10

 仁は香介がいつ爆発するか気が気でなかった。

 恵里がまだ青葉であった頃、彼の核は違うということを言っていたのを思い出していた。前世の香介も今と変わらず好青年ではあった。相違点も見た目以外では、特に見当たらない。もっとも現世での香介とはまともに話す機会がなかったため、恵里からの要望で香介の盗み撮りをしている巫女からの印象を聞いたものであった。

 その印象とは苦労人というものだった。

 望んでもいないのに苦労の女神に溺愛されているのではと勘ぐるぐらいに彼のもとには厄介事が意気揚々と舞い込んできた。ただ、それを愚痴りながらも淡々と解決していたという。

 その姿は前世の彼が持つ印象と同様のものであった。

 生まれ変わってもその資質が変わらないところが、香介の香介たる所以であると仁は考えていた。幾度の転生を果たした青葉もそんなところに惹かれたのだろうと考えていた。

 だが仁はその考えを改める必要があると悟った。

 香介はいわば時代が時代ならば一つの時代に終わりを告げることができる人物であると仁や花子は評していた。閻魔大王の神谷でさえ、そうであろうと同意していた。その考えは変わらない。ただ、終わりを告げる者であると同時に始まりを告げることもできる者であっただけのことだ。

 この二つは一見、同じもののように思える。切り離して考えられないだけで、それぞれは全く別種なのである。勇者が魔王を倒し時代を終わらせたとしても、新たに時代を作り上げていくのは勇者ではなく王やそれに準ずる者である。新しい時代を紡ぐことは勇者にはできない。

 しかし、極稀にその両方の資質を持って生まれいでる者が現れる。

 それは得てして後世に魔王と呼ばれる者が多い。

 香介もまたその資質を持つ者の一人であった。

 お伽草紙では女神は勇者に力を与えるものであるが、女神が力を与えたのは魔王であったから大変な話である。だが、魔王と女神が相思相愛になったがゆえ世界の平和は保たれたというので、勇者にとって腑に落ちない結果となった。

 そんな彼が平衡を保っていられたのは女神がいつも側にいて支え合っていたからである。

 脆さが強さへと繋がる。一歩でも史間違えれば狂気となる。

 それがその資質を持つ者が魔王と呼ばれるか否かの分岐点であった。

 今の香介はそこに踏み込みかけていた。

 下手に触れても火傷し、放置したら踏み込んでしまう。

 仁は頭を悩ませる。そこへ組長を迎えに行っていた若い衆がグレースーツの男を連れて戻ってきた。若い衆は頭を擦っていた。きっと自身を玄関で待たせていたことを咎められて叩かれたのだろうと仁は思った。

 グレースーツの男は恭しく頭を下げる。

「渡良瀬組組長、渡良瀬健介です。創造神様、お久しぶりです。その他の方々ははじめましてになりますかな」

 以前から険しい顔が特徴的な男であったが、若くして組長となり一際凄味が増したと仁は感じた。挨拶もそこそこに香介に目を遣る。自分の感情に振り回されないように、必死に自分を抑えていた。押さえた左腕に爪を立て、痛みで理性を持ち続けていた。

「恵里はいるんだろう」

 口を開いた。

 酷く冷たい声だった。

「ああ、丁重にもてなしている」

 普段の仁ならばその額面通りにその言葉を受け取ったはずである。今はその企みを知っている。ゆえにその言葉が末恐ろしく感じられた。

「会わせろ」

「ああ、いいだろう。――だが、しばし待ってくれ。彼女には多少用事があるので、ね」

 香介の左腕には血汐が染まり始めていた。

 慌てて「あとでちゃんと会わせてくれるんでしょ?」と仁が間に入る。

 渡良瀬は似合わない笑みを浮かべる。

「ええ、創造神様に誓って」

 そうして一行は部屋へ通された。部屋は畳の敷かれた宴会場ほどの広間であった。若い衆が慌てた様子で仁らがくつろげるスペースを座布団やらで作り上げていく。

 その中で花子が恵里や杏子があまりにも近くにいることを感じた。だが自身を鎮めることに専念している香介に言うべきではないと流石に察し、素知らぬ顔をする。

 その慣れない様子を見て、仁は花子が何かに気付いたと勘付く。考えが足りないもしくは考えが飛躍しがちな花子であるが、今だけは下手に突かない方がいい。仁はそう感じた。

 その判断は正しかった。

 これが二人の長年の信頼の現れであった。

 それ以上の進展がないのが花子をやきもきさせていた。

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