったからこうしているだけ。本来ならばこんなやつは生きているべきではない。
「……確かにそうだ、な。俺は、もう死ぬべきだった」
馬面はその口から唾液をこぼし、ひひんひひんと呻く。
どうでもいいけど酒を飲みながら喋るな。
「俺はお前を許せないが、同時にこうなることも覚悟していた。魔王軍という職を選んでしまった以上、こうなった時に未来がないなんてことは分かっていたんだ――だが、俺には妻がいて、養わなければいけない子がいて、全員で食っていくには魔王軍に入るしかなかったんだ! なのにあんな方向音痴のマジリカに付き合わされてたった一人のお前に敗北して、マジリカに最後まで媚びを売ったが結局誰も助けに来なかった! お前なんてもう用済みだと言わんばかりに捨てられて、あのマジリカですらもこの地に戻ってこようとさえしなかった! 俺の今まではなんだったんだ……本当は戦いなんてしたくなかったんだ。それが……いつから歯車が、壊れて」
「なるほど」
泣き崩れたオーフェンへ鋭い視線を叩き付け、俺は腕組みをして数度頷く。確かにこんな話をされちゃ同情もするかもしれない。
甘い奴らならな。
「馬面。お前は自分の家族を食わせるため、他者を虐げる仕事に就いた。それがそもそもの間違いだ。お前は家族を食わせたいがため、グレゴリアという町一つを落とそうとしたんだ。いいや、その前に帝都なんちゃらだかを落としていたな……じゃあそうなって当然だ、甘えるなよ敗者! お前は目先の欲に囚われて視野を狭め、それしかないと諦めてしまった愚者だ。本当に戦いたくないというならあの態度はなんだ? 俺を雑魚だと罵った時のお前は最高に輝いてたじゃねぇか! なあそうだろ? お前が俺を雑魚だと言わなければ魔王軍は俺に対して舐めた態度で掛かってくることもなかった! お前がマジリカ率いる軍の敗北を生んだそもそもの原因だ! お前の責任だ! ――俺はお前みたいな奴が世界で一番嫌いなんだよ」
馬面の胸ぐらを掴んだ俺は――生気のない目を目の当たりにして、ふんと鼻息を鳴らして白けた。
風魔法使い達も呆気に取られて俺を見ている。フェルナンデスはまだひぃひぃ言っている。
「馬面。俺の言ったことは間違っているか?」
「……」
「お前は最低な野郎だ。上司に媚びを売り続け、その上司が助けに来ないと分かった途端に切り捨てるゴミだ。そんな奴に手を差し伸べる奴がいるなら逆に驚きだな」
「お、おい……それ以上は止めようぜ……?」
そろそろ聞くに耐えなくなったか、魔法使いの一人が口を挟んだ。俺はそいつを一睨みで黙らせ、馬面へ再度向き直る。
久々に怒っちまった気がするな。こいつはいつ以来だ、少なくとも俺がこの世界に来る以前か。
まだ元の世界で生きていた頃――こいつみたいな奴に怒鳴り散らかしたことがある。その時はそれで終わりだった。
だが、今は違う。俺はただ怒っているわけじゃない。ちゃんと未来のことを考えている。
こいつは――オーフェンは、使えそうだと。俺の頭が言っている。
「馬面。お前はこいつらに奇跡的に助けられ、こうして今も討伐されずに生きている。だがお前は何をしているんだ? 一体いつからこうしていたのか知らんが、家族をほったらかしにして酒を飲む余裕があるじゃないか。それとも酒でも飲んで全てを忘れたかったか? ――いいや、お前は忘れても、他の皆は覚えている。お前の失態を。お前が晒した全ての醜態を。そしてお前が敗北した事実は何も変わらない。そんな中、お前は無様に酒を飲みながら家族のことも忘れ、こうして堕落した毎日を過ごすんだ。さぞ楽しいだろうな、現実逃避した世界は。自分一人で生きていくだけならさぞ楽だろうなぁ、馬面」
「ぐ……なんで、お前に、俺の何が分かる! 俺の苦しみの何がお前に理解できるってんだ! もう全部終わったんだよ、俺はこうなることを覚悟して今まで生きてきた、もう何もかもが終わった! もうそんな言葉は聞きたくない――俺を、俺を殺せ!」
そうだ、その言葉を待っていたぞ。
「――そうか」
俺はゆっくり拳を握り、馬面の顔面へ近づけていく。魔法使い達は俺を睨むが、それ以上は何もしてはこない。
フェルナンデスはまだひいひい言っている。
「じゃあ、お前を殺してやろう」
その拳を、本当に軽く。馬面の額に当てた。それでも一メートルほと吹っ飛んだ馬面は訳の分からないといった顔で俺を見て、俺はそんな馬面へ笑みを見せる。
「魔王軍のお前は死んだ。俺はお前を殺した――これからの命、この俺が預かろう。オーフェン」
「……は、え?」
「俺の言っていることが分からないか?」
馬面は涎を垂らし、ぷるぷると頭部を左右に振った。
ならば教えてやろう。
「俺はお前の話を聞いて、魔王軍にもお前のような考えの奴がいるのではないかと思っている。いや確実にいるな。で、その内の一人であるお前をこのまま殺すには惜しいとも思った。なぁ、オーフェン。お前はこのままあの世へ逝って満足か? 家族を残して死んで、満足か?」
「……何が、言いたい」
「いいから答えろ」
馬面は一瞬だけ黙り、「満足じゃない」と小さくこぼした。
「そうか……それなら話は早い。お前にはとっておきの居場所を提供してやる、人間側に付いて魔王軍と戦え。そうすりゃ家族を助けてやろう。お前は一度は魔王軍に入って人間を滅ぼそうとした身、それが人間から魔族とモンスターに変わるだけだろ? なぁオーフェンどうだ。頷いてみせろ。そうすりゃ、家族を助けてやる」
「……ふざけるんじゃねぇ、同胞を殺せってのか、お前はそう言うのか――俺は、お前の提案には乗らない、もう一度言う、殺せ。そんなんで生き永らえても、家族は絶対に俺を許さない! 俺も俺を許せなくなる……だからお断りだ、英雄!」
「……おい今何つった? もう一回言ってみろよ」
俺はそう言ってから――。
その場で、腹を抱えて大爆笑した。皆が俺に注目するように。オーフェンが怒りをたぎらせるように。
げらげらと笑う。
だからこそこれから与える鞭は、甘美なものになるだろう。
「はっはっはっはぁ! お前にもプライドがあるじゃねぇか! 気に入ったぞオーフェン! ここで素直に従うようならこの場でぶっ殺していた、だがお前は違う。お前は同族を思いやれる奴だ! 家族を思いやれる奴だ!」
俺は土魔術で作られたテーブルを乗り越え、倒れるオーフェンの右手を取った。
「俺は平和を築く者、英雄チハル! このくだらねぇ戦争を終わらせようじゃないか、オーフェン! どちらかが勝って終わる戦争なんてのは一方的な平穏でしかない――俺は理由あって魔王を下すが、種族の消滅まで望んでいるわけではない! その為にオーフェン、お前が必要だ! その命、捨てるつもりなら俺に寄越せ! きっと後悔はさせないぞ!」
――さあ、こんな雑な演説はこの程度でいい。俺はこの馬面の泣き顔を見て確信した。
こいつは俺の仲間になる。そしてこいつを仲間にできれば、きっと選択肢は広がる。
「俺は……どうすれば、いい」
握り返してくる手を強く掴まえ、俺は勝利の笑みを浮かべた。最初はこんなつもりはなかったが、これもいい。
「まあ簡単に言えば、お前は平和を訴えるだけでいい、そして決して戦うな。魔王軍の残党でも誰でもいいから、そういう仲間を増やせ。そうだ、人間と魔族の共存だ。人間側の魔族に対する偏見は俺がどうにかしてやるよ……とりあえず、グレゴリアに来い。詳しい話はそっからだ」
一瞬の静寂。それはすぐに、崩壊する。
「流石は町の英雄様!」
「考えてるスケールが俺達とは違いやがる!」
「魔族との共存、そりゃすげぇぜ……」
俺は馬面を立ち上がらせ、そうしてからやっと手を離した。
魔王軍の残党狩りに来たわけだが、いい収穫だった。
俺はオーフェンと風魔法使いの三人を連れ、今後を夢想しながら町へ帰る。
まずは衛兵やら町長やらギルドの上司なんかに話を通して、グレゴリアにオーフェンが安全に暮らせるところを提供しよう。
元々そんなつもりはなかったが、世界の崩壊を止められればなんでもいいのだ。その為に魔族と共存か、俺も大胆なことを考えるな――はは、楽しくなってきた。
少なくとも獣人の女が人間に受け入れられているのなら、考える余地は十分にあるはずだ。
とりあえず今日のところはオーフェンは風魔法使いの三人に任せるとして……。
「あ」
俺は何かを忘れているような感じがした。
きっと気のせいだろう。そう思って宿に帰り、レティシアの顔を見た瞬間にふと思い出した。
「あ、フェルナンデス森に忘れてきた」
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