29.転移魔法

 全員が集落の前に揃った。


 まず俺、モブ三人、オーフェン、その妻にわんぱくな息子が一人。次にマジリカ、ラミィ。この九名を連れて帰ることになる。オーフェンの家族を説得するのにそこまで苦労しなかったのが幸いだ。

 それぞれには事情や理由、目的などを話して理解して貰った上でここにいるので、行動上に支障はない。


 だが。まず、その前に根本的な問題があった。


「レーデルハイルへ向かう以前に、そもそもヘルゲートを子供が通れるのかどうか、だが」


 話を聞く限り、恐らくラミィは大丈夫だ。どのような理由があってヘルゲートを一人で踏破していたのかは気になるものの、俺達が最短ルートで導けば途中で力尽きることはないだろう。

 しかし問題はオーフェンの息子である。現在ラミィとおいかけっこをして遊んでいる馬面の子供を眺めつつ、俺はううむと唸って腕を組んだ。


「ここは我が力添えをしよう」

「ん? どうする気だ」


 それまであまり口を出さなかったマジリカが、こう言った。


「我が転移魔法で送ればいいのではないのか?」


 ……ああ。

 なるほど。


「他には?」

「え、他? 我の提案は?」

「まあとりあえず代案出してみろって、それで決めるからさ」


 俺は背の高いマジリカの肩へ手を伸ばして二回叩き、そう促した。すると不服そうにしながらも、マジリカは口を開く。


「では……我があの子供にバリアを張る。それで幾らかはマシになるだろう」

「ほう、バリアか。ちなみに訊くが、ヘルゲートのあの環境に子供が放り出されたらどうなる?」

「数時間と持たずに死ぬ。普通はな」


 マジリカはラミィの方へ目をやりつつ答える。ラミィが無事なのはヘルゲート突破用の服装をしていたみたいだからだとは思うが、彼女はマジリカにとって普通とは言えない存在なのだろう。

 彼女については気になるが、俺が口を挟むことじゃない。今はあの子供のことだ。ヘルゲート突破用のローブを着せ、マジリカのバリアがあれば大丈夫であるか否か、それが問題だ。


「で、そのバリアは何から守ってくれるんだ?」

「我のバリアは肉体の調子を一定に保つもの。誰に使用するかで変わってくるが、まだ何の力もない子供に張っても絶大な効果は期待できん。ヘルゲートの熱を遮断し体調を整える程度の効果は得られるだろうから、随分とマシにはなるが」


 ちなみにマジリカ自身に掛ければ中々強力な結界となるそうだ。使用した者の強さによって効能が変わるってのは、少なくとも今回に限っては悪い方向へ発揮したらしい。


「微妙だな」


 何より安心ができない。ヘルゲート内に蔓延する歪な魔力というのも気に掛かるしな。


「だから我の転移魔法で……」

「他にはあるか?」

「……他、とな」


 これまた不服そうに答え、マジリカは溜め息を吐いた。紫色の顔をくしゃりとひしゃげさせる。


「一つ訊いてもいいか?」

「おう、なんだマジリカ」

「貴様……我の転移魔法を全然信用していないな?」

「よく分かったな、物分かりがいいのはいいことだぞ」


 俺が知るだけでもお前はど偉い失敗をし、こうしてヘルゲートをさまよったわけだからな。後はオーフェンの苦労話にもちょくちょく浮上していたが、お前の転移魔法は酷い。

 ただお前しか転移魔法を使える奴が存在しなかったというだけで、その精度はゴミ。オーフェンの指示と助言がなければろくでもない方向へ飛び、その昔彼女と別れ悲しみに明け暮れていた毎日は転移魔法を使ってもほぼ毎回のように元彼女の家の前へ飛んでいたという。

 傍迷惑な野郎だ。


「何故だ! いいや今回は失敗しない! 前回もヘルゲートからここまでの転移も成功したぞ!」

「今回はとか言ってる時点で信用ならねぇんだがな……」


 遠距離になればなるほど転移の難易度が高くなることは既にオーフェンから聞いている。魔大陸から公都レーデルハイルはそこまで遠く離れた地でもないとは思うが、前回の転移より難易度が高いのは間違いのないことだ。

 信用できるわけがなかった。


「もし今回の転移に失敗して海上に転移したとしよう、俺達全員もれなく水死体で発見されることになるぞ。その責任がお前に取れるか? いいやお前も水死体だから責任なんて取れないな、そうだろう?」

「我の転移魔法はそこまで雑じゃない!」


 マジリカが声を高々にして叫ぶと、会話に気が付いたオーフェンが寄ってきた。どうやらモブ三人と似たようなことを会議していたみたいだが、どうにも俺達の会話が気になったそうだ。


「マジリカ様の転移魔法で移動、ですか……」


 神妙な面持ちでひひんと嘶(いなな)き、鼻息を洩らし、最終的にこんな返答が返ってきた。


「まあ、不可能というほどでもないですが……まず、マジリカ様の転移魔法は大前提として“大地”と設定されます。なので海に突っ込むことはありませんが……問題はこの後です、って聞いてますかマジリカ様!? 重要ですよ!?」

「あ、ああ、ああ、聞いてるようん」


 茶番は置いといて。簡単に説明すると、マジリカの転移魔法は条件を指定して転移するそうだ。まず大地、そこから草原、森、砂漠、などなど。そしてその条件に合った地点へ転移する、これがマジリカの転移魔法の原理だ。

 一度に運べる人数は数十人にも渡り、俺達九人など余裕なのだが……。


「この転移魔法にしてこのマジリカだ、だからポンコツなんだな」

「なんだと……? 貴様、今なんと」

「ちゃんと聞いてください! マジリカ様は思考が拡散しすぎなんですよ、それが転移魔法に影響してしまうんですって!」

「お、おおう……分かってるよ我は」


 しかしオーフェンは不可能ではないと言ったな。


「オーフェン、マジリカの転移魔法は実用できるのか?」

「できる。これから俺がマジリカ様に地点の詳細を教え、徹底的にレーデルハイルの情報を叩き込む。それまで待っていてくれれば、必ず。マジリカ様もやればできます、さあこれを見て下さい」


 半信半疑に聞いてみると、オーフェンは自信満々に頷いた。彼は懐から地図を取り出し、マジリカにそれを見せて色々レクチャーしている。


 ああ、この部下がいるからマジリカは機能していたのか。どっちが上司か分からねぇな。


「オーフェン。転移魔法で行けるんなら、皆にそう伝えるが」

「お願いしたい。三十分で済ませると、全員に」

「おう、それの倍掛かってもいいから頼んだ」


 転移ができるのなら一日掛かったところで普通に向かうより早い、それで充分だ。

 俺はオーフェンにマジリカの指導を任せることに。


 他の奴らにそのことを伝えるため、俺はこの場を離れた。






 少し時間が掛かって一時間と少し後。目を血走らせて単語を口ずさむマジリカを連れてオーフェンがやって来た。

 既に待機していた俺は、オーフェンを労ってやる。


「お疲れ。大丈夫そうか?」

「うむ……ばっちりだ……」

「よくやった」


 全員に目配せをすると、彼らは各々頷き合って集まって来る。最後にラミィがオーフェンの息子を引っ張ってきて、全員が固まった。

 かなりむさ苦しいが、そこは我慢か。


「マジリカ様、転移魔法を」

「ニンゲン、ダイチ、キョダイトシ、チュウオウタイリク、ヤードコウゲン……」


 こいつやべぇ。完全に刷り込まれてるぞ。


 地名や特徴などをさも呪文のように唱えていたマジリカは、ぴたりと口を閉ざした。コォと息を吸い、血走った目をギンと見開く。


 陽はそろそろ昇り始め、空が若干ばかり白んできていた。到着が早朝か、まあ……予定の到着よりは早いが。

 戦争がどうなったのか、気になるな。まだ始まっていないのか、戦争が続いているのか、既に終わっているのか。どんな状況だったとしても、早く向かえることに越したことはない。

 マジリカ、お前失敗したら分かってるよな。


 さて。向こうに着いたら、まずはオーフェン家族やラミィを安全なところへ移動させなければな。


「空間、天地万物の如し。繋ぎ止めるは地、行く先は源。我が身を映し、その地へ移せ――テレポーテーション」


 転移魔法に一心を注ぎ、マジリカはその詞を放つ。

 瞬間、ぐわんと視界が歪み――俺を含めた全員が光に包まれた。

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