三魔公と元四天王

22.公都レーデルハイルの戦い

 がらがらと揺られる馬車の中。そこには英気を養う二人の魔法使いが座っていた。


 召喚術士、暴虐のレティシア。

 雷使い、雷鳴のフェルナンデス。


 グレゴリアが誇る二名の高位魔法使いだ。その二名は乗り心地の良い馬車に揺られ、それぞれ得物を両手に構えている。レティシアは魔道書を、フェルナンデスはロッドを。


「到着はいつなのよ」

「後、一時間以内には着きます!」

「遅いわね……そんなんで間に合うのかしら」


 レティシアは苛立っていた。魔道書を横に置き、溜め息を一つ吐く。チハルがオーフェンと共に旅立ってから、もう既に朝だ。

 チハルに頼まれた以上、逃げるわけにはいかないと思っていた。


「レティシア、慌ててもいいことはないぞ」

「……そうね」


 強くはあったが、同時に無力であったただの魔法使い時代と、今の二人は違う。突然現れたチハルに身も心も鍛えられ、二人は根本的に強くなった。

 ただ肉体強化を掛けるだけでこうまで強くなるなど、最初の頃は信じられなかっただろう。ここまで強くなってしまえば、魔王軍と戦うのも不可能ではない。


 しかし、レティシアもフェルナンデスも実際に魔王軍と戦ったことはなかった。魔法使いとしての実力は群を抜いていたしだからこそ高名な魔法使いとして二人は町では名を馳せていたが、その実魔族と戦ったことなどなかった。ましてや戦争など、たったの一度の経験もない。


 だから、この実力がどこまで通じるのかが分からなくて、ずっと不安だった。

 それをチハルが壊してくれた。魔法の一つも使えない肉体で魔王軍に挑み、二度も勝利を収めて見せた。


 ――今はその力が二人には備わっている。


 チハルは笑いながら「必ず生きて戻れ」だなんて笑顔で言っていたが。彼のあの目は、二人が死ぬことを想定している目ではなかった。彼は、二人が勝つと確信しているのだ。

 その期待は重い。


 重いけれど。二人は嬉しかったのだ。

 彼が自分達に重大なことを任せてくれた。本来チハルがやるべきはずだったことを二人に任せた。チハルを敬愛する二人は、チハルがいなくなった後に久し振りに二人で喜んだ。


 明日は絶対に勝ってやるぞ、と。誓い合った。


「……もう、わかんないや。考えるのは、止めよ止め。私の性に合わないわ」


 怖くて、恐ろしくて、不安な気持ち。だが絶対的な自信や勇気もここにある。後は、震えるこの足をどうにかするだけ。そう、これは決して怖がってのものじゃない。武者震いだ。


「何考えてんだか知らないけどな……とりあえず、打ち勝ってみせようぜ」

「あんた足震わせながら何言ってんの? 恥ずかしいわね」

「お前も震えてんじゃねぇか、ボケ」

「っさい」


 どこかぎこちない軽口を叩き合って、戦場へ望む。


 ――魔王軍の戦力は、数千の軍勢に三魔公バルバニカが一人。グレゴリアに現れた人数の数倍は下らないが、こちらの戦力も同じく数千はいる。高名な魔法使いも数名参戦している。

 きっと、勝てる。


 そう念じ、それから二人は到着まで喋ることはなかった。






「着きました!」


 御者の男が叫ぶと同時、二人は馬車から飛び出した。


 ――もう戦争は始まっていた。レーデルハイルまで連れてきてくれた御者の男に帰還するよう伝え、二人は戦場へと一早く駆ける。既に足の震えなんてのは止まっていた。


「行くわよ」

「――ああ」


 肉体に付与する強化の術。既に鍛えられた身体にそれを掛けると、その効果は尋常ではない程の効力を発揮する。様々な魔法の重ね掛けで自らを強化し、戦場まで一直線に駆け抜けた。


「なによ、これ……」


 それはあまりにも悲惨な光景だった。レーデルハイルの城門前で前衛の魔法使いが防護壁を張り、そこを魔族の軍が突破しようと様々な攻撃を仕掛けている。城壁の魔法使い達が遠距離魔法を打ち出し、圧倒的数で攻め入る魔族を抑えていた。


 ――辺りに倒れる人間達。魔族達の被害と比べて、一目見ただけで分かるこちらの不利。疲弊した魔法使い達は懸命に防護壁を維持しているが、いずれ破られるのは明白だ。


「レティシア、嘆いてる場合じゃねぇぜ。何のために俺達はここまで来た! やってやろうぜ――」


 だが。

 フェルナンデスは絶望に染まっていくレティシアの背中を叩き、自分は最前線へ踊り出た。

 以前の彼からは考えられない戦い方だ。およそ魔法使いならば絶対に取らない戦法を彼は取り、魔族の群れに突っ込んでいく。


「神よ、雷よ俺に力を与え給え! 天空貫く轟雷よ、その一撃俺に預けやがれ――ライトニング・ロアァァァ!」


 詠唱をしながらロッドを振り回して魔族を叩っ切り、凶悪な雷が周囲の魔族とモンスター共を一掃する。迸る雷に吹き飛ばされていく敵軍を眺め、レティシアはにぃと笑った。


「やるじゃないの――」


 フェルナンデスが初陣でここまで暴れていられるのなら――私にも、出来るはず。そう心の中で叫び、レティシアは防護壁の前へ飛び出した。

 本領は召喚術、特大のをお見舞いだ――。


「神よ、大地よ私に力を与え給え――我らが守護神、この地で体現し鉄壁の僕(しもべ)となれ! クレイゴーレム!」


 ここも地盤が土だから召喚しやすいのはクレイゴーレムだ。全力で魔力をぶち込んで、構成をしっかり組んで、それを――。


「はぁぁぁぁぁぁ! いっけぇぇぇぇぇぇ!」


 ありったけの魔力で以って、レティシアは大量のゴーレムを召喚した。その数実に五十体強。三メートルの巨体を誇るゴーレムがそれだけいれば、最早それだけで軍に匹敵するレベルの数と力である。

 それらを全て自動制御に変更し、レティシアは魔力を送ることのみに専念する。前衛をゴーレムに任せ、フェルナンデスには好きなだけ暴れて貰い、後衛の魔法使いには攻撃に専念して貰う。


「おお――援軍か!」

「お二人は、もしやグレゴリアから派遣というのは……!」

「よおおおおし、まだ我々にも希望は潰えておらぁあん! 全力を尽くすのだぁぁ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」


 士気は上がった。魔王軍も突如現れた戦力に動揺を隠せずにいる。なんだ、やれるじゃないか。

 全然、戦える。


「暴虐のレティシア、雷鳴のフェルナンデスが来たからにはぁぁ! 絶対にここは通さないわ! 前衛は任せなさい、私のゴーレムで全部押さえてやるんだから!」


 ありったけの声量で叫び、レティシアは更に魔力を流し込む。クレイゴーレムが次々に召喚されていく。それに対し、魔王軍も負けじと雄叫びを上げて突っ込んでくる。


 たった二人の介入で戦況は変わる。

 しかし。戦争はまだ、始まったばかり。

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