35.先に行け

「こいつはどうなってんだ――」


 横から薙ぐように向かってくる触手を蹴り飛ばし、肘打ちで切り裂き、拳で破砕する。走り回っていると、馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくるだけの触手の対処はし易い。触手同士で勝手に絡まったりすることから、恐らくは簡単な命令しかされていないのだと思われる。

 なのだが、かなり厄介な点があった。


「マジリカ、こいつはどうにかできねぇのか?」


 呼びかける間も向かってくる触手を打ち払って吹き飛ばす。

 しかしそうして倒したはずの触手は――切断面から、一瞬で再生してしまうのだ。それに掛かる時間は破壊してからおよそ五秒。このとんでもない数の触手が相手じゃ五秒のインターバルなど意味を為さないと言ってよかった。


「無理だ。破壊することは手伝えても、再生まで止めるような魔法は習得していない!」

「くそ、面倒臭ぇな……!」


 そして、その触手は俺ばかりを狙ってくるのだ。マジリカは魔族だからか、それとも魔王軍にいたからなのか、とんと狙ってはこない。だから攻撃は俺に集中するし、祭壇へ近付けば近付くほど攻撃は激化する。

 そのためマジリカは思う存分魔法を放つことができているが、それでも一度に消滅させられる触手が数十程度。半分も消滅させることができないのでは。単体しか殴ることのできない俺ではあまり意味がない。


 そしてそれらはたった五秒で再生し、再び襲ってくる。既に、その一連の動作に何度も阻まれていた。


「てかよ、ぶっ壊し続けりゃ終わんのかよこいつら」

「いや……この傀儡生物は山脈に流れている魔力を利用している。そんなことをしようとすれば、自然を滅ぼすまで戦わなきゃいけないぞ」

「なら他に方法はあるか?」


 少しでも体力の消耗を減らすため、俺は完全に守りの体勢に入って触手を捌く。半ば駄目元で訊くと、思わぬ返事が返ってきた。


「ある」


 マジリカは確かにそう言った。俺は一旦後退してマジリカの隣まで下がり、耳を傾ける。何だと聞くと、覚悟を決めたような顔で口を開いた。


「見ての通り、傀儡生物は我を狙っては来ない。いや、貴様がいるから優先順位が貴様になっているだけなのだがな」

「それで」

「転移魔法陣に乗ればこちらの勝ちだ、しかし傀儡生物は全力で守ってくるだろう。そこが狙い目だ」

「……ああ、なるほどな」


 触手の動きは単純だ。俺が近付けば攻撃してきて、なおかつ祭壇に近付くにつれて触手は防備を固める。つまり、そこに触手は集中する。


「俺が囮を引き受け、お前がそこに魔法をぶち込むってことか?」

「そうなる。手薄になる五秒間に我が魔力を流すから、貴様はそのまま転移しろ」


 なるほど単純明快な策だ。かなり俺の力量に頼っている部分があるが、知った上で言っているんだろう。やってやろうじゃねぇか。

 俺は身体を脱力させ、いつでも突貫できるように準備を整える。


「威力足りなかったら許さんぞ、お前」

「我を舐めるな。――地獄の門開きし時、その獄炎は舞う。地上の全てを焼き払い、溶かし尽くし、灰燼と化す灼熱の焔(ほむら)よ――」


 詠唱をある程度聞いてから、ここぞというタイミングで飛び出した。すぐに俺に狙いをつけた触手が襲ってくるが、その全てを躱して走り抜ける。目指すは祭壇まで、一直線に。


 触手が祭壇を守ろうと蠢き、背後から大量の漆黒が飛び込んでくる。退路は断たれた、前方も塞がれた。左右からも俺目掛けて触手が向かってくる。頼んだぞ――。


「――滅却せよ、ヘル・フレア!」


 詠唱の最後が耳に響き渡り、背後から熱波が押し寄せる。俺はちら、と後ろに一瞥をくれ、再び祭壇へと駆けた。爆炎と共に触手が焼ける音がし、それが自分の身まで迫っているのを感じ、壁のように防いでいる触手へと跳躍する。


「ったく、俺まで殺す気かよあの野郎……!」


 まあそんくらいしねぇと、突破できねぇかもな。左右へ一度づつ目を配り、そこもマジリカの放った熱波に焼かれている触手を確認してから、


「らぁぁぁあ!」


 目一杯壁を蹴り、横に飛び込んだ。一瞬だけ視界が真っ赤に染まり、身体が熱を感じる。そのまま気合で熱波の範囲外へ退避して受身を取り、そうしてから俺は軽く咳き込んだ。


 少し喉が焼けたか? 服も焦げ付いていて、肌も箇所箇所に火傷が見られる。上手く退避したつもりだったのだが、この一瞬だけでここまでダメージが来るとはな。

 だが――。祭壇の方を見やれば、熱波をまともに受けた触手共はどれも焼け爛れてぼろぼろと地へ崩れ落ちていた。俺も一歩行動選択をミスっていたらああなっていたに違いないってのを考えると、冷や汗が頬を流れ落ちる。

 作戦成功だ。


 即座に立ち上がり、触手が再生を始める前に祭壇へ飛び乗る。マジリカは祭壇手前までやってきて、両腕を天に掲げていた。そこで魔力を流すのか? いや待て。


「マジリカ、お前!」

「この作戦は貴様一人を通すだけの計算しかしていない、我が乗って魔力を流すだけの時間は考えていないのだ! 先に行け、我も後で向かう」

「んな無茶な――」


 時間はあと一秒とない。再生を完了させた触手が一斉に俺へと向かう。

 同時に発生する浮遊感。魔法陣が歪な輝きを見せ、視界が明滅する。


 お前一人でどう切り抜けるってんだ。そう叫ぼうとして、意識がどこかへ飛ばされた。



 ◇



 チハルが無事転移した。ギリギリで間に合ったことが分かったマジリカは、ほっと息を撫で下ろす。元々自分が向かってもしてやれることはなかったのだ。

 マジリカがやれるのはチハルを魔王城まで転移させること。それさえ達成できれば、後はあの英雄がどうにでもしてくれるはずだ。


「……さて」


 完全再生した触手がマジリカを取り囲んでいる。どうやらここから逃がすつもりもないらしい。先程の魔法によってマジリカを完全なる敵だと見なしたのか、それともただの命令の内の一つか。

 どっちにしろ、やることは一つだった。


「我を誰だと思っている。ダフィーリカ本人ならまだしも、たかが傀儡生物如きが我をどうこうできるとは思わんことだな」


 一人では転移魔法陣へ辿り付けないというのは、元四天王として些か問題があるのかもしれないが――流石にこんなものに遅れを取るわけにはいかない、と。

 かなり魔力を消費してしまったが、ここで朽ち果てるわけにはいかないだろう、と。


 マジリカは獰猛な笑みをその顔に張りつけ、吼えた。


「我に牙を剥いたこと、後悔させてくれよう!」

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