26.このロリコン野郎が

 今度はマジリカが放心する番だった。


「……え?」


 少女を空中に持ち上げたまま、俺を見つけて気持ち悪い顔のまま硬直するマジリカ。その調子で十秒ほど静寂が流れ、やっと爆発した。


「ぎゃあああああああああああああああああなんでこんなところに貴様、貴様がああああああああああ!」


 驚きのあまりに少女を落とさなかったのだけは褒めてやろう。


 その叫びに驚いて耳を塞ぐ少女をマジリカがゆっくりと降ろし、震えた声で俺を指差した。


「き、貴様……何の用だ!」

「何の用だじゃねぇ。その前にオーフェンに気付いてやれよ、なんで少女と遊んでんだこのロリコン野郎が」


 どうやらその言葉で初めてオーフェンに気付いたらしい。マジリカはオーフェンを見やり、「えっ」と呟いていた。

 叫んだ時に気付かないって、どんだけ遊びに集中してたんだ? いやその前に人間と親しくしてるってのはどういう了見なんだコイツ。


「お、おお……どうして、ここに」

「それは俺が聞きたいですよ、マジリカ様! どうしてマジリカ様はここに来ているんですか、また転移に失敗したんですか? あれだけ言ったじゃないですか、転移魔法をする際は雑念を払わないと駄目だって」


 ちゃっかり「マジリカ様」と言うオーフェン。この茶番は前からだったのか、まるで上司とは思えないほど小姑こしゅうとめのように指摘をしていく。


「話がややこしくなる前に俺から言っとく。とりあえず俺がお前に何かをするつもりは一切ない。オーフェンは俺と一緒にここまで来た。さあ、次はお前が話す番だロリコン、転移してからのことを話せ」

「ぐ、どうして我が貴様などに……!」

「お兄ちゃん、この人、悪い人じゃないよ」

「え、そうなのラミィ? 本当に?」

「うん、ほんとうだよ。私嘘つかないよ」

「そうか……ありがとうラミィ。よし、ならば話そう」


 コ、コイツ。頭のネジが外れてるとは思ったが、まさかこれほどまでとは……。


「あれは、そう。我は貴様から逃れるべく転移魔法を使い、失敗したのだが――」


 マジリカは少女一人の言葉を完全に信用し、案外簡単にこれまでのことを話してくれた。


 以下マジリカの話によると――マジリカは転移魔法に失敗し、運悪く魔大陸ヘルゲート内に落ちてしまった。そこは魔族もモンスターも寄りつかないような土地で、衰弱したマジリカは数十日もそこをさまよっていた。だがそこは流石に魔王軍元四天王、馬鹿だけど生命維持をする程度の知識は備えていて、身体にバリアを張ることでなんとか危機を凌いでいたという。

 しかしそれでも限界は来る。そうして死ぬぎりぎりで倒れていたところ、そこを横断しようとしていた少女に助けられたのだ。


 魔力濃度の高い水を一本丸々貰って魔力回復を果たし、少女を連れて転移魔法でこの集落までひとっ飛び。そこで転移に失敗したら目も当てられなかっただろうけどそんなことはなく、それからは集落の一員として隠居生活をしていたそうだ。

 この少女を連れて集落の皆に挨拶回りをしたり、家事洗濯など万能な少女に色々と世話をして貰って打ち解けたり。


 つまり。分かりやすく要約すると、このロリコン野郎は少女と甘いラブコメをしてのうのうと暮らしていた、というわけだ。


「……そうか」


 余りの馬鹿さに、俺は額に手を当てて苦笑する。マジリカってのを四天王に任命した奴は相当可哀想だな。任命したのも悪いが、ここまでアホだとは思っていなかっただろうに。


 ただ、これは好都合かもしれない。この少女だけだが、マジリカは人間に心を開いている。それはかなりいい情報だ。


「おいマジリカ」

「何だ……我をどうこうする気がないのなら帰れ……我は、この子を育てると決めたのだ。文句があるか?」


 いや別に文句はないけど育てられてるのはお前だろ。


「いいから黙って聞け、これから俺達のことを説明してやる。そっから判断しろ」


 聞こうとしなかろうが、目の前で無理矢理話をすれば嫌でも耳に入ってくる。

 というわけで、俺はマジリカとの戦い以降のことをかいつまんで説明してやることにした。






 一通り話し終えると、マジリカは神妙な面持ちでオーフェンを睨んでいた。


「我が四天王から外され……? 貴様、オルフェニカまでもを下したというのか……。しかもオーフェン、お前、人間の町に住んでいたのか……」

「はい。この人の言うことは全部、嘘偽りなく本当のことです。俺は今まで人間は非道なものかと思っていましたが、そうではない人間もいました」

「そのようだな……。我はその男を信用できんが、ラミィは純粋で良い子だ」


 お前は生粋のロリコンだな、手出したら死ぬと思え。


 ラミィ、と呼ばれる少女は目を輝かせて俺の話を聞いていた。まあこんなこと言ってる奴なんてのは珍しいだろうからな。


「だが……人間との共存だと? 笑わせるなよ。我は認めた人間以外の人間と共存する気は毛頭ないし、できん。そんな考えがまかり通るのであれば、端から戦争など仕掛けていないのだ」


 これが現実だ、と。マジリカは両手を広げた。


「貴様も見ただろう。魔族はこんな不毛な大陸に追いやられているんだ。なのに人間は他の豊かな大地を全て占領している。ふざけるなよ、貴様は何を知ってそのような戯れ言をほざく? 実現すると思っているのか? 魔族と人間族という種には、それだけ深い溝が刻まれているのだ!」

「へぇ。馬鹿の癖によく考えてるじゃねぇか。お前の言うことは尤もだよ」


 ふん、マジリカか。

 もっと頭がお花畑なのかと勘違いしていたが、これはよく考えている。残念ながら俺には言い返す言葉もない。

 なら、仕方ない。別に最初から隠すつもりもなかったんだが、奥の手を使うしかねぇみたいだな。


 俺は頬を掻いて頭を整理し、一度だけ目を瞑る。


 考えを纏めてから深呼吸をし、マジリカと目を合わせる。それから俺は、こう切り出した。


「マジリカ。俺の言うことは戯れ言、そう言ったな。なら俺がどうしてこんな戯れ言を吐くのか、その理由を話してやる――おいオーフェン、モブ達よ、ちょっとマジリカと一対一で話がしたい。外れて貰っても、いいか?」


 なら、俺が“異世界”からやってきたことを伝えてやろうじゃねぇか。まさか最初に話すのがこんな奴だとは思わなかったが――まあ、いいだろう。

 とはいえ混乱を生みかねない話ではある。説明が面倒だから、話すのはマジリカにだけだ。その他にはいずれ、きたるべき時に話そう。


「……あ、ああ。チハル様が、そう言うなら」

「おう? 分かったぜ」


 俺の言葉を受け止めた四人は、俺の真剣な眼差しを見てか、ぞろぞろとその場を後にする。

 ラミィだけは残っていたが……まあ、この歳の子くらいなら別にいいかと考え、俺は改めてマジリカへ向き直る。


「さて――」


 溜めを作ってから、俺は一方的な話を開始した。

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