おわりとはじまりのボクシング
エピローグ
俺はこうして生きていく
神の言う通り、俺が起床した場所は見慣れたグレゴリアの宿屋だった。起きて早々にレティシアが抱き付いて来た時は正直にびびったが、そういやこいつらからしたら一ヶ月も寝たきり状態って設定だからな。
心配するのも無理はないだろう。フェルナンデスも「チハルさん!」と叫んでいた。お前が抱き付いてきたら流石にぶん殴っていたとは思うが、別にそんなことはなく。俺は全治二ヶ月もの重傷を負いながら無事にこの世界で生を保つことができていた。
グレゴリアの医師によると意識が復活したのが奇跡と言われるほどで、俺はもうすぐ死ぬものだと思われていたらしい。まぁ当然だよな。本来だったら俺は死んでたし。
その後、しばらく俺は宿屋で療養を余儀なくされた。と言っても立って一人で動けるようになるまでの一週間かそこらだが……。
実感はなかったが、確かに戦争は終わっていた。魔王軍が壊滅したこと。魔王を俺が討ち取ったこと。それらの情報は大陸に行き渡り、もうどの大陸にも情報が出回っているそうだ。
それにより人間は勝利に酔いしれている、ということも。
だが、他の奴らが何も考えずに喜んでいる中で。
俺は、あの時考えた。
本当に魔王を殺してよかったのか、と。奴は純粋に俺との戦いを楽しんでいるようにも見えた。最初から手の内を全て見せていれば俺は呆気なくやられていただろうに、奴はそうしなかった。
無駄な対談を求め、俺に技を打たせ、もしかするとフェルナンデスを捨て置いたのも“実は計算の内”だったことすら有り得る。いや、流石にそこまでは考え過ぎなのかもしれないが――奴は、拳を打ち合わせた限りじゃ――いいや。
「ま、どうしようもねぇって話だ」
結果論はする意味がない。ないとは言わないが、今更魔王に関してほっくり返してもどうしようもないのだった。俺は奴を止めることはできないのだと理解していたし、結局止まらなかった。奴は俺との戦いに“愉しみ過ぎて”死んだ。
今から過去に戻って同じ事を繰り返したとしても、そうなるのだろう。
だから、終わりだ。
「あぁ、まだだりぃな」
柔軟体操をしただけで身体が軋む。これでも結構休んだつもりなんだがな、だが歩けないことはないだろう。最近は引き篭りすぎて身体が鈍っている節がある。こりゃ完治したら、奴らと一緒に筋トレだな。
……あぁそういや、俺の意識がなかった間も奴らは続けてトレーニングを欠かさなかったらしい。日を追うごとにそのメニューじゃ物足りなくなってきて、自分で勝手に増やしてそのメニューをこなして――立派に成長した。
フェルナンデスなんかは割りとがっちりした肉体になったし、レティシアに関してはあまり印象は変わってないが、少なくとも弱そうに見えなくなった。
はっきり言えば。今この世にはあの二人に敵う生物など存在しないのだろう。無論、俺も勝てない。当然だがな、それでいい。
そうなることが分かっていてそうなることを望んでいたから、俺は奴らを鍛えたのだから。一つ予想外だったのは……全てが終わった世に、俺はいないと思っていたんだがな。
遣り残したことは、あったからな。それもいいだろう。だったらそれの為に必死で動くだけだ。
さて、と。そろそろ出発の時間だ。
今日は二人を連れ立ってイグジスに顔見せだ。向こうにはまだモブ達……おっと。ヤールスとドンガに……ああローデンと、オーフェンにマジリカ、ラミィも居る。俺が会うのは、本当にあの時の別れからぶりだ。
だが正直、イグジスからしたら俺はあまり喜ばしくない奴なのだろう。人間と魔族の均衡を崩しちまった、一人だからな。まあマジリカ達がフォローしてくれていると有り難いんだが。
俺が危惧しているのは、人間達が勝利に酔いしれ終わった後、だ。必ず魔族を根絶やしにしようとする連中が現れる。所謂、魔族排斥派の連中だな。そいつらが動き出す前に、共生の考えを植えつけておきたいところだ。……結構難しいな、分かっていたことか。
最初にも言った通り、共存から共生への道程は長い。数十年掛かって当たり前、こつこつとやっていこうじゃないか。
「よ、チハルさん。丁度いいところにいた。俺も今から向かうんだ」
「そうか。レティシアはもういんのか?」
「ああ、いるんじゃないのか。でなかったら町の皆に挨拶回りでもしているんだろう」
歩いていると、フェルナンデスがやってきた。本当は町の外で合流する予定だったのだが、それもいい。
ってかなんだ挨拶回りって? 引っ越してきた時のご近所付き合いじゃねぇんだからよ。
「どうせお前らすぐに帰ってくんのにな」
俺は苦笑して、そう言う。二人は向こうに行ってそれぞれの面子と会うだけで、別にイグジスに滞在するわけじゃない。フェルナンデスはギルド関連で忙しいらしいし、レティシアももうしばらくはメイドを続けるそうだからな。
イグジスに滞在するのは俺だけだ。だから、こいつらとは別れることになる。何、一生の別れってわけでもないから悲しくはないさ。
もう、こいつらに心配することもないしな。むしろ、最近は俺が心配されることの方が多いくらいだ。
そりゃ怪我をしているからだろうが……きっと今のあいつらからすれば、いつもの俺に戻ったところで心配なんだろう。
「まぁな。チハルさんは向こうに行っちまうが……。俺もこっちでの仕事が一段落したら、そっちに行くつもりだが」
「別に無理しなくていいぜ、後のことは俺に任せとけよ」
俺は向こうでマジリカと一緒に共存活動ってやつだ。小さなことからこつこつと。ま、地道にやっていくとするよ。
そんなこんなで入り口に辿り着く。いつもの通り門番が眠たそうに突っ立っていて、俺を見た途端に背筋をぴんと張る。気を引き締めるのが遅いんだよ。
レティシアは、遅れてやってきた。
猫耳メイドレティシアのファンから渡されたんだか分からないが……大量の手荷物を抱え、走ってやってきた。
「いっやぁ人気者って困っちゃうわねぇーちょっと外に出るって行ったらこれなんだからねぇーあははは、撒いてくるのに精一杯だったわーいっやぁ人気者って辛いわねぇ?」
「お前楽しそうだな」
俺とフェルナンデスはレティシアの言動に溜め息を吐く。まぁ、いつものことだ。こいつの小物っぷりはどうしようもない。
ないが、ファンから貰ったプレゼントを裏で気持ち悪いといってゴミ箱に投げ捨てるようなアイドルなんかよりよっぽど良いからな。お前はそういう点では純粋な奴だよ。全く。
「行くか」
「おう」
「はーい、チハル様!」
「お前それって重くねぇの? マジで」
「別に大丈夫じゃない? 問題ないから行きましょ」
まだまだ、道程は遠い。
俺達がこうしてイグジスへ歩き出したのだって、ほんのスタートに過ぎないのだ。これから苦難はいくらでも降り掛かってくるのだろうし、それに苦労もするのだろう。
まぁその時はなんとかするさ。誰だってそうだろうし、俺もそう。
やることは山積みだ。
だがそれが人生ってもんだろ。この世は確かに存在している。もう神は存在しないし、俺がここを選んだ以上、俺は普通にこの世界の住人だ。
立派に人生を生きて、そうして最期を迎えよう。
「そんじゃ、出発すんぞ。レティシア、フェルナンデス」
とまあ。
そんなどうでもいいことを考えつつ、俺はこいつらの肩を叩くのだった。
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