死闘のボクシング

32.考えるよりも

「……なるほどな」


 レーデルハイルの防衛戦は、結果的に勝利を収めることとなった。


 これは後に判明したことらしいが、援軍に向かっていた王都ヴェルダンの軍が道中でダフィーリカの奇襲に遭っていたそうで。


 それが理由で増援を得られず、苦戦を強いられていたレーデルハイル軍だったが、レティシアとフェルナンデスが思わぬ戦力となって戦局を巻き返した。


 長丁場となったものの、バルバニカを討ち取ったことで魔王軍が撤退。

 と、言うのが戦争自体の結果のみから見た話。


 俺の中で重要なのは、レティシアがダフィーリカに負けて連れ去られたということ。

 フェルナンデスは救助されて公都内で治療を受けたが――意識が回復したと思ったら、“居なくなっていた”ということ。

 以上の二つだった。


「つまり、フェルナンデスは一人で追っ掛けたわけだ……」


 兵士から事情を聞いた俺は、嘆息する。

 ――だがまあ、戦死してないだけいい。それならば、助ける余地はあるのだから。


 事前に掴んでいた情報通り、レーデルハイルは魔王軍の追い打ちに回すような戦力など有していない。兵士の治療に専念し、戦力を整えなければならない状況でフェルナンデス一人に構ってやれる余裕など露一つもないのだ。


「さあ伝えたぞ。それで。お前はのこのこと後からやってきて、どうすると? まさかどうにかするとでも言うんじゃないだろうな」


 兵士は俺に睨みを利かせ、低い声で唸る。まあ言いたいことは分かるが、今は弁明とかそういうのはいい、時間の無駄だ。


「その通りだよ。お前らが俺にどう評価を付けるのかは自由だが、俺はやりたいようにやるだけだ。道半ばで死ねばただのゴミ、成せば英雄というだけの話」


 魔力の有無しか強者の判定がないのなら、俺がどう言ったって信じないだろう。かといって殴って証明なんてしてみろ、もっとややこしくなる。


「まぁ、それでも教えてくれてありがとよ。あの二人は俺の弟子だ、俺が責任持ってきっちり連れ戻す」


 本来の予定はここに居るであろうレティシアとフェルナンデスの回収だったが、世の中そう順風満帆にとはいかねぇな。実際、戦争は勝利したが奴らは負けた。

 こうなるなら最初から俺が出張れば良かったか?


 いいやそうじゃない。過去のことで悔やんでも仕方ないし、もしそうなった場合はマジリカ達とは知り合えていないわけだ。そんで遅れて魔大陸へ向かった場合にはオーフェンの方の問題が生まれていた可能性だってある。俺が必ず勝つ保証もできないし、無様な結果を残すだけだったかもしれない。

 だから、過去のことはいい。なってしまったものはなってしまったものとして受け止めるしかないのだ。


 今の最善はなんだ? よく考えろ。俺にできること、俺にはできないこと。今やらなければ手遅れなこと。それら全部、この少ない脳味噌で考えろ。

 ――答えは一つだった。


 最初から決まっている。俺にはこれ以外思いつかないんだからな。 


「魔王軍はローランド山脈に逃げ込んだそうだな? そこにはモンスターが蔓延っていて、魔流ってのがあるな。その魔流ってのは、人体にどう影響を及ぼすんだ? 先に言っておくが俺は田舎者だ、そういうのは知らんから教えてくれ」

「おい待てよ。本当に行くのか? 命を捨てに行くようなもんだぞ、ふざけたことを考えるな」

「頼む、教えてくれ。それだけでいい」


 兵士は黙り、俺の内でも覗こうとしているのか、目を合わせてしばらく静止する。やがて兵士の方が折れたのか、やけくそ気味に呟いた。


「……魔流が激しいあの地では、魔力の流れを乱されて体調が崩れる。それと、満足に魔法が使えなくなる。魔族は別で、異常が発生するのは人間だけだ……なあおい、本当に行くなら俺は知らないぞ。お前が死んだところで何も関与しない。お前が死んだところで誰にも報告しない、お前は無駄死にして誰にも気付かれずに消滅するだけだ。それでも行くのか?」

「ああ」


 つまり魔流は魔力の概念が存在しない俺にとっては何の関係もないってことだ。モンスターの方は魔大陸の時のように蹴散らせばいいのだし、何も問題はない。

 馬鹿やったフェルナンデスを回収がてら、逃げ込んだ魔族を片っ端から叩いていけば終わりだ。簡単じゃねぇかよ。


「……その目は本気の目だ。お前が噂通りの英雄かは知らんが、ならば伝えてやる」


 兵士は他の二名と目線でコンタクトを取り、それから俺にこう言った。


「魔族の捕虜を拷問し、得た情報がある。ローランド山脈には魔王城に直接繋がっている“転移魔法陣”が設置されている……と、ああ、機密事項だから関係外には知られちゃいけないんだけどな、口が滑っちまった。今のは忘れろ、部外者」

「……男のツンデレって、寒気がすんな」

「……何?」

「いや、丁度別のこと考えてて聞いてなかったわ」


 何を乗ってんだろう。俺は皮肉げに笑った。

 それから直ぐに兵士の三人に背中を向け、手をひらひらとさせて捨て台詞を放つ。


「まぁ見とけって……伊達に英雄なんて呼ばれてねぇよ」


 言ってみて。我ながら死亡フラグだなと考え直し、俺は再度笑った。







 結局、俺のやることはなんなんだろうな。矛盾だらけだし、共存唱える割には平気で魔王軍ぶっ倒そうとしているし。考えていることも別に頭の良いもんでもなくて、端から見れば何やってんだって話しだし。

 ぶっちゃけ、目に見えているものしか俺には見えてはいなくて、ただがむしゃらにやっているだけだ。


 一度歩いた草原をひた走りながら、そんな、考えても仕方のないようなことを考える。


 この先どうなるというのだろう。神の目的は世界の滅亡を防ぐことで、俺の目的は魔族と人間の共存――いや、そいつは俺の目的ではねぇか。ただ、そうしたのは何の理由も聞かずに魔王をぶっ殺してはい終わりってのが嫌だっただけなのかもしれないし、オーフェンに同情したのかもしれないし、単純に不毛なだけの喧嘩をしたくなかったのかもしれないし、共存が一番近道だと思ったからかもしれないし、神に言われるがままというのが嫌だったのかもしれない。

 全部だったかもな。


 ――俺は何がしてぇんだろうな。きっと魔王軍が戦争をしているからぶっ倒しているだけであって、こっちが終わったら次は人間をぶっ倒してしまうかもしれない。共存共存言ってはいるが、別にそこまでの熱意はなかったりもする。

 嫌いな奴はやっぱり嫌いだろうし、差別はやっぱりあるだろうし、仲の良い奴らは種族なんざ気にしないだろうし、喧嘩も戦争も絶対に止まない。


 そんなことは分かっている。


 森に近付くと、オーフェンが出て来て俺に居場所を伝えてくれているのが分かる。俺は纏まりの付かない思考を捨て、いつもの結論に至ることにした。


「まぁ。んなことは、やってから考えりゃいいさ」


 まずはレティシアもフェルナンデスも助ける。そんでダフィーリカぶっ倒して、魔王ぶっ倒して、世界の滅亡を止める。

 それが可能なだけのピースは揃った。色々と考えるのは、まずこれらを片付けてからでいい。


「オーフェン、さっそくだが悪い報せだ。ちょっと事情が変わった」


 俺はこう口火を切りつつ、オーフェンと共に仲間の居るところまで向かうのだった。

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