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恵里はまとわりつく視線を肌に感じていた。それは性的なものとは違った。性的なものを含む場合、それはなめ回される感覚がある。今回の場合はそれがなかった。あるのは獲物を捕えるタイミングを図っているような獣の気配であった。
恵里は今和室にいる。座布団に正座し、隣には杏子の母も同様に正座していた。他には見張りの黒服が数人のみ。そのうちの一人は件の狸であった。恵里の隣にいる女性はその男を唸りながら咎める視線で捕らえ続けていた。
狸はその視線を真正面から受け止め、薄く笑っていた。時折、恵里を視界に入れてはすぐに外すという行為を繰り返していた。
恵里は狸が何かを狙っていると感づいていた。ゆえに狸に細心の注意を払っていた。
また、この段になってこの仕事を引き受けたことを後悔し始めてもいた。もはや、これは遊園地のチケットごときでは割に合わないものになっている。香介と人生を謳歌するためならば、『普通の人として生きる』という信条を多少ならば曲げてもいいと考えてしまった。それがいけなかった。目先の利益に釣られてしまうのは恵里の悪い癖であった。
恵里は思い出す。
前世で香介が関に殺された時もそうであったことを。自身がいけなくなったからと映画のチケットで釣られ、連絡役を任されてしまったのだった。
「悪意がないのがまたタチが悪い」
呆れた。
その言葉に隣の女性が憤慨した様子で反応する。
「裏切った狸に悪意がなければ何があるの?」
恵里にとって斜め上の反応が面白くクックックッと喉を鳴らした。
「どうして笑うの?」
「いやあ、君ってやつは一緒にいると飽きないね」
このような天の巡り合わせに恵まれない者は数多くの転生の中でそれなりに見てきた。だが、それらのほとんどは自己完結型ばかりで他人にまで被害を及ぼすような劇場型との差は顕著であった。
劇場型の特徴は本人は優秀な人物であることがほとんどだった。優秀でなくともどこか惹かれるカリスマ性を持っているなど、種として有利であることが挙げられる。そして、歴史に名を残すような人物はこの劇場型であった。
彼女もまた劇場型である。本人に説明しても頑なに違うと言い張った。ゆえに恵里はもう口にしない。だが、未亡人となった後、原田会を盛り上げた彼女の手腕は劇場型が優秀であるという条件を満たすには充分すぎるものである。友人として付き合っていくには暇をしないので結構だが、こうも毎度毎度命の危機にさらされると忌避感を通り越して感心してしまう。恵里は心の中で手を叩いて賞賛した。
もっとも、と心の中で呟く。
「今回ばかりは偶然だけではないだろうけどね」
口角を歪ませた。
そこから覗いた犬歯はまとわりつく視線の持ち主に捕食される恐怖を与えた。
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