12
渡良瀬が悟史のいる部屋へ戻ってくる。
肩をぽきぽきと鳴らしあぐらをかく。
「待たせたな」
渡良瀬は仁を部屋に通した時点でこの話し合いをどうするか決断した。それは悟史にこの場で権限の委譲を認めさせること。
それまでは悟史が認めても、原田会全体を認めさせるために余計な手間暇が掛かる。それを踏んで、杏子を拉致した。交渉のテーブルにつかせ、少しでも有利に進めるためだ。かつ、結論を先延ばしにさせないためでもある。
だが、仁がこの場に現れたことにより状況は一変する。
次期組長である悟史が認め、仁に進言さえすれば、権限の委譲はそれだけで終了する。余計な交渉など必要ない。ただひたすらに脅せばいいのだ。
渡良瀬は煙草に火を点ける。好きでもない煙を肺に入れる。体に悪いものを金を払ってまで吸うことは合理主義者である渡良瀬にはにわかに信じがたいことである。だが自分を大きく見せるという一点においては着目せざるおえなかった。
全ては組のため、金のため、自分のためである。
「こちらに明け渡す覚悟はできたか?」
「できるわけないです」
「今はもうお前が覚悟するかどうかは関係ないけどな」
煙を吐く。この体中の力が抜ける感覚だけは気に入っていた。
緊張を隠し切れない悟史にもうひと踏ん張りとばかりに息を吸い込む。
「状況が変わった。お前さえ頷けばそれで全てが終わる。頷けば嫁さんと帰れて、晴れて新婚生活だ。だから頷け」
「頷けるわけないでしょう」
当然だろう。頷く理由がない。
ならば作ってしまえばいいのだ。
「おい!」
渡良瀬がそう部屋の外にいる部下に呼びかけると、部下は一人の女性を乱暴に畳に転がした。
悟史は転がされた女性に目を遣る。
そして、我が目を疑った。
そこには手足を縛られ、さるぐつわを噛まされた杏子の姿がそこにあった。もがく杏子を解放しようと立ち上がり、駆け寄る。部下がその前に立ち塞がった。
「どういうつもりですか?」
渡良瀬を精一杯睨みつける。
だが慣れないことをしているせいか、眉間には皺一つ集まらなかった。
「どういうつもりも何も、お前が認めるまで痛めつけるだけだ」
渡良瀬は煙草の先を杏子の軟肌に押し付ける仕草を見せつける。
「やめてください!」
悟史の懇願に煙草を再び咥える。
「なら今から呼ぶ男に顔役としての権限とシマの譲渡を言え」
杏子が声をあげようとするも、さるぐつわに阻まれ呻く形となる。それだけでも悟史には伝わった。杏子にとって組は家族である。譲渡するということは、家族を差し出すのと杏子にとっては同じ意味である。だが悟史にとってもこの状況は同じだった。家族となる杏子が黙って傷ついていく様を黙って見過ごすことなどできなかった。
「……わかりました。その方を連れてきてください」
苦渋の決断であった。
その決断は、杏子と共に生きることを許されないことを意味していた。
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