24.荒廃した大陸

 魔大陸とは、本当に何もないところである。


 なんだか危なっかしい船で魔大陸に渡ってきた俺は、まずそんなことを思った。とまあ、イメージ通りの大陸でなかったのだけが幸いか。

 いや、あれだ。魔大陸って言えば、よくあるファンタジーなゲームのイメージだ。紫色の大地が広がっていて、屈強なモンスターがごろごろ転がっていて、凶悪なダンジョンばっかり蔓延っているとか、である。


 別にそんなことはなかった。規模は小さいが船を受け入れる港町は存在していたし、店もあった。治安というか、辺境の地ともいえるこの大陸で経営が保たれるのかは謎ではあるが。

 さて問題は見渡すばかりの平地である。凄い遠くの方には山が見えるが、ところどころにはこれといった物は見当たらない。枯れ木とか大岩はあるが、それらは別にどうだっていいだろう。余りにも悲惨である。


 グレゴリアとかがあるあの大陸は緑が生い茂っていたというのに、ここまでの落差はなんだろうか。きっと進めば砂漠もあろう。

 ここでは作物も満足には育たないだろうな。


「お前の家族はんなところに住んでんのか。物好きだな」

「いいや……この大陸以外は人間が支配していて、人間に認められている魔族を除いた奴らの大半はここに住んでいるんだ」

「あぁ、なるほど。そりゃすまんかった。じゃあ獣人とかは人間と共存しているのか」


 猫耳が大好きな変態が多いのだし、そういう例外は往々にしてあるのだろう。他にはこれといったことも聞いちゃいないが、もしや獣は獣でも女の子だけ受け入れられているんじゃないだろうな。


「いや。獣人はどちらかといえば分類は人間で、人間との共存をしている魔族はエルフだけと聞いている」

「あ……? そうなのか」


 違いが分からん。エルフと言うからには俺のイメージする耳の長い奴らに近いのかもしれんが、あれこそ人間だろ。

 この世界の判断基準はどうなってんだ……? まぁ、とにかくそんな種族も存在するわけだ。


 俺はどこまでも続く平面に視線をやりながら、風魔法使いの三名へ声を掛ける。

 ちなみに全員が同じローブでこれといった特徴もないのでよくわからんが、右からヤールス、ローデン、ドンガと言う。ごめんちょっと覚えられそうにない、モブ過ぎて。


「なあモブ一号、魔大陸に乗り物はないか? 馬車はないだろうが」

「そのモブ一号って、響きが良くないんだけどなんだろ。まぁこの大陸に馬車売りはいねーだろなぁ」


 だから場合に応じてモブと呼ぶことにした。ちなみに三号まであり、俺がそう番号を呼ぶだけで向こうが勝手に返事をしてくれる。実に楽だ。


「ここは歩いていくしかないみたいだな。オーフェン、その家族の住居はどこにあるんだ? 仕方ねぇから歩いていくぞ」

「あ、いいや。場所はそれほど遠くないんだが。ただ、ヘルゲートを通らなきゃいけなくて……」

「ほう」


 ヘルゲート、どうやら名前の通り相当にやばいところらしい。地球で言う砂漠の強化版のようなところで、寒暖差が大変なのだそうだ。現在時間は太陽が天辺まで昇っているので昼、踏破に掛かる時間は半日とのことから、到着は深夜以降となる。そこまで広い地形でもないのか。

 ヘルゲートに関してはモブ三号が意外と詳しく、港町で準備をすることにした。俺は現金を持っていないので、金はモブ達の出費である。

 魔族と人間の仲が悪いのに通貨が一緒なのはよくわからないが、戦争状態でなければそれなりの関係にあったのだろうか。

 ――こんな大陸に追い込まれている時点で、それはないだろうな。


 そんなこんなで準備が完了した。


 モブ三号が手配してくれたのはヘルゲート踏破用に作られた耐熱性の衣類、魔力を補給するための結晶、飲料水、食料品などだ。五人分を用意してモブ三号の財布が悲鳴を上げていたみたいだから、グレゴリアに帰ってきた時にでも何かしてやろう。いや何お前らも役立つじゃないかはっはっは。


「これでいいのか?」

「あぁ、英雄様ほどならそれだけでも十分かな、多分」


 茶色のローブを頭から被っただけだが、魔法で強化されたローブである程度の熱と日光を遮断してくれるとの談。真夏のロードワークに慣れているのであれば、確かに大丈夫そうだな。


「それじゃあ行くか」


 準備万端。俺は後ろに仲間が四人もいるという光景を珍しく思いながら、ヘルゲートへと出発した。






 しばらく歩くと草木は全く無くなり、赤茶けた荒野に出た。生命の営みすら感じさせないその地形は日照りが延々と地を焼き、ところどころ地盤が割れている。照り返しの熱も相まり、先を進む俺達一行を阻んでいた。

 からからと乾いた暑さは確かに喉が渇く。耐熱のローブらしいが、それでも全然暑い。

 他の面子も地獄でも見るような目をして歩いていた。


 その最中、隣を歩くオーフェンが突然立ち止まったので、俺はそちらの方へ顔を向ける。


「どうした? お前が止まると先に進めんが」

「――これは。チハル様」


 聞いちゃいない。オーフェンは何もない地面に膝をつき、何かを手にとって立ち上がる。

 オーフェンの手に握られていたのは、むしり取られたような黒い羽根だった。烏の羽根のようだが、そうではないだろう。随分長いこと放置されたような状態だが、これは。


「この羽根……もしや、マジリカのか?」

「ええ、恐らくは」


 あの方向音痴のマジリカ。彼が転移でここに辿り着いてしまったのなら――可能性は十分にあった。そうだとすりゃ随分と運の悪いことだ。


「どうする? 腐っても四天王任されてたやつだ、案外そこらで生き延びてるかもしれないぜ。捜してみるか?」


 まあ捜してどうにかなるのかとは思うが、オーフェンは難しい顔をしてから首を横に振った。


「いや……いい。マジリカがこのような状況にあったと分かっただけ、俺はそれで十分だ」

「そうか」


 オーフェンが今の一瞬で何を決断したのか知らんが、そちらに関して俺が口を出す気は全くない。それでいいならそれでいいんだろう。


「今は先に進みたい、あまり脇道に逸れるのはいい考えではないと思ってる」

「了解」


 色々と思うところはあったが、言及することはなく。オーフェンがマジリカの羽根を懐に入れ、一行は荒野の奥へと進む。


「何もなきゃいいんだが、な」


 マジリカがここに来ている。

 なんとなく嫌な予感が過ぎったが、それはただの考え過ぎだという可能性もある。

 俺はそう一人ごちて、先を歩き始めるオーフェンの後を追うのだった。

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