7
「箱の中に入っている女性。それは神社で今日、式を挙げる人ではないでしょうか」
関の言葉に花子が「どうして結婚する奴が箱ん中入ってんだよ」と噛み付く。
仁は花子をなだめる。
「たしかに今日式は伸びたけど、花嫁が失踪したなんて聞いてないけどなぁ」
関は首を傾げた。
「私の電話には依頼主から花嫁が失踪したから捜してくれという連絡がありました。偶然出会った詳しい男性に話を聞くと、それはプラチナブロンドの髪をしたハーフの女性だと」
「ハーフ? まあ、妖怪と人間のハーフだけど普通に黒髪だよ」
関の顔から隠し切れない動揺が表面に現れる。
「それではあの男性の捜し人と式を挙げる女性は別人だったのですか……」
仁はその男性が誰だかわかってしまった。その男性が捜している女性が誰かもわかってしまった。花子もわかったらしく意地悪に鼻を鳴らす。
「その二人は知り合いですから、僕の方からどうにかします」
「それではお願いします。どうやら勘違いしておりました。ところでそちらにはそのような連絡はなかったのですか?」
仁は改めて巫女から送られたメールを見る。そこには式の開始時間を延長する旨しか書かれていなかった。
「うん、式の開始を遅らせるということしか言われてないかな」
「一度あの女に確かめてみればいいじゃないか」
花子が仁から携帯電話を奪うと、着信履歴から素早く巫女へと繋ぐ。それは機械音痴な仁からしてみれば惚れ惚れとする手際の良さであった。
「死神だ。訊きたいことがある」
そう通話開始早々口にした。するとだんだん険しい顔へと変化していき、最終的には苦虫を噛み潰した顔で仁に携帯電話を押し付ける。
「代わりました、仁です」
恐る恐る電話にでると巫女の怒気が通話口から伝わってきた。
「ねえ、なんでアイツがアンタの携帯から電話かけてくるわけ?」
「今一緒にいて――」
「は? 言伝は頼んだけど今も一緒にいろとは言ってないわよ」
「ごめんなさい。言い訳してもいいですか?」
「簡潔に。こっちも言わなきゃいけない用事があるから」
「はい」
非常に簡潔な説明を始める。事実だけを掻い摘んで伝え、この電話の趣旨は式の遅延理由を詳しく尋ねることだということを最後に付け加えた。
「ならちょうどいいわ。こっちも似たようなこと伝える気だったから」
「似たようなこと?」
「誘拐されたの。今日式を挙げる予定だった杏子。間違いないわ。それとこれは憶測。けれど信憑性は高いわ。組員の化け狸が組員をそそのかして拉致したの。その杏子は港町の倉庫から今はどこかへ逃げ出したみたい。だけどまだ捕まるかもしれないから早く保護して。あとそこにいるちっちゃい子、その子も追われてたみたいだからできるだけ一緒に移動して。保護できる人材をそっちに回す余裕ないから」
「男の子の件はどうする?」
「アイツにそれは後回しにするように言って。今は緊急事態だから」
「うん、わかった」
通話を終え、仁は皆にその旨を伝えた。それぞれ納得してくれたものの、花子だけは舌打ちしていた。それ故に流れる空気はひどく悪かった。どうにかしてくれという視線が仁に注がれる。これは過去、無能になった直後にせめてリーダーシップぐらいは取ってくれという部下たちの責任を押し付ける視線と酷似していた。
「とりあえず港町へ行こうか。お嫁さんはそこにいたみたいだから」
仁の鶴の一声で一行は港町へと向かうことになる。道中は踏んだり蹴ったりの花子によって空気は西方から飛来する粒子状物質の如く汚染されていた。誰も彼もバツを書かれたマスクで発言権を失われているかのように、口を強く紡ぎ、大気汚染からそれぞれ防護していた。
そのマスクが外れたのは港町について早々のことである。
あるおばさんが関に突然すがってきたのだ。女の人が、女の人が、と言葉をまとめられず、ただ繰り返していた。関はそんなおばさんに微笑みかけ、落ち着く方向へと促す。おばさんは気が動転してそれどころではないらしく、なおも同じ音を繰り返した。見かねて仁も落ち着かせるために関に助力し始める。
そんなおばさんを見て梨香子は口を抑え、目を大きく見開いていた。
花子はそんな梨香子に気付くと、頭を撫でながらどうしたのかと尋ねる。
「あ、あのおばさん、知ってる」
「誰なんだ?」
梨香子は花子に敵意がないことを理解しながらも、恐怖を振り払えず声が震える。
「とととと友達のお母さんですっ」
「ほう、その友人は息災か?」
「い、いまは寝たきりだそうです」
「そうか、悪いことを聞いた」
「い、いえいいんです」
「そいつの名前はなんという?」
「か和義くんです。上条和義くん」
花子はその名前に聞き覚えがあった。それは今日魂を天界へ運ぶ人物の名前である。先の争いがあった廊下はその病室の前だった。その段になり梨香子は和義の見舞いをするために来たのだと気付いた。
「……悪いな。そいつは死ななければならない。それが死神としてのあたしの仕事だ」
仕方のないことだと自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと話し、噛み締める。このような機会は長い時を過ごしてきた花子にとって幾度と無くあった。だが、慣れることはない。泣き叫ぶ者、すがる者、対象を逃がそうとする者、様々いた。
「い、いいえ、大丈夫です。いえ、私が大丈夫でも仕方ないですね。でも、それがお仕事なら仕方ないことなんでしょう」
その中でも一番辛いのはこのように、思いの丈を閉じ込めて笑顔を作る者と接した時だった。
「でも一つわがままを言ってもいいですか?」
「なんだ?」
「この事件が終わったら――」
「あ、二人ともおばさんが落ち着いたから話聞こう」
梨香子は話すタイミングを失ってしまい目でどうしたらよいか花子に訴えた。
「あー、それじゃ全て終わったら教えてくれ」
もう一度梨香子の頭を撫で、おばさんの話を聞きに向かう。そんな花子に梨香子は不器用な人の良さを感じ取った。
梨香子が花子の後を追って話の輪に入ると、おばさんは梨香子の姿を捉えることができないため、もうすでに会話が展開されていた。
話を追うと、梨香子は女性が連れさらわれたことだけ理解できた。他に付け加えるのならば女性が生臭さがどうしようもなく苦手なことぐらいである。
それぐらいのことしか考えられなかった梨香子に対し、仁はたったそれだけで「それは杏子ちゃんで間違いないね」と確信した。それは杏子が幼い頃から仁と交流があるため判断できたことである。それを知らない梨香子からしてみれば魔法のようであった。大人はいとも簡単にそのようなことも判断できるという大人に対する間違った尊敬を梨香子は一つ増やした。
「どうして杏子ちゃんはその男らに連れて行かれたと思う?」
仁は疑問を投げる。
「どうしても何も、ここが原田会と敵対してる組織のシマだからじゃないか?」
その時、仁の思考が止まる。それは戸惑いという感情を名付けるのに相応しいものであった。
「花ちゃん、本当に花ちゃん?」
目を丸くした仁はふにふにとした花子の頬を弄くる。顔を真赤にした花子はその手を払いのける。
「花ちゃんだ。花子だとも。センスが無いお前が名づけた川崎花子だ」
「センスが無いなんて酷いなぁ」
軽口で笑顔を浮かべる仁は心中で土下座する。芸人の花子が由来であることを隠し通していることを土下座する。もはや言い出せない空気になってしまったことを土下座する。
「うん、花ちゃんだ」
「だから呼ぶなって」
「それで敵対してる組織ってどういうこと?」
「お前が町の顔役をやらせている原田会には長年目と鼻の先に睨み合いを続けている別の組がいる。渡良瀬組といって、この町が復興した時からとほとんど同じ時間を原田会との争いに使ってきた。――まあ、最近は代替わりしてそれも終わりを迎えたみたいだけどな。だが組織ってのは一枚岩なんてありえない。頭が何を考えていても手足が反発することなんてよくあることだ」
「花ちゃん? 僕に何か不満ある?」
刺のある含みに、見に覚えがありすぎる仁は不安に駆られる。
「不満を持たせている覚えがあるのなら改善する気があるぐらいのポーズぐらい見せてみろ」
「善処させていただきます」
おばさんが漫才を終えた花子の腕を引く。
「あなた、そういうのに詳しいの? 警察関係? ならあの子を助けてあげて」
藁をもつかむ思いのおばさんにすがられた花子は無碍に突き放すわけにもいかないという情が湧き、困った顔を仁に向ける。珍しく部下に頼られた仁は懐かしい感覚を思い出す。あまりにも懐かしすぎて、最後にパシられない以外で頼られた記憶が思い出せなかった。
「おばさん、大丈夫です。今からそこへ、杏子ちゃんを助けに行きます」
おばさんは地獄で仏に会ったように仁や花子の両手を取り感謝の言葉をしきりに繰り返す。
その言葉を聞き遂げると仁らは渡良瀬組へ向けて進みだした。
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