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恵里は頭を抱えていた。顔面蒼白。その銀髪と遜色ない顔色であった。あまりの血の気が引きように家族のことで気が気でない杏子の母でさえ具合が悪いのかどうか心配した。それに「問題ないよ。少し驚いただけだから」と机に肘付き、前髪を乱暴に掻きあげた。
「どうしてここにいるんだい」
小さく、香介、と続けた。
前世で香介が胸を貫かれた記憶が蘇る。それがキッカケとなりその前、さらにその前と次々と別れの瞬間が浮かび上がっていく。
他殺、病気、処刑、入水、焼死。
幾度、無残な死を遂げてきた。例を挙げればキリがないほどに。中でもとりわけ無残なものは入水であった。入水自殺してから一週間してようやく見つかった彼は見ることすらはばかれる姿になっていた。皮膚は腐り果て、眼球は魚に食い散らかされ、虫が体内から湧いていた。遺体からはすえた臭いが発生し、胃から汚物が込み上げるほどだった。それでも恵里は遺体を抱いて泣いた。
その都度、恵里は転生を繰り返してきた。
ただひたすら香介との平穏な人生を望んで。
努力はしてきた。
ただ報われない。
報われない恋ならば諦めもつくだろう。
不運なことに恋だけならば報われてしまっている。
いつか本当の意味で報われるために恵里は努力を繰り返す。
「これだよ。この感じ。久しいね」
虫の知らせというものがある。何かの前兆を感じ取る予知能力の一種だと言われている。今の恵里に予知能力はない。だが、幾度の人生を乗り越えて、その独特の感覚を覚えるに至っていた。
何もないのに鳥肌が立ち、耳が鳴る。足が震え、心臓が大きく脈打つ。
この直後、何かが起こる。
それが全ての分水嶺。
恵里が繰り返す意味。
「動くな」
近寄ろうとする狸に短く告げた。
「顔色悪いので何かあったのかと」
「ああ、心配しなくてもいいよ。持病の癪みたいなものだからね」
「あんた、そんなもの持ってたの?」
恵里の親友が驚いた顔をする。完全無欠な恵里がそんなものを持っているとは思わなかったのだろう。
「一生に一度、転生した体に起こるものだよ」
そう言って震える体を両手で抱きしめる。
それはもはや武者震いの体をなしていた。
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