27.世間知らずの説得①

「俺はこの世界の人間ではない――そう言ったらお前はどう思う?」


 俺の言葉を聞いて、マジリカは眉根を寄せる。不可解な表情で、半信半疑といった様子で問い返してきた。


「意味が、分かりかねる……が。貴様のその実力は、安易に笑い話には出来ない」

「そうか。じゃあ信じろ。俺はこの世界に生まれた人間じゃない。だからここの世界の住人の固定観念は知らないし、人間と魔族の関係など知らん。そもそも、俺が最近まで生きていた世界では魔族や魔法なんて概念など存在していなかった」


 言っても半分も理解できないだろうがな、と付け加えておいた。

 俺はこの世界に来ているからこの世界のことを信じられているだけであって、俺の世界の欠片も知らないマジリカが理解できないのは当然のことだ。だが、話す。

 分かるまで話す。俺にできることはそれだけ。これが俺の切り札――どんな方法であれ、こいつをその気にさせればいい。

 そうだ。俺は、マジリカを仲間に引き込もうと思っているのだ。


 ……それにはある程度の注意は払わねばならんがな。


「俺がこの世界に来た理由は一つ、“この世界の神”とやらに頼まれて呼び出された」

「……続きを」


 ほう、少しは気にでもなったのか。

 ともかく、俺の話を聞く気になったのならそれでいい。


「今から後一年もしない内、この世界は滅びる。この世界に存在している魔王が発動する破壊魔法によって、だ。俺はそれを事前に止めに来た――お前等を返り討ちにした理由は、そこにある」

「なんだと……? そのような話を信じるわけにはいかない! 神が生物を差別するというのか!? 貴様は神を騙っているだけだ!」

「何も差別はしていないだろ。お前の親玉が世界を破壊しようとしているから、神が止めようとしただけだ」

「それは結果的に人間に加味しているということに他ならないではないか! どんな詭弁や屁理屈を並べたところで」

「一回黙れ」


 俺は低く冷え切った威圧でマジリカを黙らせる。俺から魔力は発されない。言葉に魔法は宿ってもいないが、それだけでマジリカは押し黙った。

 俺がこの場での絶対的強者だということを知っているからだ。しかしこれは力で押さえつけているに過ぎず、俺はこいつを引き込む必要がある。


「よく考えろマジリカ。俺はこの場でお前を一瞬で消す力がある。魔王を殺す力もある。そいつはお前がその目で見たはずだ。俺が嘘を言っているように見えるか? じゃあ、どうしてそうしないのかをよく考えてみやがれ」


 今のはハッタリだ。俺に魔王を倒す力があるかは分からないし、オルフェニカとは相打ちに終わったが――マジリカの知る俺は、たった一人で軍を壊滅させた悪魔でしかない。

 マジリカの中での俺はトップクラスで恐怖の対象だ。それこそ、神なんて馬鹿げた存在を口に出されても即座に“否定”できないくらいには。


「何が言いたい……?」


 だからこうして揺らぐ。俺の真意を探ろうとしてくる姿勢に、ほんの少しつけ込むだけでいい。簡単だ、話術など対して必要はないのだから。

 俺ははっきり言って頭は良くない。ボクシングばかりやっていた間抜けな人種だったから、ぶつかることしか知らねぇ人間だ。


「神は魔王を殺して平和をもたらせと俺に命じた。だが俺は、そうは思わない。このまま魔王を殺しても訪れるのは世界滅亡の回避だけだ。この場合は人間だけが平和を手にし、魔族は地獄を手にすることになる。そいつは違うってな、俺は思うんだよ。だから、オーフェン連れて共存唱えんだよ」


 ――ここまで神が言ってたかは覚えちゃいないが。

 ま、そんな俺でも言えることがある。そりゃ「言葉にしなければ伝わらない」ってことだ。だから俺は言葉にする。何度でも何度でも言葉にしてやる。

 そうやってぶつかることしかできないから、ぶつかるのだ。


「それが戯れ言だと、何度言えば分かるのだ……!」

「俺は人間が魔族に抱く感情なんて知らねぇ。魔族が人間に抱く憎しみも知ったこっちゃねぇ。ああ、マジリカ……お前に聞きたいことがある」

「一体今度はどのような戯れ言を」

「お前の親玉は何をもって魔王軍を結成し、戦争を始めた? 魔族の領土を広げるためか? 魔族が豊かに暮らすためか? 違うな。なぁマジリカ、お前はなんの為に戦争をしていた?」

「おい貴様――魔王様を、愚弄するのか?」


 マジリカの顔が憤怒に染まって今にも襲い掛からんばかりの殺気を放つが、今度ばかりはラミィも口を挟もうとはしてこなかった。


「お前の親玉は、この世界を破壊するつもりだ。そいつは揺るがないぞマジリカ。お前の親玉は、この戦争で世界を滅ぼそうとしている。それが親玉の目的だ。お前のように、虐げられた魔族を救う気など毛頭ない。――最近、魔王の様子はおかしくはなかったのか? 正常だったのか? 魔王はお前のことなんてどうでもいいと思ってるんだぜ。何せ四天王から外されるくらいだからな! 助けが来ねぇのもそうだ!」

「き、貴様ぁぁぁぁ!」


 今のはほんの少しのカマ掛けに過ぎない。俺は魔王の思想や目的なんぞ知らん。だがマジリカほど魔王に近ければ、その些細な言葉が心に来るはずだ。どんな些細な不信でも、一度起きればタダでは済まない。


 ……まぁ。世界の破壊が目論みなら、俺の適当発言もあながち間違っちゃいないだろうさ。俺は見たことのある神か見たことのない魔王を信じるかと言われたら、神を信じる。

 もしもこれが神の盛大なドッキリで、全部嘘でしたと後でバラしにくるのであれば話は別だが。それは絶対ない。

 確率上、絶対とは言えないが。


 ほぼ黒だろうな。


 怒りに我を忘れて、マジリカは魔法の詠唱を口にする。俺は当然の如く、詠唱し切る前に喉元を掴んで止めさせた。


「俺がお前を殺してしまわない理由を、よく考えろよ。それとこんなところで詠唱したらお前の大切なラミィとやらに被害が起きる可能性もあったんだが、そこんとこちゃんと考えたか?」


 俺はこう、暴力的な解決法しか知らないんだよ。ぶつかっても分からねぇなら分かるまでぶつかる。俺はそういう男だぜ、マジリカ。

 首を離してやると、マジリカはせき込みながらも俺を睨む。冷静さは少し戻ったみたいだな。


 俺は、一つ息を吐いた。

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