37.力及ばず

 はっきり言っていいか?

 やばい。


 レティシアとの攻防を続けていた俺の頭の中には、それだけが駆け巡っていた。俺は迫ってくる拳を下へ打ち払ってレティシアの間合いから避け、更に押し寄せるゴーレムからも逃げて一時離脱する。

 が、この程度で逃げられるはずもなく、レティシアは俺に向かって突っ込んできた。


 俺が今までこの世界で優位に立って戦えていたのは、相手が魔法しか使えない奴らだったからだ。だがレティシアはそうじゃない。

 こいつは俺が直々に鍛えちまったんだ。そんな長期間鍛え続けていたわけじゃないからまだまだ鍛え方は甘いし、戦い方もなっちゃいないが……それらは強化魔法のゴリ押しでなんとかなっている。


 速さ、重さ、共に申し分がない。当たれば強烈な一撃であることに変わりはないし、何よりゴーレムが邪魔だ。


 ああ、分かってる。お前は天才だよ。もう少し鍛えて格闘技なんか教えちまったら、すぐに俺なんか追い越してしまうほどにな。

 そのために教えた部分もあるんだが――。


 いやまさか教え子にボコボコにされるとは、思わないだろう。いや元来そういうものか? 師匠ってのは教え子に抜かれて引退するもんだしな……んなこと言ってる場合じゃねぇ。


 普通に倒されるならまだしも、ここで俺が負けるわけにはいかねぇんだよ。

 傷だらけで動かない身体に叱咤を与え、構えを取る。


 ここで俺が負けたらそれこそ終わりだ。レティシア倒せるやつなんかこの世にいるかも分からないし、俺の知ってる奴じゃ敵も含めて無理だろう。

 そも、俺が止めると決めたんだ。


「ちょっといてぇが――我慢しろよ」


 今のお前なら、俺が本気出しても死なないだろ。


 ――意識を集中させる。今、必要な情報はレティシアと周りでうじゃうじゃしているゴーレムのみだ。他は考えるな。

 倒すことだけ考えろ。


「……――ふっ」


 レティシアが右の拳で打ってくる。サイドステップで左に避ければ、肉体強化された彼女は強引な方向転換でやって来る。

 そうだ。根本的な技術はない。レティシアには基礎体力は付けてやったが、戦い方は教えていない。


 荒削りだがセンスはいい。しかしそれだけじゃ俺には通用しない。


 体重移動で躱し、弾き、今度は俺から肉薄する。

 だがここで注意しなきゃいけないのはゴーレムだ。


 ここはリングの上じゃないから敵はボクシングでは攻めてこない。あくまで俺を殺すために。そうインプットされた動きで俺を仕留めにくる。


 冷静になれ。いくら相手が速かろうと、俺が傷を負っていようと。単純な動きには限界がある。


「面倒くせぇゴーレムだな!」


 ゴーレムが後ろからタックルしてくることを察知し、横に飛び込んで退避。すると距離を離した隙を狙ってレティシアが魔法の詠唱を唱える。

 ――系統は火か。


 ならば、と即座にレティシアに向かって駆け出した。放たれる火弾を身体を捻っていなし、一瞬生まれた隙を狙う。


「ここだ……!」


 俺は握っていた拳を開き――、

 慌てて回避に移ろうとしたレティシアの顔面を押して吹っ飛ばした。


 如何に肉体強化を施していても、俺の攻撃を避けるには“やっていること”が多すぎたようで。回転して後ろへ飛んだレティシアが壁に激突してダウンするのを見て、ふうと溜め息を吐く。


 張り手。別にボクシングのみで立ち向かう必要はない。グローブ付けてない拳で顔面なんか殴ってしまえば両者共に無事では済まないし、俺の目的はレティシアを助けることであって殺すことではない。

 これで落ちてくれればよかったのだが……。


 ゆっくりと立ち上がるレティシアに、嘆息一つ。


 今の相対の内にゴーレムが大分囲んでいたようで、いつの間にか逃げ場が無くなっていた。一匹ずつなら大したことはねぇけど、この数じゃ避けられない。


 レティシアがやってくる。ゆっくりとした足取りで、何かを唱えつつ。その身体を炎が纏う。それと一斉にゴーレムが俺へ走ってくるのは、同時だった。


「それも肉体強化の一貫ってか……?」


 玉砕覚悟でゴーレムの一体にタックルかまして逃げ道を作ると、既にそこまで回り込んできたレティシアの攻撃が飛んでくる。拳に、火弾。この体勢じゃ避けられない。


 そう判断した俺は腕でクロスを作りガードを組んだ。瞬時に爆熱が腕を焼き、レティシアの拳が捩じ込まれた。俺はぎりぎりで受け身を取って着地するものの、ダメージは深い。再度血を吐いて、ゴーレムの輪の中に戻されたという絶望感を抱いていた。


 機械のように動くレティシアは、俺のタックルで壊されたゴーレムの上を踏み台にし、ここまで一歩で飛んで距離を詰めてくる。


「こりゃ、四面楚歌ってやつだな……」


 純白のローブが魔法による火で赤く照り、白く細い腕が俺に伸ばされる。その手に顕現するのは、髪の色と同じく煌めく金色の粒子。ばちりと弾けた粒子の先が、俺に向けられる。


 何をする気か分からないが、魔法は使わせない。同じように駆け出し――。


「なっ」


 崩れ、落ちた。途中で力を失った身体は動かなくなり、走っていた勢いのまま地面に転がって無様に倒れる。

 眼前に映ったのは、無表情で俺を見据えるレティシアの碧眼。


 ……ああ、そうかよ。


 とうとう俺の身体にも限界が来てしまったのだ。度重なる酷使に加えた酷使。出血で意識が朦朧となり、火傷で感覚が鈍り、疲労で自分の肉体すらも満足に動かせなくなったのか。

 それが、今か。


 ふざけんじゃねぇよ。


 腕を動かす。ずさりと引きずる音がして、少しだけレティシアに近づいた。

 脚を動かす。動かない。


「……レティシア」


 徐々に収束していく光の中、俺は。傷だらけの腕を伸ばすことしかできなかった。


「わりぃ……約束、守れなかったな……」


 腕はあえなく地に落ちる。どこにも到達することもなく、俺は静かに顔だけを上げた。


 今更謝罪なんかしてどうなるってんだ。あれだけ自信満々に言っといて、俺がやられてんじゃねぇか、クソ――。


 レティシアは、答えない。


 代わり、凝縮された光が目映いほどの輝きを放つ。


 俺は自嘲気味に笑って、目を閉じた。

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