2.街中を旅しよう


「わぁー……これ、かわいい! ホラ見てよ、どう? 似合う? 似合うでしょ?」

「お前なら何着ても似合うだろ自称美少女(笑)なんだから」

「嘲笑が見えた気がするのは気のせい……? ま、まあ私は可愛いけど? 何? この可愛さにやぁっと気づいたのねチハル様は」

「いい加減とってつけたように『様』って付けるの止めね?」

「チハルさん、少しは褒めてやってやれ……」

「あぁ? だから似合ってるって、つか何時間服見てるつもりだ……色々見せてやるとは言ったが」

「そうだな……」


 俺とフェルナンデスが同時に深い溜め息を吐く、そんなショッピングモールでの一幕。


 レティシアの興味赴くままに街を歩き出してから、早四時間が経過しようとしていた。この時間に何を長ったらしく眺めているかと言えば大体が服や指輪やネックレスや帽子などの衣類や装飾品の類である。


 あちらにはここまでご大層な店も設備も種類もなかったから仕方がないとはいえ、ここまで休憩無しで歩き回れば誰でも疲労くらい溜まるってもんだ。


 まぁ魔力や能力が付与されていない純粋なお洒落なんて初めてだろうから仕方ないとは思うけどな。


 にしたって、新しい服を試着して出てくる度に「どう? 可愛い?」と毎回聞かされるこっちの身になってみろってもんだ。

 いや実際のところ似合っているし、見慣れたローブではなくこちらで洒落た格好をしているレティシアが可愛いというのは確かではあるのだが――図に乗りそうなので絶対に口にはしなかった。


「そろそろいいか? 悪いがいつまでこっちに居るか分からねぇんだ。金を稼げる当ても無いし、こんな高いのは買えないからな」

「いえ、チハル様に買って貰おうとは別に思ってないわ。ホラ、好きなだけ試着させてくれるし! これで結構楽しいからね」


 ああそうだな。毎度「彼氏さん、可愛い彼女の為にひと肌脱いじゃいましょう」ってアパレル店員に脅迫される俺は別に楽しくないけど。


「あー、でも。そろそろ大丈夫。私は結構楽しんだから、次はフェルナンデスの行きたい所に行きましょう?」

「アイツはアイツで結構楽しんでるよ……お前が服選びに夢中になってる間にな」


 俺は親指で右の方を指す。レティシアの視線がそちらに移動し――その奥には、テレビ画面に夢中になっているフェルナンデスがいた。

 知ってるか? 場所移動する度にこいつその場にあるモニターに張り付いてるんだぜ?


「お、おい……いやぁ、すっげぇ……どうなってんだほんとにおい……な、なぁチハルさん! 戦ってるよ! カッコイイ! どうやってるんだ!?」

「そわそわすんなお前がやっても可愛くねぇぞ。あとこれは別に、本当に戦ってるわけじゃねぇな」


 フェルナンデスとレティシアがこの世界で一番に驚いたのは、寿司食いながら何気なく付けてしまった“テレビ”の存在である。画面の中で人が動いているという感覚自体を持っていない彼らは、互いにどういう原理で動いているのかを議論し合っていた。


 レティシアはこれが何らかの魔法による投影技術か何かと勘違いし、フェルナンデスは何とこのテレビの中に人が入っている等と言い出していたな。

 突っ込むのがもう面倒臭いが、こんな薄っぺらい画面の中に人が入ってたら普通に圧死するぞ? それに魔法じゃねぇって言ったはずだが、レティシアの言葉が意外に正解に近いかもしれない。


 ――まあそんなこともあって、俺はテレビの原理やら仕組みやらとかってのを二人には一度説明しているのだ。それにより興味を持ったのがフェルナンデスで、レティシアはそこまででもなかったらしい。


「こいつはドラマって言ってな? 誰かが作った創作の物語で、その物語に合わせて役者がそのキャラクターを演じてんだよ。俺達の世界で言えば、劇団や吟遊詩人や踊り子なんていう連中に似通っているな」

「で、でもこれは演じるってレベルじゃ」

「何度も練習してるんだろうよ。それに、この派手な演出は後で付け足しているんだ。この画面で見ている俺達だから、こう見えるわけだ」

「む、難しいんだな……何言ってるか半分わからないけど」

「俺だって専門分野じゃねぇから大した説明もできねぇし、半分も分かれば上出来だ。まあ好きなだけ楽しんでおけよ」


 フェルナンデスが特にハマったのはアニメ等の創作物語だった。特に戦闘シーンに入ると子供のように目が輝いているため、こいつは間違いない。

 きっと俺の部屋に録画してあるアニメを見せたら沼に引きずり込まれるだろう。見せてやるか、今夜見せてみよう。こいつの反応がどうなるか楽しみだ。


「さて。そろそろお前らも慣れてきたろ。つっても、色々疑問は残ってるだろうが」

「ああ……すごいな、チハルさんはこんな凄い世界から俺達みたいなとこに来たのか……」

「……私、こっちに永住したくなってきたかも」

「冗談は止せ。とりあえず、俺はお前達二人に服を買ってやろうと思う。理由は分かるよな?」


 レティシアもフェルナンデスも顔を見合わせた。

 どうやら他人の視線というものがこいつらの中には存在していないらしいな?


「お前ら目立ち過ぎだ。別にこのままでもいいんじゃねぇかと思ったがやっぱり多少は気になるからな。安物になるが、一式買ってやることにした」

「……え? さすがチハル様! 懐が広いわ! 愛してる!」

「な、何、本当か!? 実は俺もレティシアほどじゃないが、気になってたんだ!」

「あ、ああ。うん、分かったから叫ぶな」


 こいつらの服装は異国というよりコスプレのそれに近い。やたら完成度の高い衣装……じゃないんだが、こんなド派手なローブを着ていればそう思われても仕方ないだろう。

 二人共顔立ちが日本人離れしているため、民族衣装に見えなくもないが、郷に入っては郷に従えとも言うしな。

 ここは日本スタイルに合わせたほうが無難だろう。


 あと暑苦しい。


「ま、見てくれ整えるだけで十分馴染むだろ?」







 そんなこんなで向かった激安衣類センター。

 無事にイメチェンを果たした二人の高すぎるテンションに縄を掛けつつ、俺は一人考え込んでいた。


 ――果たして、原因は何だろうか。

 勿論、俺がこの世界に戻ってきてしまった理由、だ。今朝も同じことを考えちゃいたのだが、結局のところ結論が出るはずもなく。

 しかし、出ないからといって思考を放棄するのは良くないだろう。


 特に俺だけではなく、この二人も一緒に連れて来てしまっている以上は――。

 レティシアとフェルナンデスを見やり、俺は溜め息を落とした。


 こいつはただの観光じゃないんだ。

 れっきとした異常事態で、早い内に原因と解決策を究明しなければなるまい。俺も、こいつらも、こっちでのうのうと時間を過ごしている暇などないのだから。


「チハル様ー、お腹が減りました!」

「この“ちらし”とやらに書かれていた“ふぁみれす”というのに美味しそうな食べ物が売っているらしいぞ」

「あ、“おすし”も売ってるじゃない!」

「すごいな生魚……こっちじゃどこ行っても食えるのか」

「お前ら素で順応してきやがったな」


 しかしレティシアもフェルナンデスも、初めて洋服着た癖に適当にコーディネートしただけの服装が結構似合っているようで。


 レティシアは両肩を丸出しにしたひらひらで黒系の服に薄い緑の生地のスカート、フェルナンデスは薄めの白シャツに紺色のジーパンだ。うん、ラフな服装だからよく分かるぞ、お前ら筋トレしてて良かったな。今でこそ良い肉付きだが、これが最初の段階だったら骨と皮の塊が服着てるだけだったもんなぁ。

 むしろこの三人の中じゃ俺が一番浮いてるまであるぞ、いやファッションとか知らねぇけど。


「仕方ねぇ、飯にすっか。そこのファミレスも随分近いとこにあるみたいだしな」

「いいのか……? これってお高いんじゃ」

「テメェらの服の十分の一もしねぇよ」

「えっ」


 いくら安いっても二人分フルセット合わせてみろ、万は軽く弾け飛んだわ。まあちょっと出費は痛いがこれも必要経費だからな……いやほんとに、早く帰る方法探さねぇと。


 こっちの世界じゃ動物狩り殺して焼いて食いましたーなん

て野生動物バリの生活はできないし、色々と洒落にならん。まだ焦るほどではないが。


「腹ごしらえしたらさっさと帰る方法探すぞ。突然飛ばされてきたってのは謎でしかないが、何か理由があるはずだ」


 神様が俺に世界を救わせたかったように。

 この世界側に何かの問題があるならば、それを解決すれば元に戻るはずで。


 そもそも俺達は一緒にすらいなかったはずだ。俺はイグジスで暮らし、レティシアもあのグレゴリアで留まり、フェルナンデスはギルド関連の任務で各地を奔走していたはず。


 なのにこちらに来たのが俺達三人だけだった――それが重要だ。


 そうでなければ俺と一緒にくっついて来たのが現在一緒に住んでいるマジリカやラミィでも全くおかしくはない。

 でもマジリカだったら今頃国に確保されて裏の世界で実験体にでもされてそうだな……いやほんとにアイツじゃなくてよかったと思う。

 しかもラミィとか絶対俺誘拐犯扱いされてひっ捕らえられるじゃん……やべぇな、こいつらでマジよかったわ。


「……ねぇ、チハル」

「あぁ?」


 珍しくレティシアが真面目なトーンで話を振ってきたため、俺は一瞬戸惑ってから返事をする。

 彼女は不安げに、しかし俺の目を真っ直ぐに見ていた。


「無理、してない?」

「俺が? なんで急に」

「だってここはチハルの元いた世界……なんでしょ? だったら、ここがチハルの居場所じゃない。だから、」

「あぁそのことか」


 俺は笑う。なんだ、急に気遣って来やがったと思いきやそんなことだとはな。フェルナンデスも妙に黙りやがって。

 ずっと気になっていた……か。そりゃそうか。


「俺はな、本当は魔王をぶっ殺したら元の世界に戻る予定だった――らしい」


 二人は目を見開いて硬直する。

 そんなに驚くなよ、俺はお前らの前から消えたりしねぇから。


 魔王を倒して世界を救うという目的を完遂した俺が死に掛けたあの時、あの世界で生還するかこっちの世界に戻るかを選べると神は言っていたけれど。


「だがな、俺は自らの意思で向こうに残ることを決意したんだ。そりゃ未練もあったが、俺はもうこの世界では死者なんだよ。居ちゃいけねぇ人間だ。だから――俺は向こうに戻る、やらなきゃならねぇことも山積みだ」

「で、でも」

「気にすんな、未練はあっても後悔はねぇさ。俺は死ぬべくして死んだし、生きるべくしてあの日生還しただけだ。それとも何だ、俺にはもうそっちに行ってほしくねぇってか?」


 俺はレティシアの肩を叩いてそう言ってやった。

 彼女はそんな俺の手に右手で触れて、小さく零す。


「――……そんなわけないじゃない。よかった、だって私は……てっきり、チハルはもう帰らないんじゃないかって、思ってたから」

「フェルナンデス、お前もそう思ってたりすんのか?」

「正直、心のどこかでそのような気持ちはあった」

「馬鹿野郎、仮にもお前らの師匠がそんな情けないことするかよ。ホラ飯いに行くぞ、飯」


 俺にとっちゃここは過去の世界だからな。

 というか自分で掲げた目標すら終わってねぇのに、道半ばで逃げ出すほど俺は腐ってねぇさ。


 お前らの見てきた俺はそうだったろ? レティシア、フェルナンデス。

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