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香介を取り囲む黒服らに緩慢な空気が流れていた。どう沈めるかを相談していた男たちはいつの間に互いにか目配し「手違いかなんかか?」と疑問を投げかけ合っていた。
そこへ「はいはい、どいてどいてー」とやる気のない声が香介の耳に届く。黒服をかき分けて現れたのは白い小袖の緋袴を纏った女性である。女性は面倒事が起きていると考え、それを諌めるためにここへと現れた。気性の荒い者らが起こすような騒動は似たようなものであると容易に想像できて気が滅入る巫女であるが責任者がいないので彼女が対応しなければならなかった。責任者を追い出したのは他でもない彼女である。ゆえに自業自得だった。
そんな巫女が争いの中心で見たのは青年と頭を抱えて怯える女性であった。それを見た瞬間、血の気が引いた。
巫女は頭を抱える女性――島田のことは全く見覚えがない。小さい街ゆえどこかですれ違ったことはあるかもしれないが、その程度のものでしかない。対して青年のことはよくよく知っていた。見ていた。
巫女は香介のことを一方的に知っていた。時折恵里から香介の隠し撮りを頼まれていたからである。神社の主である仁と違い、恵里は機械音痴ではない。しかし精密機器は使い方を覚えるのが面倒なため全て任せっきりにしていた。このため巫女は香介を知っていた。恵里がどれほど香介にご執着なのかも知っていた。ゆえに香介に何かしたことが香介に知られたらタダでは済まない。寛大過ぎる仁とは違い、あちらの主は短気なのである。
巫女は急いで黒服に守られた老人にそのことを耳打ちする。すると老人の顔も青くなった。
老人は慌てて香介に立ち塞がる黒服をどかし、香介の両手を取り、頭を下げる。
「これはこれは香介殿でありましたか。そんなこととは露知らずご無礼を働いてしまい誠に申し訳ございません」
老人の口から『香介』と飛び出したことで黒服らは姿勢を正し、直角に頭を下げた。その者らは一人残らず額に冷や汗が流れていた。
「岡部香介様、本日は何用でこちらにお見えになったのですか。それと不都合でなければそちらの女性との関係も教えてくだされませんか?」
巫女はそう尋ねる。声は震えていた。
香介は島田に目を遣る。効率の面でいえば巫女と黒服らに取り入った方が良かった。それだけで島田を切る理由に成り得る。だが、結論はまだ出すのには早いという結論になる。
情報が足りないのだ。
島田の怯えようと黒服らの怒り、加えて恵里と自分の存在、それらのせめて一つを知る切っ掛けを探り出さなければならなかった。
香介は慇懃な礼をし、切り出す。
「こちらに神様がいると聞いて参りました。その方に人探しの手伝いをお願いしたいと思った所存です。こちらの女性も人探しをして欲しいとのことです」
巫女は気まずそうな顔をする。それもこれも仁がいないからである。巫女が追い出したからである。恵里がこのことを知ったら雷が落ちるはずだ。これは比喩的表現ではない。
ゆえにできるだけ穏便に済ますため丁寧に、それでいて落ち度を少なめにするための言葉を選ぶ。
「すいません。神はいま不在でしてすぐに願いを聞くことはできません。ですが私どもが人探しを手伝いましょう。ですのでよろしければ探している人の名前をお教えくださいませんか」
もっとも仁がいても人探しなどできない。そんな力は人が生まれる数世紀前に失われていた。
香介は考える。
これで恵里を探すことはできる。問題は島田だ。島田は何やら黒服らを怒らせることをしでかしてしまっていたらしい。恵里の彼氏である自身の願いは聞き入れてもらえるだろうが、島田はそういうわけにもいかない。無論、島田なぞ知ったものかと無視するのも手の一つである。だが、ここで恩を売っておいても損にはならない。どうしたものか。
そんなことを考えていると石階段から数人の黒服が上がってきた。彼らの衣服は刃物で切られたかのような傷があり、素肌が見えていた。その中の一人はお尻の狸の尻尾が生えていた。
「どうした!」
老人は怒鳴り声に似た声で訊くと、弱り切った彼らは息を整えながら、けれども渋々といった様子だった。
「……これは内々で済まそうということで奥方から頼まれていたことなので皆さんが知らないことを理解してお聞きください」
そのような前置きをして説明始める。
「奥方からある相談をされました。その内容は決して口外してはならないとのことですので今も言えません。ただ、相談事の解決に当っている最中にある者らに襲われました。おそらく隣の組の者かと」
ここで狸の黒服が島田に気付く。すると慌てたように立ち上がる。
「どうしてお前がここにいる! 奥方からの命令を聞かなかったのか!」
島田はビクリと肩を震わせ、何が何だかわからないといった様子である。
「え、いや、なんのこと?」
「奥方をそそのかしたというのにその態度はなんだ!」
「え、え」
「裏でこそこそ動いていたくせ弱がる真似はよせ! どうせ関を雇って俺らを消そうとしたのもお前なんだろ!」
関智春という男の名が出るやいなや黒服らの空気が変わる。先の鬼の形相の時と違い、不安でどよめき立っていた。
老人が狸の黒服に尋ねる。
「それは本当か?」
「はい、本当でございます」
「その女を捕らえよ!」
両脇から島田の腕を取り、無理矢理立たせる。
「違います。私は殺そうなんて、雇ったりなんてしていません」
前に出た老人は島田の頬を乱暴に鷲掴みする。
「お前、あの男と連絡を取っていたのか」
「な、なんのことか知りません! 陰陽師の先生に祝詞を読んで貰おうと呼びましたけど関智春を呼んだ覚えはありません!」
狸の黒服が怒鳴る。
「じゃあなんでこの街に関がいるんだ!」
「……それはわかりません」
老人は肩を竦める。
「話にならんな。どっかに閉じ込めておけ」
香介は島田を助けるかべきかの選択を迷っていた。ここで助け舟を出さなければ島田から情報を得ることは不可能になる。そうなってしまえば恩を売れなくなってしまう。だがリスクを売ってまですることではないという考えもあった。心情的には島田を助けたい香介ではあるが、わざわざ助けなくても目的を達することはできる。
ここで一つ疑問を覚える。
「関智春とは誰なんですか?」
その場の誰しもがそのことを話すのに渋っていた。
「もちろん俺に教えられないという意味の禁忌というなら結構です。――ただそうなると俺に、恵里の力を借りに懇願しにきた意味がわからなくなるなと思ってね」
老人が怪訝な顔で香介に「お手数でなければそのことについてお教えくれませんか」と尋ねる。
「もちろんです。ただ関のことについて答えられる範囲で構いませんので答えてくださいね」
「……わかりました」
恵里と島田を秤にかけた老人は島田をどうにかすべきという結論に達した。
「では先に話します」
香介は島田と出会ってからあったことを説明する。そうして今は恵里を捜していることも。
老人の疑念は振り払われなかったが薄まっていた。
「ではこちらも関のことを説明しましょう。――天野恵里様の居場所も」
突如話題に登った恵里に香介は耳を疑った。
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