20.旅立ち、別れの約束

「……治って早々。良いかわりぃか、微妙なところだな……。なぁ、お前ら? どうするつもりだ」


 肉体がある程度治って間もなくだ。動けるようになるまでに掛かった日数は四日。全治にはあと数週間は普通に掛かると町の医師に診断されたが、動けるのなら問題はない。

 多少遅れるだろうが、あんまり無茶しなきゃ完治までの時間が長引くことはないだろうし。


 俺はいつもの通りオーソドックスで構え、眼前の数人を威嚇する。


「……へっ、英雄様ぁよ? 魔族はなんであれ、生かしちゃいけねぇんじゃねぇよなぁ? 居るだけで虫酸が走る、目に入るだけで害悪だ。こいつらがいつ俺らに牙ぁ剥くか分からない! そういう恐怖がこの町を包んでる! だから俺が、俺達が、ここでこの害虫壊して本物の英雄だ!」

「……オーフェン。お前は絶対に手、出すなよ」


 ぼそりと、オーフェンにだけ聞こえるように呟く。


 魔族の聴覚はそこの頭が悪そうなどこにでもいるボンクラより大分良い。ここで俺の助言がこのクソ共に聞こえても後々面倒だからな。


「お前のその思想がある限り、下らねぇ理由から始まる戦争は終わらない。ここでお前をぶっ倒して牢獄送りにしたところで何かが変わるわけでもないが、少なくともアレだ。俺の怒りを買ったことだけ後悔してろ。殺風景な部屋でな」


 魔族と人間の関係は、これでまた少し悪化するのだろう。たとえオーフェンが何もしていなかったのだとしても、こういった思想の人間はこいつらだけじゃない。曲解に曲解を重ねた町民の偏見――それは間違いなく、集団の力となってオーフェンに襲い掛かる。

 かといって吹っ切れて彼が戦ったらそれこそ終わりだ。


 ……共存の道ってのは、存外難しいらしい。実際に自分がやってみて初めて実感できるが、まあこんなものは数日数ヶ月でこなすことではない。


 何年も、何年も。小さいことの積み重ねを続け、溝を埋めてゆくのだ。それには、明確に先を阻んでいる世界の崩壊を止めねばならんが。


「舐めたこと抜か――ぐはぁっ!」


 大した力も出さずにジャブを当てると、男は俺の行動に何一つとして反応することなく断末魔の叫びを上げて壁へぶつかる。取り巻きはリーダーがあっさりやられたことに恐れをなしたか、次々に逃げていく。

 興味もなかったので追いはせず、気を失ったリーダーを担いだ。


「大丈夫だったか」

「……まさかチハル様、貴方にこうして助けられる時が来るとは思ってはいなかった……でも、助かった。ありがとう」

「気にするな。だが――この現象は流石にどうにもなんねぇな」


 魔王群の残り、残ったダフィーリカとバルバニカが軍を率いて本格的な侵略活動をおっぱじめてんのが最たる理由だ。勿論人間の軍も応戦してはいるが、次々にやられて主要都市が占拠されている現状、当然人間と魔族の間には亀裂が刻まれていくだろう。

 たとえ直接関係のない者達同士のオーフェンと人間ですら、こうだ。レティシアにフェルナンデス、老婆に風魔法使いの三名などのように魔族に偏見を持たない人間こそ少数派だ。


「オーフェン。今日辺り、宿屋の業務が終わったら俺の部屋に来い。話をしたい」


 魔王軍の動きが激化した。これは黙って見ていられんが、まずはオーフェンの家族を助けることが先決だ。今日はもうオーフェンに絡んでくるようなゴミはいないだろうが、このまま何もしなければその内取り返しが付かない事態が発生する危険性もある。常に俺の監視が行き届いているわけじゃないのだ。

 はっきり言って俺はただの強化された人間で、他のやつらのように便利な魔法は使えないからな。


「とりあえずこいつを衛兵に引き渡してくる。処分は向こうに任せていいか?」

「ああ……ただ、軽めにしてやって欲しい」

「ほう。理由は?」

「いいや……こいつらの気持ちも、俺は分かっているつもりだ。魔族の中に人間族が紛れていたら、同じことをしてしまったかもしれない。そう考えると、こういったいざこざはあって当然のことなんだ」

「なるほどな」


 それなら、と気絶した男を投げ捨てる。壁にぶち当たった彼は衝撃で覚醒し、驚きに顔を青くして逃げていった。


「じゃあ捕まえねぇよ」

「……恩に着る」






 夜。レティシアとフェルナンデスが恒例の筋トレをしている時にオーフェンがやってきた。全ての業務を終えてきたのだろう、最近はレティシアの分の裏方仕事も任されているためか、レティシアは早く上がってくる。

 俺はそれまでくつろいでいたベッドから立ち上がり、一度全員の顔を見渡す。


 それぞれがそれぞれ、事態の重さは理解しているらしい。

 まあ一応、だ。それではと言葉を切ってから、俺は話を始めることにした。


「お前等も知っている通り、とうとう町の住人がオーフェンに危害を加えようとしてきた」


 二人は頷き、オーフェンだけは鼻息を荒くして俺を見ている。このことについては昼間に伝えてあるから既知のことだろう。単なる前置きだ。


「戦争が激化してから、いつかこういったことが発生するんじゃないかと予期はしていたが、それが今日起こった。無論俺が側にいればオーフェンを守ることは容易いが、それじゃ意味がない」

「何か考えがあるのか?」


 フェルナンデスがそう言い、俺は相槌を打つ。


「俺とオーフェンは旅に出る。そろそろオーフェンの家族を救出しに向かわねばならんと思っていたが、頃合いだ。ただ悪い報せが一つあってな……」


 ここ数日の情報で分かったことは、魔王軍が既に公都レーデルハイルに向けて進軍している、ということだ。位置を確かめたことはないが、ここからそう離れたところではなく、明日にはレーデルハイルの軍と激突するという。

 このまま何事もなければ俺一人が援軍として向かう予定であったが――そうすればオーフェンを守る者は一人としていなくなる。力の強さではなく、“英雄チハル”の庇護下から外れたという点が重要なのだ。


「そこでだ。いつまでもこの町でのんびり過ごしているわけにはいかないだろう。二人には明朝、レーデルハイルに向かって欲しい。これまでの筋トレで二人の基礎はできている。それに肉体強化を合わせて戦えば、魔王軍相手でもそれなりにやれるはずだ。頼めるか」


 俺が来てから何日が経過しただろうか。日に日に増す筋トレの量は、確実にレティシアとフェルナンデスを強くした。それこそ二人に任せてもいいと言えるまでには。

 後は――。


「いいわ。レーデルハイル、行ってやろうじゃないの」

「ああ。俺たちをここまで強くしてくれたチハルさんに報いる時が来た。無様に逃げようとした俺達じゃねぇってことを、刻み込んでやるぜ」


 いや。

 そんな心配はなかったようだ。二人はこれでもずっと俺の側に居た面子だ。多少脳味噌捻くれてる奴(レティシア)はいるが、根性を耕すには十分な時間だった。


「任せたぞ、お前等。必ず生きて戻れ。オーフェン!」


 もう、本来俺は必要のない異物だ。

 この場は二人に任せるとしよう。


「今は夜、ここが狙い目だ。俺達はこれから直ぐに出発するぞ。あのおばあちゃんには話を通してある」

「え、唐突すぎや」

「大丈夫だよ、それともお前は家族が大事じゃねぇのか?」

「いや、でも……助けた後は、どうすれば」

「その後は助けた後に考えりゃいいさ」


 俺は事前に作っておいた手荷物を背負い、オーフェンの肩を叩く。

 しばらくレティシアとフェルナンデスとはお別れだ。しばらく馬鹿やってけないのは残念だが――やること全部終わらせてから、再会しようぜ。

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