31.激戦の結末

 少し前に遡る。


 レーデルハイルに魔王軍が攻め入り、城門での攻防が繰り広げられられていた時のこと。戦況は確実に人間側へと傾いていた。

 大量のゴーレムが敵魔族と対峙してくれているお陰で魔法を撃つ余裕が生まれ、こちらは被害を受けずに魔王軍の数をどんどん減らしていく。


 その機会を作ったのは二名の魔法使いだ。グレゴリアという小さな町に援軍を要請したらやって来たという、若い男女。

 本来はグレゴリア襲撃の際、たった一人で魔王軍を退けた英雄チハルという人間が来るはずだったのだが、その人物の代わりに来たらしい。


 なので大した期待もしていなかったのだが――。


 一点特化の召喚魔法を極めし天才、暴虐のレティシア。

 修得することさえ難しい雷魔法を極めし男、雷鳴のフェルナンデス。


 その名はかつて帝都グランシャライアの魔法学校にて他の学生とは一線を画すほどの優秀な成績を収め、名を轟かせていた者達だった。

 その者達は今、たった二人で前線に出て魔王軍と衝突し、三魔公の一人と戦っている。

 彼らがいなければ、人間側の敗北も時間の問題だった。


 その、二人は――。


 バルバニカを相手に善戦していた。フェルナンデスは雷を身に纏って殴り掛かるという奇行でバルバニカを翻弄し、レティシアは後衛で動きゴーレムを生み出しつつ、遊撃の形で突っ込んでバルバニカを攻撃する。それは今までの戦法の概念にはなかった全く新しいものだったため、兵士達は皆目を見張っていた。


 あの動きはなんだ、と。どのような訓練をすれば、あのように俊敏に動きつつ魔法を放ち、自らの身体でぶつかることができるのか、と。


「フェルナンデス、横!」

「わぁってる!」


 バルバニカを助けようと魔族の一人が介入してくるが、フェルナンデスが放つ雷に打たれて吹き飛ぶ。バルバニカは冷や汗を流し、強固な結界を全包囲に張った。


「神よ、風よ私に力を与え給え! 暴風、踊り舞いて自然の恐怖を体現せよ――レイズウィンド!」


 その結界の全てに荒れ狂う暴風が叩き付けられ、バルバニカの動きが止まる。そこを、フェルナンデスが右手を握って駆け出す。


「神よ、雷よ俺に力を与え給え! 天より走る落雷、この世の全てを断ち切り、討ち滅ぼす雷よ、駆け抜けろ――サンダーフォース!」


 その拳が青白く帯電し、拳を突きだした瞬間。

 目を覆う程の光量が戦場を貫き、巨大な雷の光線が結界を直撃して破砕する。バルバニカは間一髪で雷から逃れるが、魔法を連発したことによる疲労は拭えず二人の猛者と正面からやり合うだけの体力はなくなっていた。


 それは、レティシアもフェルナンデスも同じだ。

 フェルナンデスは戦場で暴れるだけ暴れたことにより大半の魔力を失った状態でこの戦いに臨んでいる。レティシアに関しては、この時間も大量のゴーレムを動かすために魔力を供給し続けているのだ。

 満身創痍なのは、両者共。


 しかし二人は止まらない。


「行くぞォ!」

「ええ!」


 全身に生傷を負っていても、魔力が枯渇していても。二人は身体を強化し、力を振り絞る。

 そして。


 閃光のように地を駆け、バルバニカに止めを刺そうとした二人の拳は――。


「……えっ?」


 寸前で、届くことはなかった。レティシアが何かの圧力に穿たれて地へ叩き付けられ、フェルナンデスの拳は禍々しい灰色の盾に防がれ、がいんと音を立てて止まる。


「虫けらの中にも、面白い人間がいるではないか」


 それらを防いだのは三魔公最後の一人。傀儡を冠する灰色の怪物、ダフィーリカだった。

 戦場に揃った三魔公。今のレティシアとフェルナンデスでは、相当に厳しい戦いを強いられるであろう。


「くっ……そっちのゴーレムは停止させるわ! 数は減らしたでしょ、後はあんた達で何とかやりなさい!」


 流石に他の戦いにまで気を配っている余裕はなかった。レティシアは背後の兵士達にそう告げ、ゴーレムに供給していた魔力を止める。するとただの土塊と化し、動いていたゴーレムの全ての動きが停止した。


 それを好機と見た魔王軍は一斉に兵士達へ突貫し、戦争は乱戦へと移行する。代わりにレティシアには多少の魔力が還元されたが、相手は新たに参戦してきた三魔公。


「貴様の相手は我がしてやろうではないか、いたぶりがいがありそうだ」


 レティシアの前を塞ぐのはそのダフィーリカ。


「すまん、こっちが終わったら直ぐ助ける! 押さえていてくれ、レティシア!」

「分かったわよ……」


 傀儡の異名で通っているダフィーリカは、何も彼が人形というわけではない。倒した相手を操り人形にしてしまうからこそ、その名が付けられたのだ。だから、レティシアが相手しようとフェルナンデスが相手しようと、戦況が不利に立たされたことには変わりがなく。


「――まだ、よ……ま、だ、戦える」

「ハッ、手負いの身でよくやるではないか、人間。我の精鋭を滅ぼすとはな……その戦い方、よぉく知っておるぞ」


 ダフィーリカの操る化け物を倒す、倒す、倒す。召喚した数体のゴーレムで押さえ、そこを火の魔法で焼き払う。

 しかし、ダフィーリカには届かない。


 それでも、諦めるわけにはいかなかった。


「あんたも、直ぐに地獄に送ってやる、わ」

「お遊びはここまでだ。ホラ、そろそろバルバニカが事切れてしまうではないか。ならば幕切れが頭の良い選択だと思うだろう?」

「なに、を――!?」


 それは、フェルナンデスがバルバニカを雷で貫くと同時。謀ったかのように、灰色の杭がレティシアの胸部に突き刺さった。


「が、は、っ……」


 杭が身体の中に収まった瞬間。灰色の痣が身体に伸び、レティシアの意識が失われていく。フェルナンデスが駆けつけたところで、もう遅く。

 レティシアを掴まえ、ダフィーリカが高らかに叫んだ。


「全軍、下がれ! 今日この戦で都市を落とす必要はない、将は取ったぞ!」


 三魔公の命令が聞こえると、残った魔王軍は統率を取りつつ後退を始める。人間側がここぞとばかりに魔法で追い打ちを掛けるが、ダフィーリカの張る結界に防がれどれも攻撃が届くことはない。


「……この者の命は我が預かった。取り返したくば魔王城まで来るがいい――貴様が来るのを楽しみにしているぞ、雷使い。貴様が来なければ、分かっているな?」


 レティシアを宙に浮かべ、ダフィーリカは憎たらしい笑みを浮かべる。


「……テメェ」


 その、宣戦布告の意味。


「貴様も持って帰りたいが、生憎我にも余裕というものがなくてな。この者だけで我慢しよう」

「おい、タダで帰れると思うな――神よ」

「“破”」


 魔力の流れがぐちゃぐちゃに引っ掻き乱され、詠唱が中断される。

 疑問が脳を廻る前に、ダフィーリカは後退する軍の列へと飛び去っていく。フェルナンデスは、その光景を見ていることしか出来なかった。


 ほどなくして魔王軍が引き上がると、フェルナンデスは崩れるように地面にぶっ倒れる。


「……畜、生」


 フェルナンデスも、限界だったのだ。初の戦場、連戦に次ぐ連戦で、酷使した肉体は動くことすら出来ないまでに疲弊して、今すぐ助けに飛び込むことすら叶わない。


 戦争は、人間の勝利に収まった。

 こちらの被害は少数、それに対して魔王軍の被害は数十倍。

 数で見れば、圧勝と呼べるものだった。


 喜んで然るべき勝利だった。


 だが。

 レティシアがダフィーリカの手に堕ちた。

 たった一人。

 されどその事実は、どんな兵士より重く、苦しく。


「大丈夫か!」

「ああ。俺は、な」


 フェルナンデスは魔王軍が逃げ去った方角だけを見つめる。駆け寄ってくれた兵士の肩を借りて、立ち上がった。


 ダフィーリカの言葉の真意。そんなものは、最初から理解している。

 行けば今度は“自分”がそうなるのだ、と。


 だが。

 フェルナンデスがここで逃げるわけにはいかなかった。

 仲間を見捨て、帰ってきたチハルに助けを求めるなど許していいはずがなかった。許せるはずがなかった。


「待ってろ。俺がすぐ、すぐに、助けてやる」


 確かな覚悟の火を灯し、フェルナンデスが言葉にする。

 何度も、何度も、繰り返し、延々と――。

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