33.後戻りの出来ない決戦へと

「そんなことが……いくらチハル様でも、それは厳しいんじゃ」

「フェルナンデスが単身入っちまってんだ。俺が行かないわけにはいかねぇだろ」


 俺は森に潜んでいた皆と合流し、まずはレーデルハイルで起きたことを簡潔に説明した。その後に俺が出向くことを伝えると、まずオーフェンが難しい顔をする。


「しかし……まさかあの場所に転移魔法陣を隠していたなんて、俺は全く聞かされてなかった」

「我も知らなかったぞ? それに大規模魔法陣の設置など、誰がどうやってやったというのだ」

「ってか、転移ってのはマジリカだけの特権だと思っていたんだがな……」


 どうやらそうでもないらしかった。魔法での転移が可能なのがマジリカだけであって、時間を掛けて魔法陣を設置さえすれば、固定の場所への移動くらいであれば可能らしい。俺にはよく分からんが、この前レティシアにしごかれた時に何やら言っていた気がする。

 詠唱する魔法だとか、魔法陣を媒介とする魔術だとかなんとか……根本的に系統が違うそうなのだが、今は必要ないな。


「お前ってそんなに信用が無かったのか? マジリカ」

「いや。恐らく我が居なくなったから、わざわざ手の込んだ転移魔法陣を設置したのだろう。あれは使い勝手が悪く、魔力消費量が極めて高い。それに一度設置してしまえば一定期間は絶対に消すことができないため、敵にも使われる危険性がある。恐らくこれをやったのはダフィーリカだろうがな……」

「ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだ。ダフィーリカってのはどんな奴なんだ? 人を操るとかなんとかって話だが」


 ダフィーリカがレティシアを連れ去った理由は単純明快で、自らの人形として操るためだ。操る人物のステータスが高いほどいいらしいが、果たしてどのような能力なのか。俺はマジリカと戦う時もオルフェニカと戦う時も能力なんて知らずに戦っていたが、情報が手に入るというのなら戦う前に知っておきたいところだ。


「奴は基本的には自分で戦わない。対象となる生物に魔法陣の描き込まれた針を刺し、自身の制御下に置いて動かすんだ。つまり……チハル様は、恐らく」

「このまま行くとレティシアと戦うことになる、と」

「そういうことになる」


 オーフェンが非常に苦々しく、小さく答えた。

 レティシアと戦う……ね。奴の本気ってものを見たことはないが、正直勝てるかと言われて断言できる自信を俺は持ち合わせていなかった。だが操り人形になっているというのなら、何としてでも止めてやろう。

 奴を鍛えたのは他でもない俺だが、まだまだ俺に到達するようなレベルではない。たった数十日で越えられてたまるか。魔法の方は……知らん。


「解除して助ける方法ってのはあるのか?」

「ダフィーリカを倒すか、本人が自分で解除するか……その二択しかない。刺さった針を抜く手もあるが、魔術の発動中に無理矢理抜いてしまうと、そのショックで死ぬ可能性がある」

「分かった。助かるぜ」


 俺は身体の調子を確かめ、ぐっと拳を握り締める。まだ前回の傷が癒え切ってはいないのか多少の違和感はあるけれど、身体は全然動いてくれそうだ。少なくともオルフェニカくらいであれば、再戦したところで倒すことができる。


 まあ、俺が出向く分には誰も心配しないだろ。仮にも英雄で、俺は魔王を倒す為に呼ばれた存在だ。その人物が俺だけなのかって言われてみると、そうではないだろうけれど。

 ――後は。


「すまねぇ。俺が魔王城に行っちまったら、お前達を放置することになる。本来なら、安全な場所でも確保してから行動したかったんだが……」

「英雄様よ。そこんとこ、俺にいい考えがあるぜ」


 モブ達が、何やら妙案でも思い付いたかのような顔で割り込んできた。


「なんだ?」

「魔族を避難させる場所、悩んでたろ? 実はだな……」


 モブ二号の言葉を聞き、俺は静かに頷いた。

 ――どうやらこの森を抜けてずっと進むと、また別の大陸に運んでくれる港があるそうだ。魔大陸とは違って距離はあるらしいが、その大陸には“イグジス”と呼ばれる小さな町があるそうで。そこは世界でも珍しく、人間と魔族が手を繋いで生きているようなところらしい。色々な問題もあるみたいだが、オーフェン達を逃がすにはそこが一番いいのでは、ということだ。


「……そいつはいいな。だがその町に着くまで、大丈夫なのか?」

「これから魔王城に向かう人に泣き言が吐けるってのかよ。安心してくれや、俺らだってそんなに弱いわけじゃないぜ」


 ふっ、と。その内の一人が吹き出して言った。

 ああ……まあそうなるよな。いくらなんでもそこまで心配されちゃ、馬鹿にされてるようなもんだしな。しかたねぇ――いや、ありがてぇ。


「なら、頼んだ。全部終わったらそのイグジスってとこに俺も行く。そこで待っててくれ」

「了解だぜ」


 俺はモブ達の肩を弱めに叩き、少しだけ顔を曇らせた。これって今言うべきか? いや……いいだろう。


「悪い、そういやお前らのことモブモブって言ってたがな……名前、なんだっけ?」

「はぁ? そりゃ人が悪いぜ英雄様よ……俺はローデンだ」

「俺はドンガ」

「ヤールスだ。ったく、本当に忘れてたとはな……悲しいぜ」


 そう言えばそんな名前だったな……そりゃ悪かったな。お前ら同じ服装過ぎて見分けが付きにくいんだよ。顔は同じじゃないがな。


「頼りにしてるぜ。ローデン、ドンガ、ヤールス」

「俺達の名前、今度こそ忘れんじゃねぇぜ?」

「ああ」


 そりゃ、もう忘れないに決まっている。ここまでやってくれる奴らのことを、モブ扱いはできねぇよ。


 俺は深呼吸をし、息を整える。

 そうしてから揃った面子を一人一人眺めていき、最後にオーフェンへと戻した。


「よし。俺はこれから行って来る。お前らはイグジスで俺の帰りを待っていろ。勿論、レティシアもフェルナンデスも連れて行くからな。知らねぇ奴にはその時改めて紹介してやるよ、あいつら二人ともいい奴だ。そんじゃ、また後でな」


 これから俺は、最終決戦だ。何、なんてことはない。ちょっくら馬鹿を回収し、囚われのあばずれを助け、魔王をぶっ飛ばすだけだ。ただそれだけ、俺にできないことなんてねぇ。


「待て」


 行こうとすると、そこでマジリカに止められた。何を言うつもりなのだろうかと振り向けば、「我も付いていく」と抜かして俺の隣へ歩いてくる。


「いや、ラミィはどうすんだ」

「ラミィとは話を付けてある。イグジスで、我の帰りを待っていてくれるのだ。それに貴様は魔力を持っていないのだろう? ならどうやって転移魔法陣を見つけ、使用するのだ。ここは山脈にも影響されない我が適任であろう、行かせろ」


 マジリカの目は本気だった。そこには確固たる意思があり、魔王に立ち向かう覚悟を持っていた。ならば、と俺がラミィを見やれば。

 ――彼女も、同じようにマジリカを見つめていた。泣きもせず、唇を噛み締めていたラミィは俺へ一言だけ発する。


「お兄ちゃんを、お願いします」

「……ああ、分かったよ」


 そこまで言うなら、仕方ねぇ。俺はマジリカの背中を叩き、ホラ行くぞと合図をする。その衝撃だけで前によろめいたが、何とか体勢を整えた。その横を、さっさと歩いて通り過ぎる。


「まぁ任せとけよ、全部終わらせて必ず戻ってくる。仮にも俺は英雄だからな、信じろ」


 そう宣言して、俺はローランド山脈へと向かう。

 こいつら全ての期待を、背負って。

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