10.ギルドの依頼

 予定通り、ギルドの再建の手伝いに来ていた。

 俺がギルド員達に昨夜の内容をかいつまんで説明すると、訝しげな顔をしながらも承諾してくれた。これを言ったのが英雄じゃなければ一蹴されてもおかしくはない話だが……。

 ギルドの再建は非常に効率良く行われていた。作業も終盤に入っていて、土魔法が得意な連中が土木工事を進めているといった模様である。作業内容的には今日で終わるらしく、レティシアの件でお世話になったあの上司には「英雄様は休んでいても良いのですよ」と言われてしまった。


 だがまあフェルナンデスを一人で放置するわけにもいかんだろう。俺は残る瓦礫の運搬などをしつつ隣でげっそりしているフェルナンデスに声を掛けた。


「おいおい大丈夫かよ」

「つれぇ……魔法使わないと、こんなに体力がなくなってしまうものなんだな……チハルさん本当に魔法使ってないのか? にわかに信じられないぜ……」

「使ってねぇよ、魔力反応ないだろ? ま、最初はそんなもんだ。俺だって最初からこうだったわけじゃないんだ。記憶がないのは残念だが、こうして長い年月身体を鍛えていたことは明瞭に覚えている」

「……そうか。最初は不思議な出会いだったが、こうしているのは悪くない。チハルさんがこの町に来たのは、何かの天啓があってのことなのかもしれないな」


 あながち間違っちゃいないな。きっと神はマジリカが襲撃してくることを知っていて、俺をこの町付近に落としたんだろう。あれ以来一切の接触はないが、どうしているんだろうか。オッサンって言えば返事くるかな。


 オッサン。


 おいオッサン。


 ……。


「ま、これも何かの縁だ。俺はとりあえず魔王ぶっ倒すつもりだが、何かの形でお前が役に立ってくれることを願ってるよ」


 はい今のなし。どうせあのオッサンも忙しくて聞いちゃいないだろ。別に手を借りるつもりもなかったし、いいか。


「っは……マジリカから逃げようとしたボンクラの俺に何を期待してくれてんだ……添えないぜ、多分。期待にはな」


 フェルナンデスは小石よりちょっと大きい程度の瓦礫を運びながら、暗い顔でそんなことを言った。

 そういやそうだったな、こいつら逃げようとしてたんだっけ。


 俺は両手で持ちきれないような大きさの瓦礫を運びながらフェルナンデスへ返事をする。


「いや期待なんかしてねぇよ。お前らが魔王討伐の旅に付いてくるとは思ってないしな。ただ、この町を守れるくらい強くなっとけよ」

「……やっぱり、チハルさんはこの町出るんだな」


 今更何を。確かにこの町にいれば楽だが、あと一年で世界が崩壊するってのを知ってる俺がここでのんびりするわけにもいかんからな。

 いやなんか調子狂うな、我らがボケ担当が居ればこんな話にはならないんだが。

 こいつなんか思ったより真面目だしな。そんなに気を張りつめてどうすんだろうな、寿命縮むぞ?


「近い内な。逃したマジリカがどう動くか気になってるから、もう少し残るけど」


 俺が旅立った後にひょっこりマジリカが現れて町崩壊させられても洒落にならんだろ。その為の俺だし、その後のためのお前らだ。

 レティシアもやれば出来る子だと俺は信じている。


 そんな話を続けながら、復旧作業に勤しむ俺とフェルナンデス。


 作業は順調に進み、陽が天辺まで昇った辺りでギルドの再建が終了した。






「はぁ、俺に依頼を受けて欲しい?」


 午後。あの上司がやってきて、再建後のギルド内で休憩していた俺とフェルナンデスを呼び止めた。俺はシャツをぱたぱた扇ぎながらその上司へ目をやり、疑問を口にする。


「ええ……近辺の森にモンスターが潜伏していまして。討伐に出かけた風魔法使い三名が帰って来ないのです。ここは是非英雄様に討伐をお願いしたくやって来ました」


 というかもう営業再開か? 早くね?

 適当に周りを見るとあの時とっ捕まえた受付の子と目が合い、逸らされてしまう。その、俺が変態だとか悪い人だとか、そういう目で見るのは止めてくれると嬉しいなぁ。一般の女の子にそれをやられるとちょっと辛い。


「別にいいが、俺以外に頼りになりそうな奴とかはいないの?」

「はい、いません。恐らく相手は魔王軍の残党です、これ以上そこらの魔法使いを派遣して返り討ちに遭っても困りますから。英雄様、お願いします」


 ああ、確かに何匹か逃がしたな。魔王軍も森に隠れてないでもっと遠くに逃げときゃよかったのに。

 俺は重い腰を上げる。まあこの町の雑魚共じゃ誰も行かないよな。俺一人を置いて町の奥へ逃げる腰抜けじゃ無理だよな。


「んじゃフェルナンデス借りてくが、いいか?」

「勿論です。断る理由はありません」


 俺はフェルナンデスへ目配せをする。フェルナンデスは眉をつり上げ、俺に疑問を放った。


「俺魔法使っちゃいけないんじゃないのか?」

「ああ? 駄目とは言わないが危険な時以外は極力使うな。今回は丁度いい機会だし、俺の戦い方を見せてやろうと思ってな、どうだ?」

「なるほど……俺もチハルさんの戦いに興味がある。是非」

「はいおっけー。あ、報酬は俺が借りてる宿屋のおばあちゃんにでも渡しておいてくれ」


 三食くれて俺たちを無料で泊まらせてくれるあの人にたまにはお礼をしないとな。

 そうと決まったら出発だ。


 俺は座っていた椅子から飛び降り、一つ伸びをする。

 レティシアは忙しいだろうし置いてってもいいか。


「じゃあ行くぞ」

「……おう。なぁ、あの森まで魔法なしで行くのか?」

「当たり前だ」

「……了解した」


 どうも身体強化をしなければすぐに疲労がくるらしい。どんだけ筋肉衰えてんだよ。






 ――ゼファールの森――


 魔王軍が潜伏している森は、そんな名を付けられている。かつてここに住んでいた獣人ゼファールから取ったそうだ。

 まあ俺はそんな奴知らないからどうでもいい。


 鬱蒼とした森を歩きながら、疲れ果てて呼吸困難に陥っているフェルナンデスに目をやった。


「お前本当に死にそうだな」

「……ひゅうっ、ヒュ――はっはがっひぃい……な、なん、だ。俺はまだ、ひゅうっ、まだ、行ける、ぞ……」


 フェルナンデスは青い顔をしていた。これマジで死ぬんじぇねぇの? もう少し悪化したら魔法の使用許可しよう。


 さて。まあ、こっちの森にまで火事が広がってなくて良かった。

 この前マジリカが引き起こした火計は草原一帯を燃やす結果となったものの、途中で自然鎮火していたために草原の全てが焼け野原と化す事態には陥らなかった。

 町から外を見た時の景観は非常にアレだが、別に俺のせいじゃないしな!


「よし、ちょっと休憩しよう、フェルナンデス。お前はよくやった。とりあえずそこの茂みで休もう、休め」

「ひゅうっひきゅうっ……はひゅひゅっ……」


 こいつぁ重症だ。

 フェルナンデスは心臓の位置を右手で押さえ、ぜえぜえどころかはひゅうはひゅうと荒い息を繰り返している。俺はとりあえず茂みに身を隠す形でフェルナンデスを座らせ、休憩することに。


「おい……あれ……」


 そんな中で。フェルナンデスは今にも死にそうな声で言い、茂みから見える開けた空間を指差した。

 なんだと思ってその方向へ視線を合わせると――。




「あぁーつっかれたなぁ」

「まじそれな」


 二名の男性がキノコなどを抱えて現れ、転がした丸太に座って溜め息を吐く。どちらも緑色のローブを着ている。そこにもう一人、巨大な樽を転がしながら現れた同じく緑色のローブ。これで三人、間違いなく風の魔法使いだ。


「おいおいまだ支度できてねぇのかよー、そろそろオーちゃん帰ってくるぞ?」

「あ、塩どっかいった」

「ああ塩俺が持ってるわ」

「んじゃお前キノコ焼いといて、俺肉焼く台とかそういうの作るから」


 奴らは会話をしながら土魔法でテーブルやらを作りだし、キノコを焼き始める。じゅうと焼けるキノコの良い香りが森を満たしていく。


「今日もあの泉酒?」

「しかたないだろーあそこから湧く酒しかないんだからよ。その内町に帰ったら調達してきてやるって」


 そう言い、樽を起こして蓋を開ける。きついアルコールの臭いがむわんと周囲に洩れる。


「相変わらず癖つえぇなぁーま、これが癖になるんだよな?」

「そうそ、オーちゃんもこれ好きだっつってたし……おお! 噂をすればオーちゃん! それ何よ? 何の肉……おおそれグレートボアーじゃーん、煮込むとうまいやつだぜ」

「え、そうなの? 焼こうと思ったんだけど」


 こんな森で、自宅で過ごしているかのような日常会話をしながら割って入ってくる――馬面。

 俺は目を疑った。


「あはは、まあいいんじゃねぇの? 歯ごたえしっかりしてっから酒のつまみには持ってこいかもな。とりあえず飲もうや!」


 ……こいつら何やってんだ。


 風魔法使い三名が馬面をオーちゃんと呼び、まるで親友でも呼ぶかのように彼を酒の場に招待する。誰が取り出したか四人分の木のカップに酒を注ぎ、奴らはそれを天に掲げた。


「今日も一日お疲れさま! かんぱーい!」

「かんぱーーーーーい!」


 かしゃん、かしゃん、と打ちならされる木のカップ。


「何やってんだお前らああああああああああああああああああ!?」


 そんな異常な光景を見て。

 思わず俺は、立ち上がって叫んでしまったのである。

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